物語は続く②~藤井竜王と伊藤さん

竜王戦挑戦者決定戦

8月14日の竜王戦挑決第2局で、伊藤さんが藤井竜王(※竜王戦メインの記事なので名人は省略します)以外の唯一のタイトルホルダーの王座に勝利し、2連勝で竜王戦挑戦を決めた。(たぶん)八冠として臨むであろう最初の防衛戦が因縁(当事者たちは子供だったので何も感じてないだろうが)浅からぬ同学年対決とは、本当にどこまでもフィクションを超えている。

その決定局は8月4日の王座戦挑決に負けず劣らず手に汗握る大熱戦だった。夕食前までずっと少し先手の王座に触れていた評価値が、夕食前にほぼ互角に。夕食後は互いに妙手、疑問手(あくまでも評価値上のことです)を織り交ぜて形成は二転三転。尊敬してやまない竜王との最高峰のタイトル戦を渇望する王座の情念・執念と、初のタイトル挑戦(しかも相手は幼い頃は確かに同じ場所にいたはずのあの子と)がかかる伊藤さんの情熱と冷静が盤上で激しくぶつかり合う。クライマックスは伊藤玉を詰ますしか生き残る術のない王座が、残り3分の持時間の伊藤さんに3択、2択を迫りながら(自分はすでに1分将棋で、さながら矢の刺さりまくった弁慶状態)王手ラッシュ。それを1分ぎりぎりまで時間を使って冷静にかわす牛若丸みたいな伊藤さん。やがて熱戦も終局を迎え、ほっとした表情の伊藤さんと少し呆然とした王座。2週間足らずの間に身を削るような対局が2度もあり、記録的に暑い2023年の夏は盤上も熱かったとのだと記憶に残るだろう。

そして少年たちは青年となった

かくして各所が望んでいた同学年対決が実現する。師匠、イトタク父、将棋連盟、皆が狂喜乱舞。きっとまた「真ん中の少年」こと「こうせい君」のマスコミへの露出も増えるに違いない(こうせい君は少し複雑な思いを抱きながらも、「たっくん」の快挙を喜ぶだろう)。竜王自身も、決勝トーナメント特集インタビューで「対局したい人を一人名前を挙げるとすれば伊藤さん」と話していた。他のメンバー(会長、元会長、豊島先生、王座…)の誰か一人を名指しするのはさすがに無理筋、指せるとすれば同学年でトーナメントの組み合わせ上きわめて実現可能性の薄い伊藤さん(もちろん伊藤さんと対局したいのも事実)。決勝トーナメントのような冴えわたった伊藤さんなら、竜王戦は楽しみしかない。七段に昇段、負けても来年は1組確定、伊藤さんが失うものは何もない。たとえ4局で終わることがあったとしても、2人の若者が指す、最新にして最深、最先端かつスリリングな応酬(棋王戦敗者復活戦のような)を皆(観る将には到底解らなくても)観たいのだ(一番熱心に見てるのはもちろんレジェンドのあの方。多忙な会長職の合間に、「へ~そう指すんですね~」「ほ~」「ひえ~」と言いながら少年のように目を輝かせてスマホを覘いている姿が目に浮かびます)。

予告編(少年編)から本編(青年編)へ。時空を超えて物語は続く…。

おまけの「番外編②」 ※これはフィクションです

「誰と対局したいですか」と記者に聞かれて、竜王戦はできれば2組で優勝した兄と対局したかったが、練習パートナーのタイトルホルダーやレジェンド達も決勝トーナメントに名を連ねていたので、さすがにそれは言えず、5組優勝の同学年の「彼」と答えた(もちろん彼と指してみたかったのも本当だった)。

「彼」のことは、大泣きしたことは忘れたが、子供時代に対戦して負けたことは覚えている。東京の子で、お父さんと一緒のことが多かったように思う。眼鏡の彼は周りから「たっくん」と呼ばれていた。

初タイトルを獲った翌春、非公式の団体戦でリーダーをまかされ、ドラフトで棋士になったばかりの彼を指名した。同学年で気も楽だし、フィッシャーが強いという噂も聞いていた。評判通りの彼の活躍もありその大会は優勝した。控室で2人になった時頑張って話しかけたが、彼の人見知りは手ごわく、なかなか打ち解けてもらえなかった。それでも棋士になってからいつも年上ばかりに囲まれていたので、同学年の彼と過ごした時間は新鮮だった。同じチームの先輩棋士が指しているのを見ながらあれこれ喋るのは楽しかった(以外に「塩反応」「辛口」なのも自分と似ていて面白かった)。

その年の彼は絶好調で年間最高勝率も彼だった。デビュー以降毎年勝率1位だったのでやたらと感想を聞かれたが、それ自体はどうでもよく、それよりも彼と対局してみたかった。

初めての公式戦は全国放送のTV棋戦。収録が終わったあと少し間があった。できれば彼ともっと将棋を指したかったのでVSを申し込みたいと思っていた。彼も何か言いたげな感じだったが、結局、互いに相手の出方を窺っているうちに踏み込むことなく終わった(将棋なら決断良く鋭い踏み込みをみせる両者なのに…)。

初めてのまとまった時間の対局はあるタイトル戦の決勝トーナメント敗者復活戦。互いに準決勝で元名人達に敗れて負けたら終わりの一局。序盤からマウントを取り合うかのように研究を披露しあい、ノータイムでどんどん指し進めていく。昼前にはあまりの早い進行にネット上がざわつき始める。この将棋は2カ月前に兄が自分の練習パートナーに挑んだあるタイトル戦で指された将棋だった。その将棋は千日手となったが、若い2人は、研究家で最先端の将棋を指す当代の実力者同士の将棋を徹底的に研究していたのだ。互いの研究が嵌り、2人は盤上深く潜り込む。やがて先手の玉がどんどん上部に脱出し、ついにゴール(投了)。この対局のインパクトは強かったようで、棋士たちの間で話題になっていたようだ。苦しい場面もあったが、指していて純粋に楽しかった。今度はもっと持時間の長い将棋を彼と指してみたい、と強く思った。

そして遂に彼が来たのだ。
自分もできなかった遥か後方から、1組の壁を軽々と越えて。

                          (終わり)  


この記事が参加している募集

#将棋がスキ

2,675件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?