293回 ブライト・クリスタル


アメジストが好きだ。アメジスト、紫水晶。
2月の誕生石だそうだが、誕生日は8月なのでそれとは関係ない。紫色が好きなことに加え、水晶という石自体に惹かれるからだろう。貴石を用いたアクセサリーでも、ついアメジストが付いているものを選んでしまう。
レアストーンというわけではなく比較的産出量も多いので、それ程高価な石ではない。手頃な存在でありながら、その高貴な紫色からして何か特別な魅力を携えているのではないかと思わせるアメジストは、紫水晶という名前の通り水晶の一種である。

水晶を知らない人はまずいないと思う。
だがあらためて水晶とは、と尋ねられると、意外と知らないことが多い。このありふれていながら、実に面白い性質をもつ鉱物については、私も今回調べて初めて知ることも多かった。
水晶はつまり石英である。石英というのは二酸化ケイ素(SiO2)であり、その結晶の中で美しく透明な六角柱構造のものが水晶と呼ばれる。英語の「quartz」は石英のことで、いわゆる水晶は「rock crystal」と言うそうだ。この「crystal」というのは、ラテン語で氷を意味する「crystallus」が由来と言われている。日本では江戸時代に「水精」と呼ばれていたとのこと。
地球上で1番多い元素は酸素で、2番目がケイ素だ。その2種類の元素で全ての元素の74%を占める。酸素とケイ素が合わさったものが石英なので、石英自体地球上にごくありふれた鉱物であるというのがわかる。実際石英は全ての岩石のもとになる「造岩鉱物」と呼ばれる成分であり、石英がなければ岩石は成り立たないと言ってもいい。石英はいわば石の中の石なのである。
そして殆どの石英は、結晶の形もはっきりしない小さな粒子の状態で岩石の中に含まれている。

では透明で美しい水晶はどのようにして生まれるのか。
水晶のできる地殻の地下深くは、圧力が高いだけでなく温度も高く、そこには様々な鉱物の成分が溶け込んだ高温の熱水が存在している。地殻変動の際に巨大な圧力が生じてできた岩石の割れ目や空隙にその熱水が浸入し、熱水が地上近くまで達した際に温度と圧力が低下すると、溶けていられなくなった鉱物成分が次第に固体化していく。溶けている鉱物成分は二酸化ケイ素が圧倒的に多いので、圧力と温度が下がる過程でゆっくりと結晶化することで水晶としての形で結晶が成長する。その速度は100年に1mmとも言われるが、条件によっても異なるので良くわかっていないらしい。
ごくたまに水晶の中に水が内包されている場合があるが、それは晶出する過程で水が中に取り込まれることによって出来たもので、「水入り水晶」として珍重されている。
結晶化する際の空隙が大きいと、隙間の中で無数の水晶が晶出する。これを「ジオード(geode)」と呼び、日本語では「晶洞」という。巨大なアメジストのジオードは大変高価だが、水晶自体はありふれた鉱物なので、小さなジオードは手軽な価格で手に入る。
天然石ショップなどでは中が見えるように二つに割った状態で販売しているところが多いが、球体のまま自分で割って楽しめるようなジオードを売っているサイトもあるので、タガネとハンマーで挑戦してみるのも楽しそうだ。

水晶(石英)を形成する元素であるケイ素は、英語で「シリコン silicon」という。
酸素などの他の元素と結びついていないケイ素は、水晶(石英)と異なり黒っぽい光沢を持った軽い金属物質である。このシリコンには他の金属と違って、電気を通しにくいが全く通さないわけではないという面白い性質がある。そう、これが「半導体」と呼ばれるものだ。シリコンは代表的な半導体である。現在のコンピュータ産業を形作る大規模集積回路は、このシリコンなしでは成り立たない。シリコンは天然にはごく稀にしか存在しないため、水晶(石英)を原料として工業的に生産されている。
また通常「シリコン」と呼ばれているものには、豊胸手術などに使われるプヨプヨした弾力性を持つ物質がある。こちらは本当はシリコンではなく「シリコーン silicone」という、ケイ素を原料にしたプラスチック樹脂の一種で、「silicone」というのは「silica ketone」の略称である。
もうひとつ日常生活でお馴染みのシリカゲル、実はこちらも水晶(石英)からできている。「シリカ silica」というのは、酸素とケイ素の化合物を指す英語で、つまり水晶(石英)のことだ。シリカゲルは、塊~砂状の水晶(石英)を原料にしてつくった水ガラスといわれる物質に酸を加え、沈殿・乾燥させて製造する。そうすると成分はもとの水晶(石英)とほとんど同じだが、目には見えない小さな穴が無数に開いた構造となるので、その小さな穴に湿気を吸着することによって、乾燥剤の役割を果たすのである。
コンピュータから乾燥剤まで、我々の身近には沢山の水晶(石英)が存在しているのだ。

