第86回 つけまつける


この20年程の間で、日本に於けるまつげの地位向上には目覚しいものがあった。
昭和の時代は、アイラッシュ、いわゆるつけまつげは決して一般的ではなかったと思う。いかにもつけていますという風であり、また材質としてもあまり自然には見えなかったので、子供心にもつけまつげは芸能人がするものだというように考えていた。
その後バブルの時期を経て、渋谷にガングロ・ヤマンバのギャルたちがあふれるようになる頃には、つけまつげはだいぶ浸透してくると共に、お化粧の過程でマスカラを使用することも普通になった。

御多分に洩れず、私のまつげは直毛で下向きに生えている。長くはない。
アジア人にそのようなまつげの人が多いのは、一重まぶたが多いことと、そもそも骨格的な問題からして仕方ないのだが、そのためどうしても目がぱっちりして見えない。外部からそう見えないだけでなく、自分自身でもいまひとつ視界が暗い。初めてアイラッシュカーラーでしっかりまつげをカールしてマスカラをつけた時には、思わず「世界が明るい!」と驚いた。いや、本当に。
フランスだったか、ひとつだけ化粧品をつけるとしたら何を選ぶかというアンケートでは、圧倒的にマスカラだったそうだ。確かにはじめからしっかりカールして長い上向きのまつげは、マスカラを軽くつけるだけでとても見栄えがするだろう。
しかしこちらはそうはいかない。たとえしっかりカールしてマスカラをつけたとしても、曲がったことを良しとしない根性のある私のまつげは、数時間もすればマスカラの重みもあり、元の真っ直ぐに戻ってしまう。そうなると今度はマスカラがついている分、余計に視界が暗くなってしまうのだ。なので気を使うわりには効果が薄いような気がしてならない。
まつげが下向きになれば下まぶたにマスカラがつきやすくなる。パンダ目になるような落ち方をするマスカラは今は少ないが、それでもそうならないように落ちにくい種類のものを使えば、今度は落ちにくいが故に落とす時に手間がかかる。面倒がって専用のクレンジングを使わないと、無駄に力を入れて引っ張っては、ただでさえ大事にしなければならない自まつ毛を抜いてしまったりする。
つけまつげもそうだ。つけまつげ自体の効果は絶大だが、つけまつげには強力な糊を使用する。下手をするとこちらも一緒に自まつ毛が抜ける可能性があるので、細心の注意が必要だ。

そのようなまつげ難民にとって、まつげエクステは救世主であった。
そもそもまつげエクステは韓国で発明されたものだという。美容大国、韓国。あくなき美への探求により、まつげエクステ自体も日進月歩で進化してきた。10年近く前はすぐばらけてきたりとれやすかったりしたため、躊躇するところがあったのだが、ここ数年というもの接着剤もエクステの材質自体も劇的に良くなった。
元々の自まつげにつけるのだから、自まつげの本数以上にはつけられないのだが、1本あたり細いエクステを数本ずつ装着するというような技もあったりする。デザインも、自まつげが伸びたようなナチュラルから「つけ放題」でバッチリ濃くするまで、ドーリーな丸目がちやセクシーな切れ長猫目など、自在にイメージした目元になれる。
良いところだらけに思えるまつエクだが、難点はある。思う存分ごしごしと顔を洗うことができないのだ。そもそも顔をごしごし洗うなという意見はおいておいて、しっかり目の周りも洗いたい時はあるではないか。それでもまつエクをしている際には、あくまでまつげは毛の流れに沿って縦に優しく洗うべきであり、決して横に洗ってはいけない。それがストレスでまつエクは苦手という人も多いようだ。

まつげなんかと言うなかれ。
意識状態を判定する方法のひとつに「睫毛反射(しょうもうはんしゃ)」というのがある。まつげを触られると反射的に眼を閉じるというものだが、これが消失するとかなり危ない状態であり、かようにまつげの存在は大事なのである。
まつげひとつで顔の印象はかなり変わる。
まつエクにするか、つけまをつけるか、はたまたマスカラか。
今日も悩むのだ。


登場した毛:まつげ
→緑内障の治療に使われる点眼薬がまつげの育毛に役立つという情報が話題になったことがあった。事実それを点眼していた高齢男性の患者さんのまつげは、びっしりと濃く長くなっていてうらやましかったものだ。
今回のBGM:「微吟」by ちあきなおみ
→昭和の歌謡曲歌手のつけまつげは結構迫力があった。時々取れたりしたのはご愛嬌。


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