181回 君は10000ボルト


気温が上がり湿度も高くなってくると、ようやくあの恐怖から解放される。
油断させておいていきなり襲いくる目に見えない存在。
そう、静電気だ。

一般に静電気と呼ばれているのは、触った瞬間「パチッ!」と音がして(火花が散ることもある)痛みを感じる現象のことである。
物質は全てプラスとマイナスの電気を持っている。通常プラスの電気とマイナスの電気は同じ数のバランスの良い状態になっているのだが、これを「電気的に中性な状態」という。この状態のものに触っても電気は帯びていないので、なんともならない。
このバランスが崩れて、プラスかマイナスのどちらかの電気が多くなった状態のことを、本来は「静電気」と呼ぶ。そして静電気を帯びていることを「帯電している」というのだ。どちらかに偏っているということから、静電気にはプラスの静電気とマイナスの静電気が存在することになる。
静電気を帯びたものは電気的にバランスが悪い。そこでなんとかしてバランスが良い中性の状態に戻ろうとする。マイナスに帯電したものがプラスに帯電したものに近付くと、その多い分のマイナスの電気はプラスに帯電した側に戻る。このマイナスの電気が放出されることを「放電」といい、このとき双方のものの間には電流が流れる。

人間はプラスに帯電しやすいそうだ。
金属のドアノブがマイナスに帯電していたとすると、プラスに帯電している人間が触った瞬間に、ドアノブのマイナスの電気が自分の手に流れ込んでくる。つまりこの時感電しているのである。
この軽い感電を一般的には「静電気」と呼んでいるわけだが、正確には「静電気によって起きた放電」という現象なのだ。
この触っただけで発生する静電気は、接触帯電という種類のものである。
また化繊の服を脱ぐときに「バチバチ」音がして痛いというのは、摩擦帯電という種類の静電気である。衣類と体、もしくは衣類同士が擦れてマイナスの電気の移動が起こることで、静電気が発生するのだ。
そしてもうひとつ、接触しているものが離れるときに静電気が発生することがあり、それを剥離帯電という。これは食品用ラップを引き出す際に、ラップのフィルムが互いに張り付いてしまう時などに起こっている。

人体に帯電した静電気は、1000V(ボルト)以下であれば殆ど感じないという。しかし3000Vも帯電していた場合、放電した時の電撃は痛いと感じる程度の強さになる。
冬場の乾燥した空気の中、カーペットの上をしばらく歩けば容易にそれ位の静電気は帯電してしまうので、ドアノブには恐々触れることになる。ましてや帯電しやすい素材の服で、しかも乾燥肌だとしたら、それはもう結構な電撃をくらうのを覚悟しなければならない。
プラスとマイナスのどちらに帯電しやすいかを示す「帯電列」というスケールがある。それを見ると、人間はとてもプラスに帯電しやすく、ポリエステルはマイナスに帯電しやすい。綿は比較的中性に近いので、静電気が起こりにくい。意外なのがナイロンで、プラスに帯電しやすいのだ。ウールは人体に近くプラス側であるのに、アクリルはかなりマイナス側だ。
帯電列に表示される2つの材質は、離れているほど大きな静電気を発生させる。人体とアクリルは遠く離れている。どおりでアクリル100%のニットを脱ぐ際に、命の危険を感じるほど(大げさ!)の静電気が生じるわけだ。

冬場の部屋着として大活躍する素材といえば、フリースとマイクロファイバーである。
どちらも暖かく、洗えばすぐ乾いて扱いやすい。化学繊維という点は同じだが、マイクロファイバーはナイロンやポリエステル、フリースはポリエステルの中でもPET(ポリエチレンテレフタラート、PETボトルの素材と同じ)を材料としている。
8μm以下の極細の繊維で、断面が多角形の形状をしているマイクロファイバーは、ふかふかで柔らかく保温性が高いが、繊維が細くて尖っているため強く擦ると相手方に傷がつきやすい。一方フリースもその暖かさで一斉を風靡したが、起毛素材なので摩擦に弱く毛玉ができやすいのが難点、そしてなんといっても静電気が起こりやすい。
ただでさえ静電気を帯びやすい私は、そのような理由で圧倒的にフリースよりもマイクロファイバーを選ぶことが多い。
もこもこの部屋着は着ぐるみのようで可愛く少女性満載であるが、感電の危険もまた存在するのである。

静電気体質という言葉があるが、実際は体質の問題ではなく、皮膚が乾燥しているとか服の素材とか環境要因によるところが多い。
日本の夏は湿度が高いので、空気中の水分を通して体に溜まった静電気は放電されるが、乾燥した冬はただでさえ体に静電気がたまりやすいのだ。
静電気除去グッズよりも、まずは皮膚も空気も乾燥しないようにすることが一番の静電気対策となる。

気温がだいぶ高くなってきたこの頃。
服も次第に綿や麻などの自然素材が多くなるが、まだ油断はできない。
肌も心もよく潤して、一撃に備えたい。


登場した用語:摩擦帯電
→昭和の子供が必ずやった下敷きで頭を擦ると髪の毛が立つあの現象。下敷きの素材であるポリ塩化ビニルはかなりマイナス側なので、プラス側の人毛との間に静電気が生じやすいためである。
今回のBGM:「君のひとみは10000ボルト」by 堀内孝雄
→1978年に大ヒットしたCMソング。因みに堀内孝雄の曲で一番好きなのは、アリスの「遠くで汽笛を聞きながら」である。


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