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脱出の日

エルバ島に流されたナポレオンが、1814年に脱出を謀り、パリへ向かった。
その事件を記念して制定された。

En février et mars 1814, l'empereur Napoléon défend les territoires français, contre toute l'Europe coalisée. En dépit de victoires parfois brillantes de l'armée impériale, les Alliés finissent par arriver devant Paris tandis que Napoléon veut les arrêter à Saint-Dizier. Mais, arrivé trop tard en Île-de-France, il doit se replier à Fontainebleau.

Après sa défaite militaire, les maréchaux forcent l'empereur à abdiquer et il est déchu par le Sénat dès le 3 avril. L’intention de Napoléon était d'abandonner la couronne impériale à son fils (Napoléon II), mais les puissances alliées exigent une abdication inconditionnelle, signée le 6 avril 1814. Les Coalisés l'exilent alors sur l'île d'Elbe.

Le 20 avril ont lieu les « Adieux de Fontainebleau ». Napoléon embarque à Saint-Raphaël et, arrivant à Portoferraio le 3 mai, y débarque le 4. Ce même jour, Louis XVIII fait son entrée à Paris.

デュマの小説「モンテクリスト伯」では、エルバ島に流されたナポレオンに、主人公ダンテスが会いにいく。だが、そのことが原因で、面倒に巻き込まれ、奈落の底に突き落とされる。自らも遠島流刑になってしまうのである。そこで、巌窟王と出会うのだから人生はわからない。
ナポレオンも脱出のあと、100日天下といわれる運命をたどるのである。

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今日は文豪ユゴーの誕生日である。
ユゴーは、生涯ナポレオン1世への憧憬をいだき続けた。のちに自由主義になったりいろいろな思想遍歴をたどるのであるが、その根底にはボナパルティズムがあるのである。

 私は 『レ ・ミゼラブル』 をワーテルローの古戦場で、ワーテルローの戦 いのあったのと同じ月,今日,1861年6月30日 午前8時30分 に書き終えた

そして、だからこそ、ナポレオン3世には反発を覚えたのである。
ナポレオンの大事業やら、王政復古やら、ナポレオン3世の帝政など、政治が好きな御仁や歴史ファンにとっては、それこそ聴き応えのある口調をもってこの激動の時代を語るのであろうが、そこに私はどうしても興味を惹かれることはない。
ともあれ、少し書いてみると、
ナポレオン3世はプロイセンに宣戦布告したが、敗戦。ナポレオン3世は捕虜となった。このときに民衆は蜂起して、帝政を廃止させる。ティエール政府が樹立するが、プロイセンによるパリ包囲は続いており、アルザス・ロレーヌはとられ、多額は賠償金の支払いになり、プロイセンにパリを行進される屈辱、耐えかねた民衆はパリ・コミューンを組織した。
うーむ、この辺りはやはり大佛次郎の筆の方がよい。

「レ・ミゼラブル」には、パリ・コミューンが出てくる。ガブロッシュという少年も登場する。この名は、フランスでは普通名詞になるくらい有名なのである。gavroche はパリの子供(キッズ)を指す。勇敢な心と生意気な心を持ち合わせた少年といったところか。

Gamin de Paris, gouailleur, malin et brave cœur.

鹿島茂氏は、

ガブロッシュなら街角で当時とさほど変わらぬ姿をみかけるはずである。いまなら移民の少年に姿を変えて、信号待ちで停まった車のフロントガラスを勝手に拭いて1フランせしめているはずである。

と書いている。

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そして、ドラクロアの絵画「民衆を導く自由の女神」に登場する子どもとして有名になったのかもしれない。

Gavroche est un personnage du roman Les Misérables de Victor Hugo, qui prend les traits d'un enfant des rues parisien.
Ce personnage est vraisemblablement inspiré de l'enfant figurant sur le tableau d'Eugène Delacroix La Liberté guidant le peuple, rendu célèbre en 1831 (soit l'année précédant celle de la mort de Gavroche dans l’œuvre)

いわゆる浮浪児で、バスティーユの像の建造物が彼の住処であった。色白で痩せているが、いつも陽気で歌をよく歌っていた。ABC友の会という秘密組織に出入りしたりしていた。テナルディエ一家が捕まると、7歳の子供と5歳の子供の兄弟が街頭に放りだされた。床屋の店先でこの2人の兄弟が物乞いをしているのを見かけ、”像の腹”に泊まらせてやったりする義侠心を発揮する。
パリ・コミューンが蜂起すると、敵側の死体に残る弾薬を集めるために散弾が飛び交う中をバリケードから出て行ったのである。最初は颯爽と身を翻しては遠くへと進む。当時ひそかに流行していたシャンソンの替え歌のルソーやヴォルテールを愚弄する歌をうたい、敵の銃弾から華麗に身をかわしながら弾丸を集め続けるのであるが、ついに銃弾を浴びる。
 ガブロッシュがよろめき倒れるのをみてバリケード全体が叫び声をあげた。しかし、小人の中にはアンタイオスがいたのである。巨人が地面にふれるがごとく、舗道で再び力を得て、座り直した。長い血の滴りが顔に筋をつけるにまかせ、両手を挙げて、再び歌い始めたのである
私は倒れました
ヴォルテールのせいである
鼻は廃墟の中
それは(ルソーの)せい・・・

彼は歌い終わることはできなかった。2発目の弾丸が止めたからである。
そして、それ以上動くことはできなかった。小さな偉大な魂はちょうど飛び去ったのだ。

On vit Gavroche chanceler, puis il s'affaissa. Toute la barricade poussa un cri ; mais il y avait de l'Antée dans ce pygmée ; pour le gamin toucher le pavé, c'est comme pour le géant toucher la terre ; Gavroche n'était tombé que pour se redresser ; il resta assis sur son séant, un long filet de sang rayait son visage, il éleva ses deux bras en l'air, regarda du côté d'où était venu le coup, et se mit à chanter.
Je suis tombé par terre,
C'est la faute à Voltaire,
Le nez dans le ruisseau,
C'est la faute à...
Il n'acheva point. Une seconde balle du même tireur l'arrêta court. Cette fois il s'abattit la face contre pavé, et ne remua plus. Cette petite grande âme venait de s'envoler. »

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私は勇気もなく、日常のバリケードから抜け出せないでいる。
この日くらいは、日常を脱出して、レ・ミゼラブルの物語の世界を覗く日にしよう。ガブロッシュに憧憬を懐きつづける1人の人間として。

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<来年の宿題>
・レ・ミゼラブル(再読)
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