第156回 約束のブレスレット


仕事中と寝る時以外は、ほぼいつもブレスレットを着けている。
ずっと同じものではなくその時の気分で、うんと細い華奢なものを着けたり、数珠タイプのパワーストーンを何重にも着けたりする。とにかくいつも何かは腕に巻いている。

ネックレスは外出時にコーディネートに合わせて選ぶことがあるが、普段家の中では着けない。
一般的にみると、お守りのように同じネックレスをずっと着けているという人は結構多いだろう。寝る時は外すにしても、起きているときは片時も外さず着けている、着けていないと不安という人もいそうだ。そういう人は、ネックレスを着けるという行為ではなく、そのネックレス自体にこだわりがあるのであって、なんでも首に着けていればいいというものではない。
私の場合、特定のブレスレットにこだわっているのではなく、腕に何か着けるという行為が好きなのだと思う。

ブレスレットの歴史は古い。ネックレスとともに最古の装身具と言われている。紀元前1万年以上前より人は手首に何かを着けていた。
ブレスレット、つまり腕輪とは、その名の通り腕に嵌めるリング状の装身具のことである。動物の骨や牙、貝殻、木や石を、くりぬいたりつなぎ合わせたりして輪っか状にしたものを、手首や肘、上腕(二の腕)に嵌める。
日本では縄文時代の遺跡から、貝輪や貝釧(かいしろ)と呼ばれる腕輪が出土している。弥生時代になると銅製のものが、さらに後には碧玉で作られた手纏(たまき)や釧(くしろ)と呼ばれるものが現れる。
余談だが、奈良時代まで着けられていた腕輪も首輪も指輪も、なぜか平安時代以降になるとほぼ絶滅してしまう。日本人は身体に直接装着するアクセサリーを、明治時代まで着ける習慣を持たなかったのだ。この理由は諸説あるためここでは書かないが、言われてみると確かにそうで、なんとも不思議なことである。

「bracelet」という単語は、古フランス語で腕を意味する「bras」と腕を飾ることを意味する「blacel」に小型のものという「et」という語尾が付いてできたと言われている。
ブレスレットの一種で、留め具の無い形状のものをバングルと呼ぶ。古代インドのサンスクリット語で腕を飾るという意味の「bangri」がその由来と言われている。
当初は宗教的・呪術的な意味合いが大きかったと思われるブレスレットだが、中世ヨーロッパでは装飾的な目的が主となっていく。ヴィクトリア女王の時代には、ヴィクトリアンジュエリーと呼ばれる精巧に細工された宝石を施したアクセサリーが流行した。いまでもこの時代のアンティークはその高い技術と装飾性で絶大な人気を博している。

腕時計で、ブレスレットウォッチと呼ばれる種類のものがある。装飾性が高く、時間を確認するというよりも手首を彩るアクセサリーとしての役目が主となるような腕時計である。
そもそもこの腕時計、今日の機械式時計の基礎となる沢山の技術を発明したアブラアン-ルイ・ブレゲが、1810年にナポリ王妃からブレスレットタイプの時計の注文を受けたのが最初と言われている。19世紀ヨーロッパの富裕層の女性の間で、小さな時計が付いたブレスレットを宝飾商に注文することが流行ったそうで、カルティエやブルガリといったブランドが台頭した。
ふんだんに宝石を散りばめた豪華絢爛なブレスレットウォッチなど持っていないが、可愛らしい細工が施された華奢なブレスレットウォッチは、内なる少女性を刺激してくれる。

手は体の中でも一番よく動かす部位である。なのでそこに何か邪魔なものを着けたくないという人もいるだろう。指輪ならば指に密着しているのであまり動くこともないが、ブレスレットは結構動く。
ぴったりくっついていないこの自由さが、私は結構好きだ。シャラシャラと腕を滑る感触も良い。もちろんサイズぴったりで動かないものもあるが、ほんの少しサイズに余裕をがあるものを選ぶことが多い。
そうはいっても動作時にあまり邪魔になるようでは都合が悪いため、通常は利き手では無い左手に着けている。
呪術的な意味合いでは、左手はエネルギーを吸収する側、右手は放出する側なんだそうだ。まあそういう理由ではなく、殆どの人は利き手では無い側の手に着けるだろうから、ブレスレットは左手に着けられることが多い。

高価なものでなくていい。
お守りというわけでもない。
きれいなものが手首に巻かれているというそれだけで幸せな気分になれる。


登場した時計ブランド:ブレゲ
→ナポレオンの妹でありナポリ王妃のカロリーヌ・ミュラがブレゲに注文した腕時計のデザインは、現在でも「クイーン・オブ・ネイブルズ」というシリーズで発売されている。彼女は生涯で34個のブレゲ時計を所有したという。
今回のBGM:「Azucena del Oriente」by ルシア塩満
→南米の民族音楽に用いられる小型のハープのようなアルパという楽器。どことなく日本の琴の音を思わせる音色は、懐かしく優しい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?