第152回 あんみつ姫


ホクホクはあまり好きではない。ムニムニは大好きである。
なんのことはない、食感の話だ。
豆や芋といった食べ物はそのホクホク感が良いのだと言われそうだが、口腔内の水分がなくなる感覚が苦手(味は嫌いではない)なのである。
ムニムニは良い。触ってよし、食べてよし。洋菓子でいえばマシュマロやグミ、和菓子は大福の類はもちろん、あんみつなどの寒天ものは大好物だ。
ここであんみつと書いたが、みつまめではないところに注意していただきたい。みつまめには豆が入っている。せっかくのムニムニにホクホクが混入してしまう。
これはもちろん個人的な好みの話題なので、芋や豆がお好きな方には申し訳ないのだが、案外食感というのは食欲にも直結するので重要だと思う。

同じムニムニ素材でもゼリーと呼ばれるものは、ゾルがゲル化したものを指す。ゾルもゲルもなんぞやと思われる方に説明すると、どちらも分散系という現象に属するものだ。分散系とは、ごく微小な粒子が気体・液体・個体に浮遊したり懸濁したりしている状態である。
エアロゾル感染で有名になったエアロゾルとは、気体の中に液体や個体が浮遊している状態であり、エマルジョンの代表たるマヨネーズも、液体に別の液体が懸濁しているゾルの一種なのだ。
ゲルはゾルと同様、液体の中に粒子が分散しているわけだが、ゾルが流動性のある液体に近い状態であるのに対し、ゲルは粒子が繋がっているため固体状になっている。
ゾルがゲルになることをゲル化と呼ぶが、ゲル化を起こす物質に動物質のゼラチンや植物質の寒天・ペクチン・カラギーナンがある。

寒天はご存知のように、テングサなどの海藻から作られる。
ところで驚いたことに寒天よりもトコロテンの方が歴史が古いのだそうだ。
海藻を煮た液体を放置して偶然にできたのだろうと言われているが、奈良時代の正倉院の書物中に「心天」という記載があるのとのこと。江戸時代のはじめ、戸外に捨ててあったトコロテンが凍って溶けて乾燥していたのを試しに溶かしてみたところ、従来のトコロテンより美味しかったという説があるが、本当か。当初は「トコロテンの干物」と呼ばれていたのが、諸説あるが隠元禅師が「寒天」と命名したのだとか。
江戸時代にはトコロテン売りが売りに来るトコロテンは、庶民の間食として親しまれた。当時は砂糖や醤油をかけて食べられていたそうだ。トコロテンは俳句の夏の季語である。
ちなみにトコロテンもムニムニなので好みである。

理系で生物学方面の実験経験がある人は、寒天培地に親しんだことがおありだろう。かのロベルト・コッホが発明した寒天培地による細菌培養法は、現在に至るまで微生物学や病理学に多大な貢献をしている。
法医学教室にいた頃、DNA鑑定を行うためにアガロースゲル、つまり寒天を用いた電気泳動を日常的に行なっていた。そのためのゲルは自分で作らなければならなかったが、大きなゲルを均一に作るのは慣れと技術を必要としたため、何度失敗したことか。
かつて寒天は戦略物質だった。日本の重要な輸出品であった寒天は、第二次世界大戦中輸出禁止になったという。戦後工業的に製造されたオゴノリを主原料とする粉末寒天が普及したことで、従来の製法で作られる角寒天や棒寒天は現在国内でも製造している会社は少なくなっている。
中でも生産量日本一の長野県茅野市を中心とした諏訪地方では、昔ながらの製法で作られる棒寒天を見ることができる。冬にはマイナス15℃を記録し、日中は晴天が多いこの地域は、寒天の製造にもってこいなのだ。

ムニムニの食感ならば、寒天よりもゼラチンから作られたゼリーの方が弾力性があって良いだろうという突っ込みもあるかもしれない。
どちらも好きだが、寒天にはただグニグニと弾力性があるだけでなく、歯切れよくホロっと崩れるところに潔さがある。
押されて戻るだけでなく、あるところでスパッと決断する思い切りの良さ。交渉ごともそうありたいものだ。


登場した甘味:みつまめ
→元々は江戸時代に売られていたしんこ細工の船にえんどう豆を入れて蜜をかけた菓子だった。なんと寒天が入っていない!現在の形態は明治時代に浅草の舟和が売り出したものが最初と言われる。クリームあんみつ(豆抜き)が好き。
今回のBGM:「リードオフマン」by Jeepta
→弾力性がありながら歯切れの良いchoroのギターは、ウエットな音が多い日本では珍しい。「グリム」のギターソロは圧巻。

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