166回 雪だより


今年誰かにクリスマスカードを送ったりもらったりしたという人はどれくらいいるだろう。年賀状を送る慣習もだいぶ廃れてきた昨今、もとよりクリスマスカードなどは、外国の友人とのやりとりがある人以外あまり送ることはないのではないか。
もちろんクリスマスプレゼントにカードを添えて贈るのは、特別なことではない。ただ一般的にはクリスマスカードだけをいつも送っているという人は少ないと思う。
これは自分と相手の消息を確かめ合うという目的のためには既に年賀状が機能しているため、時期がわずかしか離れていないクリスマスカードをわざわざ送る必要を感じないという理由もあるかもしれない。

Season’s Greetingsという言葉がある。日本語で言えば、季節の挨拶のことだ。
そういうと、年賀状・お中元・暑中見舞い・お歳暮といったイベントが浮かぶが、英語の場合は基本的には、クリスマスから年末年始にかけての挨拶という意味で使われる。そう書くと「Merry Christmas and Happy New Year!」といったフレーズがすぐに浮かぶと思う。しかし多種多様の宗教の人が住むアメリカのような国では、敢えてクリスマスという言葉を避けて「Season’s Greetings」という言葉を使うことが多いそうだ。
クリスマスカードというと、サンタクロースやクリスマスツリーが描かれているものをイメージするが、実際には冬景色や小動物、犬や猫の愛らしい姿のものも沢山ある。そのようなカードはホリデーカードとも呼ばれており、アメリカのホールマーク社から発売されているものが有名である。
キラキラと美しいカードを選ぶのは、なかなかに楽しいものだ。

ケイト・グリーナウェイというヴィクトリア朝英国に活躍したラファエル前派の挿絵画家をご存知だろうか。アンティークな装いの愛らしい子供達の絵は、目にすればああこれかとわかる方も多いかと思う。
ケイトは19世紀後半、絵本の黄金時代と呼ばれるヴィクトリア朝の英国で活躍した。この時代は多くの絵本作家が登場したが、ケイトは絵の中に於ける子供の存在感を高めた画家として知られている。1879年に発行された『窓の下で』が大ヒットした後、1880年のクリスマス商戦に向けて企画された『ケイト・グリーナウェイの子供のためのバースデーブック』も成功し、彼女は人気作家となった。
ケイトが描く子供達は「グリーナウェイ・チルドレン」と呼ばれ、他の挿絵画家たちがその模写を求められる程だったというから、その人気の程が知られる。
ボンネットを被り手袋やマフを着けて、ハイウエストのピナフォア(エプロンドレス)を着た少女の服装は、ロンドンのリバティ百貨店が実際の子供服のデザインとして採用し、「グリーナウェイ・スタイル」として流行したそうだ。彼女が描いたドレスのスタイルは、ヴィクトリア朝のものではなく、一昔前のアン王女時代のものだったそうで、懐古的なスタイルとして人気を博したらしい。

グリーティングカードは今から4千年前の古代エジプトで生まれたとされる(またもや古代エジプト…)。コガネムシを模った石製のスカラベを幸運のお守りとして、メッセージを刻んで親しい相手に贈る習慣があったのがグリーティングカードの始まりというが、そもそもスカラベはカードではない気がする。
実際現在のようなグリーティングカードは、1843年に英国公文書館に勤めるヘンリー・コール卿が郵便事業の普及を図るために、友人の画家に描かせたクリスマスカードを2千枚程印刷して販売したのが最初と言われている。
本格的にグリーティングカードが普及したのは、印刷技術が格段に進化した1860年代である。1871年にケイト・グリーナウェイは、高品質のカードを印刷することで定評のあったカード会社にフリーランスの画家として雇用される。彼女がデザインしたカードは人気が高く、クリスマスカードだけでなくバレンタインカードも飛ぶように何万枚も売れたそうだ。

グリーティングカード自体は、いまやSNSのやり取りに取って代わられてきている。メッセージを手書きし、切手を貼って投函する手間を考えると、簡単に送ることができる電子のメッセージは敷居が低い。
だがやはり敢えてその手間をかけて送られたカードを手にすると、嬉しいものだ。ここ数年はこのような状況下であるため、遠方に住む友人に会う機会が殆どない。
せめてクリスマスに託けて季節の便りを送ることにしよう。


登場した会社:ホールマーク社
→昔はサンリオの提携でカード類が売られていたので、日本でもよく知られている。1910年創業のこのアメリカのブランドは、世界で初めてラッピングペーパーなるものを発明したそうだ。1939年に発売された荷車に紫色のパンジーが満載されているカードは空前のベストセラーとなり、今でも現役で売られている。
今回のBGM:「Season’s Greetings」by 山下達郎
→最強のクリスマスソング「クリスマス・イブ」の公式な英語版入り。


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