164回 骨まで愛して


医学部生が経験する解剖学実習の中に、骨学実習というものがある。その名の通り、本物の人間の骨について実際に手に取り観察しスケッチをしながら学ぶのだ。
通常の解剖学実習は系統解剖(正常解剖とも呼ばれる)と呼ばれ、献体されたご遺体を数人(私の場合4人だった)のグループで半年程かけて解剖していく。細部に至るまで徹底的に解剖するのでその対象となるご遺体はその年度限りとなり、火葬の後に慰霊祭でご遺族にお骨をお返しする。
それに対して骨学実習では、グループごとに箱に収められている一体分の全身の骨をわたされる。その骨は献体されたご遺体由来のものである場合も多いようだが、昔からその解剖学教室が所蔵している骨標本である場合もある。その骨は毎年毎年、解剖学を履修する医学部生に箱の中から取り出されては、貴重な情報を与えてくれるありがたい存在なのだ。
昭和40年代にはインドで多くの骨格標本が作られたそうだ。内戦で多くの死者が出たが、最下層のカーストの人々の遺体は川に流され、それを下流の業者が引き上げて骨格標本を作り、海外の大学や医療機関などに販売したという。なんとも酷い話である。

ともあれ実際に骨を持ってみて思うのは、骨というのは案外重いものだなという実感である。全身の骨の重さを合わせると、体重の15〜18%になるというのだからおよそ6分の1だ。
そして頭の骨、つまり頭蓋骨と下顎骨を合わせるとその重さは体重の8%、体重が50kgなら4kgになる。これに生体なら脳や筋肉の重さが加わるので5kg程になる。頭重いぞ。どうりで肩が凝るわけだ。
以前患者さんの頭部レントゲン写真を見たとき、その方のあまりの頭蓋骨の立派な厚さに思わずヘルメットみたいだなと感じると同時に、重くて丈夫な自分の頭もきっとこうだろうなと思ったことだった。
霊感が強いと言われる人は、その人の脳が外部からのノイズを拾いやすいからという説がある。そういうことなら、厚いヘルメットのような頭蓋骨を持っている(であろう)私に霊感が全くないのも納得がいく。

成人なら約206個ある全身の骨の中で、最大の大きさの骨は大腿骨である。大腿骨の下には脛骨と腓骨という2本の骨があり、脛骨は大腿骨に次いで長くて重い。
膝上と膝下の長さの比率で、股下から膝:膝から踵=3:5が美しい足と言われるらしい。しかし実際は大腿骨の方が脛骨よりも長いので、そこまで膝下が長くなるとは考えにくい。これには理由があり、膝上の長さは大腿骨の長さではなく、股下からの長さであり、膝下の長さは踵骨の長さも含まれる。昭和の足は膝上が長く平成の足は膝下が長いというのも、大腿と下腿の太さの比率や膝が前に出ているかどうかにもよるため、一概にそうとは言えないと思う。この膝については、昭和の時代は正座をしたり和式のトイレだったりと膝を曲げる機会が多かったので、膝が目立つようになったという説があるが、本当だろうか。
さて昔に比べると若者の足が長くなったという印象があるが、実は男女とも平成10年頃をピークに急激に短脚化が進んでいるのだそうだ。身長は伸び止まりこの10年程はほぼ横ばいで、足だけが短くなっているというのは驚きである。これは思春期における睡眠との関係が大きく、睡眠の質と量ともに低下していることが原因とのこと。
若者よ、足を長くしたければ良く寝ることだ。

少女というととかく華奢というイメージがつきまとう。
華奢、つまり骨が細そうである。この連載の1回目に登場したホラー小説『暗い森の少女』に登場する最凶の少女エリザベスは、なんらかの骨の形成異常があり、歩いただけで骨が折れるようなガラスの骨の持ち主であった。まさに華奢を絵に描いたような存在だったのだが、それでは外には出ていけないし戦えない。
骨格筋の両端の腱と呼ばれる部分は、骨にくっ付いている。骨と骨は筋肉で繋がれており、関節を介して体の動きや姿勢が制御されている。また筋肉を鍛えると骨に刺激が加えられるため、骨も太くなる。

戦う魔法少女たちは、飛んだり跳ねたりあれだけの運動量があるのだから筋肉も発達して、みんな骨太に違いない。
骨太上等!


登場した骨:骨格標本
→2019年に住人が死亡しているのが見つかった東京都足立区の住宅や庭から、約500体分の人骨が発見されて大騒ぎとなったことがあった。この住宅は骨格標本の製作を行う会社の事務所だったとのことで、親族の話によると「人骨は先代の社長がインドから輸入した」そうだ。なんとも人騒がせである。骨は放置しないように。
今回のBGM:「ザバイカルの野生の草原」by ピョートル・レシェンコ
→「Bone Record」をご存知だろうか。外国の音楽が禁止された冷戦時代のソビエトで、若者たちがレントゲン写真をソノシートのように利用して音源をカッティングしたものである。ロシアン・タンゴと呼ばれるレシェンコの歌も反革命的であると禁止されていたが、このBone Recordに多く録音されて聴かれたそうだ。


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