第102回 咬みつきたい


歯が丈夫である。
もちろん歯のトラブルは歯それ自体の性質だけでなく、唾液の量や口腔内の状態にも左右されるため、一概に歯が丈夫といっても歯だけの問題ではない。それでも歯の強さ脆さというのは、結構体質的というか遺伝的な素因も大きいと思われる。私の場合、母親は歯が弱くしょっちゅう歯科にかかっていたが、父親は丈夫で、そちらの性質を受け継いだのだろう。
別になんの症状もなかったがメンテナンスのため歯科にかかったとき、歯科医に「虫歯になりにくい歯ですね」と言われて、1回で終了した。褒められたのだと思うが、なんとなく残念な気もしたものだ。

小学校の何年生だったか、丁度乳歯が永久歯に生え変わりつつあったある時。同級生と校内のジャングルジムで遊んでいた私は、ふとした拍子に両手を離してしまい、てっぺんの高いところから落下した。
幸いなことに頭を打ったりとかはしなかったのだが、落ちる時にはずみで、ジャングルジムの鉄の枠に前歯(中切歯、門歯とも言う)をしたたかにぶつけてしまったのだ。なぜ歯をぶつけたのか、自分でも状況がよくわからない。そんなに口を開けたままでいたのかということだが、そういう覚えもない。他にどこも打っていないのに、前歯だけぶつけて落ちたというのは、かなり間抜けな状況である。
そしてしたたかにぶつけた前歯の1本は、見事に欠けてしまった。生えたばかりの永久歯、それも一番目立つ前歯が欠けたという事実の重大さについて、その時はそれほど実感はなかった。ただ床に散らばった自分の歯の欠片を、物悲しい気持ちで見つめたことだけはよく覚えている。
「高いところから落ちた」とだけ連絡を受けた母親が、血相を変えて学校に駆けつけた時、教室の真ん中で自慢気にその落下した時の状況と欠けた歯を見せて、級友たちに説明している私の姿があった。滅茶苦茶怒られたのは言うまでもない。
歯が欠けるほどの衝撃が加わったのなら、普通ならその歯は脱臼してもおかしくないと思うのだが、歯根部がしっかり生えていたようで残った部分はぐらつきもなく、その後欠けた部分は治療して差し歯となって今に至る。

ヒトの永久歯は、本来親知らず(第3大臼歯)を含めると32本である。
親知らずは最初から生えなかったり、生えても斜めなので抜歯してしまったという人は多いだろう。最近は親知らずだけでなく他の部分も、永久歯が生まれながらにない(本来なら生まれた時から永久歯は乳歯の下、つまり顎の骨の中に埋まっている)「先天性欠如」という症例が増えている。近年増加傾向とのことで、10人に1人という統計もあるようだ。
多いのは、前から5番目の第2小臼歯と前から2番目の側切歯の欠如が多いとのこと。上下とも無いとなると4本少ないことになるが、稀に10本以上欠如する場合もあるそうで、それは小顔になるわけだ。
ちなみに私は親知らずも全てしっかり生え揃っているため、32本フルセットで装備されている。小顔ではない。
そのせいか歯列は比較的真っ直ぐなのだが、左下の第2小臼歯のみ内側に傾いて生えてしまった。非常に惜しい。これだけのことでもいろいろ不具合があったり気になったりするのだから、歯並びを気にする人が多いのは当然だと思う。
歯並びを良くするために、歯列矯正という治療がある。これは単に美容的な意味合いだけではなく、咬み合わせを正常化するという大事な役割があるのだ。矯正治療は様々な器具を使用するが、場合によっては顎の骨の手術をすることもあり、数年にわたる場合が多い。その際身体的な負担だけでなく経済的な負担も大きいため、躊躇することもあるだろう。
ただ咬み合わせがわずかに異なるだけで、喋り辛くなったりよく噛めなかったりと、咬合というのはかなりQOLに関係するので大事なことなのである。

輝く白い歯というほどのホワイトニングをする必要は感じないし、歯並びも総義歯のように整っていなくても良い。
少女だからといって真っ白な歯を見せて笑う必要などないが、少女であるために歯を食いしばらなければならないような辛いことは少ない方がいいと、常日頃思っている。


登場し(なかっ)た歯:犬歯
→「牙師」という文字どおり犬歯に被せる牙をその人に合わせて作ってくれる方がいる。牙を嵌めると、そのミクロン単位の咬合の変化で慣れるまでタ行とサ行が発音しにくくなるので驚いた。すぐに慣れるが。
今回のBGM:「ふたえの螺旋」by チャラン・ポ・ランタン
→リアルとフィクションの兼ね合いが上手い、彼女たちの原点。歯が欠けた可笑しさと悲しさに通じる。

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