第106回 幸せの黄色い財布


財布の形状にこだわりを持っているという人は意外と多いのではないか。
カードが多いので長財布でないととか、ポケットに入れるので三つ折りとか、あるいは財布は持たないでマネークリップと小銭入れだけという人もいるかもしれない。
いまは買い物もカードで全部済ませることができるため、わざわざ財布など持たずとも、スマホケースにカードだけで出かけることも可能になった。
昔に比べて我々は随分と身軽になったものだ。以前は女性はハンドバッグに一通りの持ち物を入れて、男性もセカンドバッグにというパターンがあったと思うが、今ではみんなそういう意味では軽装だ。
服装だけでなく、持ち物にも男女差はなくなってきた。それは選択肢が広がったと言うことで、とても良い方向である。

一時期(今もあるのかもしれないが)、風水的な意味を理由とする金運財布というのが流行ったことがあった。黄色の財布が金運に良いというのは、金色からの連想で如何にもお手軽な感じがするが、それでも結構長い間広告によく入ってきていたので、人気だったのだろうか。私の周囲で持っている人は、とんと見かけなかったのだが。
黄色と同じく、蛇皮の財布というのも金運に良いと良く言われる。蛇の脱皮は繁栄に繋がるそうだ。これは脱皮する度に大きくなるということで、成長や生命力の象徴ととらえられているためらしい。蛇の抜け殻を財布に入れておくというお守りもあるとのこと。
ところで金運財布と言うが、本来財布というのはお金を払うためにあるものであって、貯めるためのものではない。と、ここで黄色の財布に戻るが、実は風水からすると、黄色の財布は金運を上昇させるが、それは金回りが良くなるということであり、つまり沢山入ってくるが出るのも多いということになる。なのでこつこつ稼いで貯金を増やしたいという人には、黄色の財布は向いていない。風水でいうところの金運とは、お金が入ったり出たりする流れを作ることによって大きな運気の波を作り出すという意味であり、単に儲かるとかの短絡的な意味ではないのだ。
このところ毎年春になると、財布を新しくしようキャンペーンが大々的に行われている。春財布=張る財布で縁起が良い、ってもはや駄洒落ではないか。
それでも春は変化の季節なので、財布を変えてみようと思う人も多いだろう。これまで持ったことのない色や形の財布にしてみるのも、気分が変わるに違いない。

財布の起源というのは、意外と最近だ。
人類の歴史に於いて長い間使われてきたのは貨幣である。貨幣は真ん中に穴が空いていたので、そこに紐を通して束ねて持ち歩いたり、袋に入れたりしていた時代が長く続いた。節約を意味する「財布の紐を締める」という言葉は、この巾着に硬貨を入れていたことに端を発している。
いわゆる財布は紙幣の登場をもってはじめて存在するに至った。日本で財布と呼べるものができたのは、なんと江戸時代なのだ。元来使われていた懐紙入れを元に作られた財布は、長財布型だけでなく三折型など、その頃からすでにデザインも多様だったそうだ。
明治に入って、政府の御用商人だった山城屋和助が、フランスで流行していたがま口型のバッグや財布を持ち帰り、それを真似て売り出したのががま口のはじまりだという。当初は口金が真鍮製であったため高価であったが、安価に製造できる素材になって大流行した。
この「がま口」という名前は、ガマガエルの口を開けた姿に似ているからというのが由来といわれるが、日本ではガマガエルは金運を呼ぶと言われていたそうで、それもあって人気となったのだろう。

がま口を開ける仕草というのは、如何にも少女性を感じさせて可愛らしい。
ぱっちんと閉める音もまた、愛嬌がある。
最近ずっと長財布を愛用しているのだが、たまにはがま口を持って買い物に行くのも楽しいかもしれない。
いまはカードも使わずスマホ決済だけで済ませられる時代になったが、財布のような小物を愛する感性もまだ大事にしていきたい。


登場した人物:山城屋和助
→明治時代初期の陸軍省御用商人。山縣有朋の部下として戊辰戦争で活躍。武器の買い付けの目的で渡仏したが、豪遊の噂(真偽は不明)が流れ調べたところ65万(当時の国家歳入の1%というのだからいかに巨額かわかる)にわたる公金貸付が発覚する。所謂山城屋事件であり、和助は帰国後割腹自殺をしたため、事件の真相は究明されないまま終わった。がま口の陰にこんなことがあったとは。
今回のBGM:「観光おみやげ第三惑星」by あがた森魚
→半世紀に及ぶ音楽歴を誇りながら、今も多方面で精力的に活動を続けるあがた森魚。彼にはがま口が似合うと思うのは、勝手な想像なのだが。


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