第143回 痛いの痛いの飛んでけ
注射が嫌いという人は多くても、好きという人はあまりいないに違いない。
大概の人は、好きではなくても必要とあらばまあ仕方ないという程度で、注射に対して特にそれ程の思い入れはないだろう。
日本ではワクチン注射の主流はこれまで皮下注射であった。
1970年代に解熱剤や抗菌薬の筋肉注射によって、大腿四頭筋の拘縮を起こした患者が多く出現したため、筋肉注射は怖いというイメージが世の中に根強く残っている。これは当時の薬剤のpHや注射を打つ頻度の問題であり、筋肉注射自体が悪いわけではない。
また筋肉注射は針を皮膚に対して90度の角度で刺すので、深く刺しすぎて神経損傷を起こすのではないかという視覚的な懸念もある。これも適切な場所を選べば、神経のみならず太い血管も通っていないため、刺した後に一度引いて逆血がないか確かめる必要もない。
現在諸外国ではワクチン接種は筋肉注射が基本である。これは皮下よりも筋肉の方が組織の血流が多く免疫がつきやすいことや、腫れなどの副反応が少ないことが理由である。
しかし上記のような理由により我が国では、筋肉注射は痛そう・怖そう、皮下注射は痛くない・安全という間違った印象が流布されているのでまだ筋注は一般的ではないが、実際は目的に応じて選べばいいだけである。
そもそも皮膚には痛点という感覚器官があるので、それに触れれば痛いと感じる。一般に皮膚の表面には1㎜四方に10〜20個の痛点が分布しているといわれるので、それを避けるには針ができるだけ細いほど良いという理屈になる。
だからといって闇雲に細い針を選んでも薬液を注入するのに時間がかかり合理的ではないため、実際は用途に応じて18Gから26G程度の細さの針を選ぶのが普通だ。因みにこの「G」というのはゲージのことで、針の外径を表す単位である。数字が大きくなるほど針の太さは細くなる。
針先は斜めにカットされており、鋭角であるほど刺さりやすいので痛みは少ないが、血管に穿刺する際には突き破る心配が少ない鈍角な針が使われることが多い。
注射とひとことに言っても、ワクチン接種や輸液のように「入れる」ものと採血やドレナージのように「出す」ものがある。どちらも刺すことには変わりはない。
針はもちろんディスポーザブル(使い捨て)だ。これが時々個体差があって、キレが悪いものに当たることがある。キレの良い針は、皮膚に刺すときに殆ど抵抗がなくスムースに入っていく。しかしキレの悪い針だと、刺す瞬間「ぷつっ」という手応えがあり、思わず「今痛かったですね、すみません」と謝ってしまう。まあこのあたりは運だと諦めてもらいたい。
数年前までは内科医院に依頼されて、毎年冬になるとインフルエンザの予防接種のアルバイトをしていた。押し寄せる人々に問診をして注射を打つ流れ作業である。一番多いときには、2時間半で240人に注射をした。
家族で訪れるパターンが多く、両親が先に打ってから子供の番になるのだが、もうこれは戦いである。子供達はそれまでのまだ短い人生の間に、数限りない予防接種をされているので、痛いことをされるのに懲りている。はじめからあちらは臨戦態勢なのだ。
泣き叫ぶだけならまだしも、大暴れする子供も多い。それを親と看護師でがんじがらめにしてもらって打つのだから、ここは速さが勝負である。いくら泣いてもかまわないが、動かれるととても危険だ。「動くともっと痛いことになるから動かないでね」と言うと、たいていの子はじっと我慢してくれる。「1、2、3で終わるから」と本当に一瞬で打ち終えると、思ったより痛くなかったのに安堵の表情を見せる子も多いが、時折最初から最後まで大暴れをする子もいて、そういうのは小学生の男子に多かった。それなりに体格も大きくなっているから、暴れられると針が違う場所に刺さりそうで本当に危ない。仕方がないから大人3人がかりで押さえ込んで打つことになるが、そんなに痛くはないだろうがと、そのあまりの暴れ様に思わず笑ってしまうくらいである。
そういえば注射をし慣れているはずの看護師の中には、結構注射嫌いがいる。若い女性看護師で極端な注射恐怖症がいて(他人に刺すのは平気)、大学病院を受診した際注射される時に逃げ出したので、網をかけられて保定され打たれたそうだ。そういう時のために網があるというのには驚いた。
採血には慣れとコツがいるが、ワクチン接種にはそれ程の技術はいらない。
打たれる方もあまり緊張しないで受けた方が良い。
いくら平気だと虚勢を張っていても、緊張して筋肉に力が入っていれば刺すときに抵抗があるのでひとわかりなので。
登場した単位:ゲージ(G)
→ボディピアスをしている人にはお馴染みの単位だろう。通常のピアスは20Gくらいだが、トラガスなどの軟骨ピアスは14Gが普通。
今回のBGM:「天までとどけ」by 中村中
→刺さる。心に。
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