306回 サンフラワー・イエロー


今年の夏は暑かった。
猛暑、酷暑と言われて、最高気温が40℃を記録した地域もあった。その割には熱中症で救急搬送されたというニュースが少なかったのは、熱中症対策が徹底してきたおかげか、それとももう恒例行事になってしまったので話題性がないからか。
いずれにせよなんとかみんな生き延びて、無事9月を迎えられたことと思う。まだ暑い日は続き、残暑も厳しいとの予報もあるが、お盆の頃を過ぎてからは確実に空の色が変わり、トンボが飛び、コオロギが鳴き出し、最低気温が下がってきた。季節はちゃんとめぐるものなのだなと、しみじみと感心する。
夏の間そこここで目にしたヒマワリの花も、枯れて種が目立つようになった。
夏の終わりを実感する光景である。

そう、ヒマワリといえば夏の代名詞。
なにかと夏を象徴する花のように扱われ、8月の誕生花とやらも当然ヒマワリである。
今でこそヒマワリも沢山品種があり、花束にできるような可憐な花をつけるものもあるが、私が子供の頃のヒマワリといえば、1m以上の高さにドーンとでっかい花が付いているものしかなかった。花といってもなんだか花弁は周りにチラチラ付いているだけで、真ん中は黒っぽい粒のようなものが集まっていてなんとなく気持ちが悪い。私は集合体恐怖症ではないが、とにかく可愛くはない。芙蓉とか立葵とか、もっと花らしい花が誕生花ならいいのにと思ったものだった。
そういうわけでヒマワリの花にはあまり良い印象がなく、ハムスターやシマリスの餌として与える種の方に馴染みがあった。
その印象は正しかった。実はヒマワリはその種の利用に長い歴史があるのである。

ヒマワリは北アメリカ原産と言われている。
紀元前1500年頃より、ネイティヴアメリカンの人々はヒマワリを食用植物として栽培していた。タンパク質と脂質が豊富なヒマワリの種をすり潰してパンの生地などにしたり、種から油を搾って料理に使ったりしていたようだ。油はボディーペイントや薬としても用いられ、茎は家の材料に、花弁からは染料を取ることもあったという。ヒマワリは彼らにとって、生活の全てに於いて貴重な存在だったのだ。
やがてヒマワリは南アメリカにも伝わっていく。13~16世紀に現在のペルーやボリビアの辺りで栄えたインカ帝国では、ヒマワリは太陽神インティの象徴であった。祭壇にはヒマワリの彫刻が彫られ、神殿に仕える巫女はヒマワリを模った黄金の冠を被っていたと伝えられている。今でもペルーには野生のヒマワリが自生し、ヒマワリはペルーの国花に指定されている。
16世紀初め頃、スペイン人がヒマワリの種を自分の国に持ち帰り(誰が最初だったかは諸説あるようだ)、スペイン王立植物園で農業利用のための実験として栽培が始まった。スペインはこのヒマワリを国益として門外不出に指定し、約100年の間国外には出さなかった。アンダルシア地方では、今も広大なヒマワリ畑を見ることができる。

17世紀になってようやく、ヒマワリはフランス、イギリス、ロシアに伝わった。
この中でも特にロシアは、ヒマワリの品種改良と大量生産に熱心であった。実はこれには宗教が関係している。どの宗教でも食べ物の禁忌があるが、ロシア正教では特定の食品が禁止される「大斎」という物忌の期間がある。禁止される食べ物には動物性の油脂に関係するものが多いのだが、ヒマワリはそれに含まれていなかったので、人々はヒマワリの油を口にしたとのこと。いつの時代でも人間は、駄目と言われるとなんとか理由をつけて抜け道を探すものだ。
1830年頃には大規模なヒマワリ油の製造が可能となり、8億平方キロメートルという広大なヒマワリ畑が登場するなど、ロシアはヒマワリ油の一大生産国となる。さらに油脂用、食用と目的別の品種改良も盛んに行われて、ロシアンマンモスという巨大な花をつけて丈が3mにもなる品種も開発された。
ここでひとつ注意してほしいのは、この時代のロシアにはウクライナも含まれていたということだ。ロシアもウクライナも、国花はヒマワリである。あの有名な映画「ひまわり」の地平線まで埋め尽くすヒマワリ畑の風景は、ウクライナで撮影されている。

ヒマワリは日本には17世紀、江戸時代の寛永年間に持ち込まれた。1654年にポルトガル人宣教師が長崎に持ち込んだという記録があるそうだ。
『訓蒙図彙(さんもうずい)』という図解辞典にも記載があり、「丈菊、俗に言ふ天蓋花、一名迎陽花」と書かれている。「日マワリ」という名は元禄時代に広まったらしいが、どうもこの時代、ヒマワリは下品な花として人気はなかったようだ。
江戸時代の画家の作品にも、ヒマワリは描かれている。伊藤若冲の代表作である「動植綵絵(どうしょく さいえ)」3幅の中の「向日葵雄鶏図(ひまわりゆうけいず)」、江戸琳派の酒井抱一は「十二ヶ月花鳥図貼付屏風」の七月の一曲として「向日葵に蟷螂(とうろう)」を、その弟子である鈴木其一はほぼ原寸大のヒマワリを描いた「向日葵図」を残している。かの葛飾北斎にも「向日葵図」という肉筆画がある。描かれたヒマワリはどれも、我々が今イメージするヒマワリとほぼ同じもので、観賞用であった。因みに当然ながら「向日葵」は夏の季語である。
明治時代になると、品種改良や栽培技術の進歩によって、食用油としての利用が盛んになった。

