第43回 波濤を超えて


ポートワインをご存知だろうか。
ポートワイン、あるいはポルト。
ポルトガルで生産される酒精強化ワインの一種であり、アルコール度数が20度近くある甘みの強いワインである。日本ではあまり馴染みのない酒と思われるが、琥珀色の特徴的な風味のこのワインもなかなかに美味しい。
ポートワインというと、少し年齢の上の方なら赤玉ポートワインを思い出す人も多いかもしれない。その後赤玉スイートワインと名を変えたこの酒も、元々は本来のポートワインの味をヒントにサントリーの創業者・鳥井信治郎が作り出したものだ。

法医学関連の学会でポルトガルを訪れた際に、このポルトを初めて飲んだ。ポルトガルにはこのポルトの他にも、マディラという酒精強化ワインがある。酒精強化ワインというのは、まだ発酵途中のワインにブランデーのようなアルコール度数の高い酒を加えて発酵を止めたワインであるが、世界三大酒精強化ワインのうち2つがポルトガル産である。ちなみにあとの一つはスペイン産のシェリー。
ポルトガルといってもこの時の学会開催地は、ポルトガル領アゾレス(ポルトガル語ではアソーレス)諸島であった。初めてこの土地の名前を聞いたという方も多いと思うが、大西洋のど真ん中に位置するこの9つの島は、アトランティス伝説に関係すると言われている。捕鯨の基地であったが、世界大戦中はUボートの基地になり、西欧にとって重要な拠点となってきた。現在は北欧諸国のリゾート地として人気だそうだ。
ヨーロッパ各国からは飛行機の直行便が出ているが、日本から訪れるには困難を極めるアゾレス諸島である。まずポルトガルまでの直行便がないため、一旦パリまで飛んでそこでリスボン行きに乗り換え、さらにリスボンからアゾレス諸島サンミゲル島行きに乗り換えなければならない。行きはリスボンで1泊したので少しはよかったが、帰りは一気に戻ったので、乗り継ぎの待ち時間を含めるとほぼ24時間かかって日本に帰ってきて疲労困憊。まさに地球の裏側に行ってきた感があった。
そのサンミゲル島、なにか景色に見覚えがあると思ったら、火山島で500年前に噴火してみんな焼けてしまったので、当時国交があった日本から杉を輸入して植えたそうだ。どうりで植生が日本に似ている。ただし赤道に近いところなので植物が大きい。アジサイの丈が2メートルくらいあった。
ポルトガル領なので、アズレージョと呼ばれるタイルの装飾がそこかしこにあり異国情緒たっぷりであるが、港を囲むようにホテルが建っていて土産物屋が並んでいる様子はまるで熱海のようで、不思議な気分になった。

ここではポルトだけでなく、ヴィーノ・ヴェルデというワインも飲んだ。
ヴィーノ・ヴェルデ=緑のワインという名のこのワインは、微発泡の白ワインなのだが、葡萄をあまり発酵させず若いうちに飲むという、言うなればボジョレーのようなワインである。
ポルトガルには魚介類の料理が多く、日本人の舌にも馴染みやすい。その中でポルトガル人のソウルフードであるバカリャウは、365日違う料理が作れると言われるというほど当地の食卓によく並ぶそうで、この干鱈を使った料理にヴィーノ・ヴェルデはまた良く合った。

ヴィーノ・ヴェルデは若いワインでアルコール度数も低めなので、長期間の保存に適さない。基本自国内で消費され輸出されることもあまりないそうだ。夏の終わり頃に出回って、秋が深まるまでには飲み終わってしまうのだろう。一方ポルトは樽の中で半世紀という長い時を物ともせずに耐える。開封後も普通のワインのように風味が急激に変わることなく、同じ味を保つ。
若くても年を経ても、それぞれの良さがある。
女性、いや人もそういうものだと思っている。


登場した魚(の干物):バカリャウ(Bacalhau)
→リスボン水族館に行った時に、このバカリャウ(干物でなくて生きた鱈にもこの名前でいいのだろうか?)に広い展示スペースが割かれていて、ポルトガル人のこの魚に対する深い愛を感じた。食べるけど。
今回のBGM:「Resta In Ascolto」 by Laura Pausini
→現地のCD屋でお勧めを聞いて、勧められたのがこれ。現代イタリアを代表する歌姫だが、語源を同じくするポルトガル語・スペイン語の作品も大ヒットさせているとのこと。


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