そしてもうひとつ水晶の大事な用途があるのだが、お分かりだろうか。
クオーツといえば、そう、時計である。正式名称「水晶発振式時計」。
水晶(石英)には、圧力を加えると電圧が発生する「圧電効果」と呼ばれる現象がある。電圧をかけると今度は逆に変形するのだが、これを「逆圧電効果」と言う。この圧電効果は、キュリー夫人の夫であるピエール・キュリーと兄のジャック・キュリーによって発見された。
水晶から小さな音叉のような形の「水晶振動子」を切り出しこれに電圧をかけると、逆圧電効果によって1秒間に32,768回規則的に振動する。この規則的かつ正確な振動を利用したのが、クオーツ時計である。1927年にアメリカのベル研究所のウォーレン・A・マリソンが基本原理を発明し試作機を製作、日本では1937年に古賀逸策が国産第1号のクオーツ時計を開発した。従来の時計に比べて格段に精度が向上したとはいえ、この時点ではまだ小型化・実用化には程遠い。
セイコー(当時の諏訪精工舎)は、1958年に放送局用水晶時計を開発したが、大型ロッカー並みの大きさだった。そこから腕時計の大きさにするには30万分の1という気の遠くなるような道程である。
世界中が水晶時計の小型化に取り組む中、セイコーはプロジェクトチームの開発により、まずは卓上型のクリスタルクロノメーターを発表、1964年東京オリンピックの親時計として活躍する。そして1969年12月25日、世界初のクオーツ腕時計「セイコークオーツアストロン35SQ」を発売するに至ったのだ。価格は大衆車のトヨタ・カローラと同じ45万円だったそうなので、いかに高価だったか良くわかる。ちなみにこの「セイコーアストロン」は、スミソニアン博物館に永久展示されている。
それがその後数年であっという間に普及して、値段も手が届く範囲になった。私が中学校に入学した時お祝いに買ってもらったのがクオーツ時計だったが、ちょっと高級とはいえ庶民が買える値段になっていたのだ。
今では当たり前になっているクオーツ時計も、水晶(石英)の特別な性質によるものであることを、今一度認識したい。

水晶は無色透明だが、その中に他の元素が存在する場合、多彩な色を示すようになる。
アメジストはその代表的なもので、微量の鉄イオンが含まれると紫色になるのだ。豆知識としてひとつ。パワーストーンとしてのアメジストを浄化する際に、日光に当ててはいけない。日に当てると紫外線によって紫色が褪色してしまうのだ。浄化は水やスマっジングなど他の方法にしよう。
面白いことに、黄色の水晶であるシトリンにも、鉄イオンが含まれている。同じ鉄イオンを含むアメジストとは発色の仕組みが異なる訳だが、複雑なので割愛する。ピンク色のローズクオーツには、チタンやアルミニウムが含まれる。
そして驚いたことに、オパールも水晶の仲間だった。オパールの成分は「SiO2・nH2O」で、5~10%の水を含む二酸化ケイ素なのである。二酸化ケイ素の非晶質の粒が規則正しく配列して出来ている構造で、結晶構造を持つ結晶質ではないため脆く壊れやすい。言ってみればシリカゲルが硬化したようなものなのだ。

パワーストーンとして、水晶は最強である。パワーストーンは水晶に始まって水晶に終わる(鮒釣りか!)と言われるように、水晶は奥が深い。
強力な浄化の作用を持ち、ヒーリングとパワーアップ効果がある水晶。魂を清め、生命力を活性化させ、才能や潜在能力を呼び覚ますと、良いことずくめである。
効能とか効果とかははっきり言って信じてはいないのだが、それでもこの悠久の時を経て地球が生み出した美しい鉱物を身につけると、なんとなく気分が良い。
それで十分だ。


登場した用語:水晶振動
→これだけ多くその性質が利用されているのに、水晶がどのようにして一定の周波数の電気信号を発振しているのかは、これまで長い間分かっていなかった。それを2015年に名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科の研究者が、世界で初めて解明し論文を発表した。その際に活躍したのが、兵庫県にある大型放射光施設「SPring・8」である。技術は意外と実用化が先で、原理は後からわかることが多い。
今回のBGM:「クリスタル・ナハト」by 頭脳警察
→美しい言葉だが、「水晶の夜」とは1938年11月8日ナチスによるユダヤ人虐殺が始まった夜のことである。なぜ人間は歴史に学ばないのだろう。


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