ヒマワリ油は、種を圧搾したり有機溶媒を用いることで、油分を分離して作られる。
オレイン酸やリノール酸などのオメガ脂肪酸が含まれているので健康に良いと言われており、オレイン酸の含有量を75%以上にまで高めたハイオレイック種のヒマワリ油も販売されている。そしてビタミンEはオリーブ油のなんと5倍も含まれているそうだ。
ヒマワリ油は、香りが強いオリーブ油などに比べほぼ無味無臭であるため、料理にも使いやすい。酸化安定性に優れ加熱しても変化しないため、揚げ物に適していると言われ、カラッと軽く揚がる。
そしてクセがないので、クレンジングオイルや肌や髪の保湿剤として、美容にも欠かせない。アロマセラピーのキャリアオイルとしてもよく利用されている。
またヒマワリ油を加工して製造するバイオディーゼル燃料(BDF)は、軽油の代替品として一部のバスやトラクターなどに利用されたり、ヒマワリの茎や葉を利用したバイオエタノール燃料の研究も進められているとのこと。
種はそのままでも食べられる。アメリカの野球選手がよくおやつとしてベンチで食べているとのことで、ローストしたり塩味を付けたり、チョコレートコーティングしたものまで売られているそうだ。なぜ日本ではあまり人気がないのだろう。
農業の分野でも、刈ったヒマワリをそのまま田畑にすき込んで肥料にする「緑肥」や、大きな花で昆虫を呼び寄せてメロンの受粉を促すコンパニオン・プランツとしての役割を果たすこともあるそうだ。
世界の植物油の生産量でも、パーム油、大豆油、菜種油に次いで、第4位となっている。
観て良し、食べて良し、絞って良し、植えて良し。
ヒマワリ、良いことだらけじゃないか。

大きな花と書いたが、実はあの花、ひとつの花ではない。
キク科の植物に見られる「頭状花序」という特徴を持っており、多くの花が集まってひとつの花の形を形成している。黄色い花びらの部分の花を「舌状花」、内側の色が濃く花びらがない部分の花を「筒状花」とも呼び、筒状花の部分が種になる。1輪あたり500~3,000個ほどの種ができるが、筒状花や種はフィボナッチ数列となっているので、機会があればじっくり観察してみるといい。
ヒマワリはキク科ヒマワリ属の一年草で、品種改良により丈が30cm程の矮小種から3mになる巨大種まで、一般的な一重咲きから八重咲きまで、160種程にもなる。学名「Helianthus」は「太陽の花」を意味し、英語名はsunflower、和名は向日葵と書くように、太陽と関連づけられることが多い花である。
太陽の方向を向いて咲くと言われるが、実際は蕾が向くのではない。ヒマワリにはオーキシンという成長ホルモンがあり、日が当たらない部分で濃度が高くなる性質を持っている。太陽が当たらない側の茎のオーキシン濃度が上昇した結果、そちら側の茎の成長が促進され、ヒマワリの先端は太陽の方向を向く。これは「光屈性」と呼ばれる性質で、花が咲く頃になると茎の成長が止まって硬くなり、太陽を追うこともなくなる。

ヒマワリといえば、すっくと伸びた茎の上に大きな花が咲いているというイメージだが、最近では30cm程の矮小化されたコンパクトなヒマワリの品種も人気がある。ただこれだけ小さいと、ヒマワリなんだかカミツレなんだかといった感じで、ヒマワリらしくない。
中には分枝タイプといって、一本の茎が途中から枝分かれして、いくつもの花を付ける品種もあるのだが、花があちこちを向いてわらわらと沢山咲いている様子は、ちょっと不気味ですらある。
ヒマワリといえばゴッホということで、彼が描いたヒマワリに似せた「ビンセント」という品種や、そのものずばり「モネのヒマワリ」という品種まである。絵画と見比べるとどうも「モネのヒマワリ」の方がゴッホのヒマワリに似ているような気がするのは、私だけか。

園芸の初心者でも育てやすいヒマワリ。
可愛くないなどと言わず、来年の夏に向けて種を蒔いてみようか。
一粒の種が千倍にもなると思えば楽しみだが、びっしりとフィボナッチ数列で並んだ種を想像すると、やはりちょっと怖い。


登場し(なかっ)た神話:ギリシア神話
→水の精クテュリエが太陽神アポロンに恋をした。毎朝日輪車で東の空に昇ってくるアポロンを待ち焦がれ、天の道を翔る彼を西の空に消えるまで目で追い続けた。そして9日9晩経った時、クテュリエはヒマワリとなってしまったという。この神話には致命的な欠点がある。ギリシア時代にはまだギリシアにヒマワリは伝わってなかったのだ。どうもそもそもはキンセンカなど他の花の話だったようなのだが、ヒマワリが丁度ぴったりきたので入れ替わったのだろう。
今回のBGM:「Sunflower~Loss of Love」by ヘンリー・マンシーニ
→映画「ひまわり」のテーマ曲。誰もが一度は聴いたことがあるだろう、切なく美しいメロディーである。


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