289回 羽ばたきはやまない


今年もイワツバメがやってきた。
通勤途中のクルマの前を横切るその小さな姿は、初夏の訪れを告げる風物詩だ。これから田圃に水が入ると小さな虫も沢山発生するので、イワツバメも張り切って狩りまくることだろう。
高速で飛びながら空中でひらりと方向転換をするその機動力は、いつ見てもなんてよくできているのだろうと感心するばかり。夕暮れに飛び交うコウモリのヒラヒラと曲線を描く飛び方とは異なる、直線的に突っ込んでいくかと思うと急角度で方向を変える姿は、まるで小さな戦闘機のようだ。

イワツバメはスズメ目ツバメ科に属する鳥である。
同じ科のツバメよりも小型で、ツバメの頭と喉が赤茶色なのに対し、イワツバメは黒と白だけだ。またツバメは翼と背中から腰にかけての部分は全部青みがかった黒色だが、イワツバメの腰は白い。なにより異なるのは、尾羽の形状だ。ツバメは燕尾服の元になったような二股に分かれた長い尾羽を持っている。イワツバメの尾羽は浅い凹型で、ツバメに比べると遥かに短い。またイワツバメはツバメより一回り小さく、足に白い羽毛がぽわぽわと生えているので、すぐに見分けがつく。
ツバメもイワツバメも、日本の北海道から九州まで広く分布しているが、よく見かけるこの2種類以外にも、西日本に多い大型のコシアカツバメや、北海道に飛来して崖に巣を作る小型のショウドウツバメ、奄美大島以南に留鳥として棲息するリュウキュウツバメといったツバメがいるのは知らなかった。

安曇野のような山間部では、ツバメよりもイワツバメを多く見かけるが、ツバメもイワツバメもどちらも渡り鳥で、夏鳥と呼ばれるタイプだ。春から初夏にかけて日本に渡り営巣して雛を育て、秋になると東南アジアに戻っていく。これに対し冬鳥というのは、ハクチョウのように秋に北からやってきて日本で越冬し、春にまた北に戻っていく鳥を指す。
そもそも渡り鳥というのは、ある季節になると海や大陸を遥々と超えて移動する鳥のことである。夏鳥と冬鳥の他に、渡りの途中で日本に立ち寄る旅鳥という種類もあり、シギやチドリの仲間が多い。

夏鳥には、サシバやハチクマといった小型の猛禽類もいる。猛禽類が渡るというのはちょっと意外だった。世界には約280種類の猛禽類(タカ・ワシ・フクロウなど)がいて、30種のタカとワシが日本で記録されているが、そのうちの16種が渡り鳥とされている。中でもサシバとハチクマは夏鳥として有名で、この安曇野でもよく見かける。
タカバシラ(鷹柱)をご存知だろうか。秋のよく晴れた日、上昇気流に乗って複数の猛禽類が旋回しながら上空を飛翔する「個体群行動」と呼ばれる現象の一種である。数十羽から数千羽に及ぶ猛禽類が天に向かって伸びる柱のように舞い上がる様は荘厳で、一度だけ小規模のタカバシラを見たことがあるがなかなか感動的であった。猛禽類たちはタカバシラを形成しながら上昇気流に乗って上空に上がりそこから滑空して渡っていく。5千羽という物凄い数のタカバシラが確認されたこともあるそうだ。
松本市奈川にある白樺峠は、このタカバシラを観察できる場所として有名である。標高1600mのこの峠を目指して多くのバードウォッチャーが望遠鏡のような凄いカメラを携えて訪れるが、そこは自然の営み。タカバシラを見られるかどうかは運にかかっている。
ただマニアでなければそこまで行かなくても出会えることもあるため、晴れた秋の日には安曇野の空を見上げている。

安曇野は、冬鳥としてコハクチョウが飛来することでも有名だ。
昭和59年に初めて数羽がやってきてから年々数が増え、一時は2千羽を超えたこともあったようだが、近年は鳥インフルエンザや気候温暖化の影響もあり数百羽にとどまっている。コハクチョウは毎年10月頃に犀川白鳥湖と御宝殿遊水池の2ヶ所に飛来する。それぞれ「アルプス白鳥の会」と「御宝殿白鳥の会」の人たちが、飛来数のカウントや白鳥観察小屋の管理、飛来地周辺のゴミの片付けなどを行っている。以前は篠ノ井線の明科駅に、観察されたコハクチョウの数が毎日掲示されていたが、今でもやっているのだろうか。
コハクチョウはユーラシア大陸北部のツンドラ地帯(シベリアですね)で繁殖し、冬季になると日本などの温帯地方に渡ってくる。これはオオハクチョウも同様だ。
コハクチョウとオオハクチョウの見分け方は、コハクチョウの方が20cm程度小さいとか首が短いとかいっても、はっきりいって並べてみなければよくわからない。それよりもクチバシを見るのが良さそうだ。オオハクチョウはクチバシの半分以上が黄色だが、コハクチョウのクチバシの黄色が半分を超えることはない。またコハクチョウよりもオオハクチョウの方が、クチバシが鋭角的である。
「冬の使者」として安曇野で愛されているコハクチョウ。毎年ニュースに北帰行の話題が上ると春の訪れを感じたものだが、この冬の飛来数はこれまでのシーズンで一番少なかったそうだ。温暖化の影響はこんなところにも現れていると難しい顔になってしまう。

イワツバメは玄関先の軒下に巣を作ることも多いが、糞が下に落ちることを厭って、巣を落としたり最初からかけられないように妨害したりする場合もある。
野生動物との共存は人間社会の大きな課題だが、野鳥ともできるだけ仲良く共存できればいい。
イワツバメのつぶらな瞳と俊敏な飛行が、これからも見ることができますように。


登場した用語:渡り鳥
→長距離を移動する渡り鳥は多いが、なかでも最長の距離を誇る種類のひとつに、キョクアジサシがいる。キョクアジサシはその名の通り、北極と南極を渡るのだ。ハトくらいの大きさで体重100g余りのチドリ目カモメ科のこの鳥は、夏の北極圏で繁殖し、非繁殖期には3万2千kmを飛んで夏の南極圏で過ごす。1年に移動する距離は8万kmに及び、30年の寿命の間には累計240万km飛んでいることになり、これは地球と月を3~4往復する距離だというのだから凄まじい。
今回のBGM:「中島みゆき・21世紀ベストセレクション『前途』」by 中島みゆき
→彼女の40枚目のオリジナルアルバム「問題集」に収録された「India Goose」。ツル科の中でも最小とされるアネハヅルは、その小さな体でヒマラヤ山脈を超えて渡る。気温マイナス30℃以下、酸素濃度地上の1/3、強風が吹き荒れる高度8千mを超える過酷な旅をするこの鳥になぞらえた歌詞は、聴くたびに泣いてしまう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?