第153回 仕立て屋の恋


服のお直しは基本的にはしない主義である。
もちろんパンツの裾上げとかのレベルの話ではない。きついサイズを自分の体型に合わせて無理やり広げてもらったり、好みに合わせてデザインを変更してしまうようなお直しのことだ。
ずっと昔あるブランドでとても繊細で高価なブラウスが発売された。手仕事の極みのような細工が施されたその服は、かなり細身の体型の人向きのパターンであった。しかしそのブランドの熱烈なファンはその服をどうしても着たかったのだろう、両脇に布を足して身幅を広げるという大規模なお直しをしてもらったそうだ。
デザイナーはそのサイズも含めて全体のデザインを決めている。一部分だけサイズを変えるということは、デザインを根本的に変えてしまうことに等しい。それはデザインに対する冒涜ではないのだろうか。

どうしてもその服が気に入っているが、体型に合わず着られないということはままある。しかしその場合は、潔くあきらめるのが得策だ。無理に自分の体型に合わせるべくお直しをしても、どこかが破綻してちぐはぐになってしまう。
服は自分の体型に合ったデザインとサイズのものが、一番よく似合うようにできている。オートクチュールを発注できる人ならともかく(それでもデザイナーの理想の体型というのは存在するだろう)、プレタポルテの中から選ぶのであれば、まずは体型とのバランスを考えた方がいい。
どんな体型の人でも、必ず似合うバランスの服はある。大規模なお直しをしたその人も、お金をかけてそんなことをしなくても、きっともっと自分を引き立ててくれる服があったことだろう。

私はいわゆる9号には収まるのだが、胸囲が体型に比して異常に大きい。
胸囲、即ちアンダーバストである。鳩胸とはまた少し違うのだが、肋骨が形作る胸郭が大きいため、細身の服では胸がきついことが多いのだ。バストが大きいわけではなく、アンダーバストが大きい。本当に大きい。聞いたら驚くほど大きい。ウエストにかけて細くならない寸胴の体型である。
そうするとどうなるかというと、ハイウエストの服が着れないという事態が起こる。ハイウエストの部分が丁度アンダーバストの位置に来るので、デザイン上想定されたサイズを遥かに上回る私の立派な胸郭では、パツンパツンになってしまうのだ。好きなブランドのワンピースも、このため何度かトライした後にあきらめた。
パンツに於いてもハイウエストは鬼門である。深履きのデニムなど上端部分がウエストではなくアンダーバストまで到達するので、釣り人の胸まである胴付長靴(チェストハイウェーダーというものだと初めて知った)みたいになる。ローウエスト万歳。

お直しといっても、身長が低い人が丈を少しだけ短く直したり、肩パットを取ったりするのはありだと思う。
古着はその時代の流行のパターンにのっとっているので、そのままではなんとなくダサく感じたりすることも多い。その場合は手を入れて今風に変えるということもあるかもしれない。
しかしそれも元あったデザインを崩すことには変わりはないので、いっそのことリメイクをした方が格好良くなる可能性は高い。大胆に解体再構成されたリメイク服は、唯一無二の個性を発揮してくれる強い味方だ。
最近ではかなりのオーバーサイズが流行っているため、最初から体型を問わない服も多くなった。リメイクもそれを意識しているものが多い。
ぴったりと体に合った服はもちろん美しいが、風をはらんで広がるようなビッグサイズのリメイク服も、深呼吸したくなるような自由さがある。

服が本当に体型に合っているかは着てみなければわからないが、通販で購入する機会が増えた昨今、お直しをしなくてもいいようにサイズはしっかりチェックしたい。
どんなデザインの服を着るのも自由だ。
かっちりしたスーツだろうが、ボリュームたっぷりのロリィタだろうが、自分の好きな服を着ればいい。服はあなたを裏切らない。
サイズさえあっていれば。


登場した服(なのか?):胴付長靴
→長靴とサロペットパンツが一体化しているもので、もちろん防水PVC製。カタログを眺めていたら妙にお洒落に見えてきて欲しくなったが、着る用途はいまのところ全くない。
今回のBGM:「The Klaxon」by And Also the Trees
→42年間絶妙な距離感で音楽を続けている稀有なバンド。付かず離れずの心地良いサイズというのは、音楽にもあるのだと思う。

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