191回 フード・ファイター


いまではパーカーはごく日常的な服として浸透しているが、半世紀前には殆ど着ている人はいなかった。
1960年代にビートルズの人気でモッズファッションが流行り、ミリタリーパーカーが着られるようになったといっても、こちらはフード付きのアウターとしての服であって、現在日本で一般的に言うところのスウェット素材のパーカーではない。アメリカでは1970年代にヒップホップが大流行したときに、ラッパーたちがスウェット素材のパーカーを着ていたのを若者が真似をしたことで、ファッションとして認知されたそうだ。

本来パーカーという言葉は、防寒用のフード付きアウターのことを指す。現在パーカーと言われているフード付きのスウェットシャツはフーディと言うので、英語圏で「パーカーを探している」と言うと、アウターの売り場に連れて行かれるので注意が必要だ。
パーカーの語源を調べてみると、情報が混在していることに気づいた。よく書かれているのは、イヌイットの言葉からきているというものだが、どうもこれは間違いのようだ。確かにパーカーと同じくフードが付いたアウターであるアノラックは、グリーンランドに住むイヌイットの言葉「annoraaq」からきている。
しかしパーカーの元になった「parka」という言葉は、同じ北方に住むモンゴロイド系の狩猟民族でもロシアの極北、西シベリアから北極圏に住むネネツ人の言語で「動物の毛皮」を意味するものからという説が尤もらしい。
イヌイットが狩るのはアザラシなどの海獣で、ネネツが狩るのはトナカイだ。全然違う。でもまあどちらも狩った動物の毛皮を用いて防寒具を作るというのは同じであるが。そして厳密には同じフード付きでも、本来の意味でのパーカーは前開きでアノラックは被りだという。なんとなく反対の印象があったので、少々驚いた。

パーカー、つまりフーディの正式名称が「hooded sweatshirt」であるように、パーカーはスウェット生地でできている。
そもそもスウェットとは、表面が平編みで裏面がパイル編み(裏毛)になっている表裏二重構造の生地のことである。素材はコットンが基本だが、速乾性と耐久性を丸ためにポリエステルが混紡されることもある。裏面がパイル地なら春夏向き、裏起毛であれが秋冬向きと、季節に合わせて対応できる便利な生地と言えよう。
このスウェット生地を用いたプルオーバータイプの長袖で、首周り・袖口・裾に伸縮性の高いリブ編みを施したものがスウェットシャツ、つまりいわゆるスウェットというものなのだ。
1920年代には誕生していたと言われるこのスウェットシャツのパイオニアと言われるのが、アメリカの「Champion チャンピオン」というブランドである。軍や大学で愛用されていたチャンピオン製品だが、当時は洗濯をすると縮んで着丈が短くなると不評だった。
そこで開発されたのが「リバースウェイヴ」という製法である。縦編みされたコットン生地を横向きに配置するというアイデアで特許を取得、これで縮みが大幅に軽減された。その後横方向への縮み防止と運動性能を高めるために、「サイドアクションリブ」という構造をボディの両脇下に入れ、1950年代にはほぼ現在とほぼ変わらないスウェットが完成した。

そもそもスポーツのトレーニングウェアであったスウェットに、首元を冷やさないためのフードとハンドウォーマーとしてのポケットを前面に配したパーカー。
元々は倉庫で働く労働者の作業着だったというが、それがファッションとして大人気となったのは、ヒップホップアーティストが着用したのと並んで、1976年に公開されたかの有名な映画『ロッキー』に因るところが大きいという。シルベスタ・スタローン演じる再起を誓うボクシング選手のロッキー・バルボアが、トレーニングウェアとして着用していたのが、ヘザーグレイのパーカーであった。
本邦では1990年代にヒップホップが流行し、ストリートファッションが人気となったあたりで、パーカーも普及したと思われる。古着のパーカーのくたっとした風合いも愛され、そのまま着るのはもちろん、カスタムして楽しむなど応用範囲も広い。

ここ数年は特に、XXXLといったかなり大きなサイズのパーカーを、ワンピースのようにダボっと着るのが流行りだ。
身体が中で浮くような大きさのパーカーは、当然袖丈も長いので、小柄で華奢な人が着るとまるで子供が着ているように見える。それはそれで可愛いと思うが、未成熟を良しとする風潮にも通じるような気がしてならない。そういえば「ボーイフレンドシャツ」といって、いかにも彼氏のシャツを借りました風に大きめのシャツを羽織るというファッションもあった。
いずれにせよ借り物ではなく自分自身の意志で選んだのなら、他人がとやかくいうものではないだろう。

白衣の下には基本何を着てても良いと考えているので、パーカーを着ることも多い。いまの髪型がうなじ刈り上げなので首周りが寒いため、パーカーは重宝する。
白衣を着た上にフードを出すと、それなりにさまになっていて結構気に入っている。患者さんにも好評のようだ。
これからも「パーカー+白衣」は積極的に推していきたい。


登場した年代:1990年代
→「90年代のダサかわファッションがリバイバル中」だそうだ。本当か?
今回のBGM:「The Return of the Space Cowboy」by Jamiroquai
→90年代を代表するアーティストは数多くいるが、その中でも独特の立ち位置で現在に至るまで活動を続けている人は少ない。ビジュアル的にもあのアイコンは印象的だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?