第122回 仁義なき眉


眉毛が問題なのである。
これには大きくうなずく人も多いのではないか。
朝鏡に向かって慎重に形を整えても、眉毛が決まらないとその日はなんとなく気分が乗らない。反対にもうこれ以上ないくらい(自分としては)完璧な眉毛が描けると、一日中なんだか無敵な気がする。
いくら厚く切り揃えた前髪で隠していても、眉毛がしっくりいかないと落ち着かない。
眉毛はやはり大きな問題を抱えている。

眉毛を整えると書いたが、実は私には整えるほどの眉毛がない。
左側の眉毛は、父方の遺伝で生まれた時から半分しか生えていない。そして右側は、小学校の体育の授業でサッカーの試合をした際に無くなった。いやどういうことかというと、転んだ時丁度目の前にボールがあったのでつい抱えてしまったところ、クラスメートがボールを蹴るつもりでスパイクシューズで蹴ったのが私の顔だったため、右眉半分を削り取る程の大怪我をしてしまったのだ。傷は治ったが毛根がなくなったらしく、それ以降右の眉毛は半分しかない。
どちらも半分しかないくせに、残った眉毛は太くて黒い。なので全体的に自然でまともな眉毛に見せるのには大変苦労がいるのだ。

眉毛の形は流行に大きく左右される。
安室奈美恵全盛期には、アムラーと呼ばれるギャルたちが一斉に眉毛を極細にした。茶髪に小麦色の肌の彼女たちは信じられない程高い厚底のブーツを履いていたのだが、それは細くアーチを描いた眉と相まって、まるでアマゾネスの戦士のようであった。この頃眉毛を抜いて細くした人たちは、その後生えてこなくなって困ったという噂を聞く。
そういえばそのもっと前に、極太の眉毛が流行った時期もあった。当時のCMを見ると女優たちが一様に太いゲジゲジ眉なのが確認できる。ブルック・シールズや今井美樹に代表されるこの眉毛は、ここまで太くなくてもというくらい存在を誇示しており、顔の印象よりも眉毛の印象の方がどうしても強く残ってしまう。
ここ数年の流行は韓国アイドルなどから始まったと言われる、平行眉だ。ひたすら真っ直ぐに描かれた眉毛は、似合う人がやれば優しい印象になって素敵だが、やり過ぎるとこれも奇妙な顔になる。
眉毛の描き方一つで顔の印象が変わるとなれば、いろいろやってみるのも手ではあるが、基本は本来の自分の骨格に沿って描くというものだろう。

頭蓋骨の眼窩上隆起が進化の過程で退化縮小し、現生人類では眉上弓となった。前頭骨(おでこの骨)にある眉上弓は、初期人類ではもっと太く目立つものだった。それは群れの中での優位性や攻撃性を示すシグナルだったからと言われている。人類の社会性が強まるにつれ眉弓は平板化し、代わりに視認性と可動性に優れて感情を豊かに表現することができる眉が発達した。
確かに「眉をひそめる」「眉唾」「柳眉を逆だてる」など、眉を用いた感情表現は多い。眉毛はコミュニケーションの手段として大いに役に立っているのだ。
ホモ・サピエンスに於けるつるんと毛のない額と目立つ眉は、20万年前に始まり、過去2万年で発達のペースが早くなったそうだ。現生人類が他の絶滅したヒト科の種族に比べて、眉毛を用いて仲間と良好な関係を保っていたことが、生き残った鍵となるとのこと。
日本では白粉で顔を白く塗る習慣が昔から続いていたため、眉毛は抜いたり剃り落としたり(引き眉という)した後、あらためて眉墨で描き直していた。平安時代に本来の眉の位置位に描かれていた眉は、室町時代になると不自然なほど額の真ん中あたりまで上がってくる。「殿上眉」いわゆる麻呂眉と呼ばれるのがそれである。江戸時代になると既婚女性は白粉を塗っただけで眉を描かなくなる。封建的な社会の中では、豊かな感情表現をする眉はかえって不要なものだったのだろう。
その後解放された女性たちは、モガとして颯爽と眉を描き闊歩するようになり、現代に至るまで眉毛が塗りつぶされたことはない。
眉毛は人類の歴史とともに存在してきた。
やはり眉毛は我々にとって常に大きな問題なのである。

ロリィタは風が吹いても乱れない鉄壁の前髪で眉毛を隠す。
いわれなき揶揄や嘲笑から己を守り、感情を読まれないようにするために。
しさしもう誰に遠慮することなく、たとえ描き損じたって、眉毛を出そうではないか。
少女の眉がいつだって仁義なき戦いを闘っているのは自明なのだから。


登場した眉:柳眉
→文字通り、柳の葉のように細く弧を描いた眉のこと。同様に蛾眉という蛾の触角に例えた言葉もあり、「宛転蛾眉」とは楊貴妃の美しい容姿を讃えた熟語である。でも蛾の触角ってふさふさだよね?
今回のBGM:「ELECTRIC SAMURAI」by 布袋寅泰
→今井美樹のパートナーである布袋寅泰。なんといっても映画『キル・ビル』で使われた「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」でしょう。

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