第63回 外套と短剣


寒くなるとコートを着られることが嬉しい。
決して寒いのが好きなわけではないが、暑いよりはずっとましだ。そして夏よりも冬の方が服を着る楽しみが増える。単純に寒いので重ね着をするため、いろんな服を一度に着ることができる。インナーからアウターまで幾種類もの服を着られるのだ、凄いだろう。と誰に自慢しているのかわからないが、とにかく冬になるとアウターも何種類も選べて楽しいのだ。

暖房の効いた都会では、あまり厚いコートを着ているとかえって汗をかいて冷えてしまったりもするが、現在住んでいる極寒の地ではコート無しでは外に出ることは不可能だ。なにせ経験した最低気温はなんとマイナス15℃である。そこまでいかずともひと冬に数回はマイナス10℃くらいには下がるし、最高気温がマイナスという真冬日もある。
そういうときに実用的なのはダウンコートであるが、最近はダウンに限りなく近づいた人工の中綿も開発されているため、ちょっとした綿入りコートでもかなり暖かい。普段の生活上はそのような軽くて暖かいハーフコートが重宝する。
しかしここで強調したいのは、たとえ実用的でなくても重くても、ウールのロングコートがやはりコートの王道であるということだ。それもケープ付きでウエストが絞られた黒のマキシコート。松本零士描くところの『銀河鉄道999』の登場人物、メーテルが着ているコートを想像してもらえばいい。
以前このようなコートを着て厚底のブーツを履いた状態で、派手に転倒したことがあった。両手に荷物を持っていたため地面に手をつこうにもつけず、なすすべもなく顔面から着地して目撃者の証言によると両足がL字型になっていたそうだが、電車の時間に遅れそうだったためそのまま起き上がって走った。無事電車に乗れた後膝が痛くてよくよく確かめてみたら、厚手のタイツを履いていたにもかかわらず、派手に膝を擦りむいて流血している。なぜかタイツは破けていなかったが、真っ黒のロングコートのおかげで怪我も血も上手く隠れたのが幸いであった。ロングコートは案外実用的なのである(そういう意味ではない)。

そしてもうひとつ、愛してやまないのがマントだ。
足首辺りまで覆うマント。全く実用的ではなさそうな代物だ。いかにも怪盗が翻していそうだが、ここで言及しているのはそのような薄手のマントではなく、もっと厚手のしっかりと防寒にもなるマントのことだ。
決して一般的な「コート」のカテゴリに入るものではないため、まず滅多に売っていない。あったとしてもせいぜいお尻が隠れる程度の長さであろう。赤ずきんが着ている丈だ(本当に赤ずきんが着ていたという証拠はない)。それよりもっと長くもっと厚手のマントに、これまでの人生で2枚だけ出会って幸運にも所有することができた。1枚はグレイの綿の別珍で、もう1枚は黒のウールのメルトンである。どちらもずっしりと重い。それはそうだ、くるぶしまで届くフルレングスのマントは、その生地の量だけでも半端じゃない。正円を描くほどの裾の長さはたっぷりとしたドレープを携えるため、囲われた空間に空気を蓄えて内部はかなり暖かい。見掛け倒しではなく、マントは結構防寒の役にも立つ。マントはラテン語で “Mantellum”といい、「覆い」の意味であるという。布で覆われたプライベート・スペースは、限りなく優雅で贅沢だ。

トレンチコートで颯爽と風を切ったり、パステルカラーの軽やかなハーフコートをさっと羽織ったりするのもいい。
でも重厚な「外套」を着込んで冷たい空気にあたるのもまた、冬の醍醐味のひとつだと思っている。


登場した服:コート
→正式名称はオーバーコート、日本語で外套。昔はコートではなくオーバーと呼ばれていた。どっちにせよ略すのね。
今回のBGM:「Nothing Like the Sun」by Sting
→「Englishman in New York」を聴くといつも、冬のNYをロングコートを着て歩く姿が浮かんでしまう。そういえば英国紳士の正装では、外出時にはスーツの上にマントを着用するのが正統だそうだ。

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