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『メディテラネア・インフェルノ』デモ版翻訳秘話

はじめに

このたび、『Milky Way Prince』作者ロレンツォ・レダエリ氏の最新ビジュアルノベル『Mediterranea Inferno(メディテラネア・インフェルノ)』(Steam他)の翻訳を担当することになりました。パブリッシャー「Santa Ragione」から送られてきたプレスリリースは、不肖自分が翻訳していくつかのゲームメディアに送らせて頂いたのですが、迅速に紹介記事を仕上げてくださった、IGN Japan誌とAUTOMATON誌には本当に感謝です。

そういうわけで、このnoteでは今作『メディテラネア・インフェルノ』の見どころや四方山話について翻訳者の立場からつらつらと書きます。最後までお付き合い頂けると嬉しいです。そしてぜひ、6/19のSteam Next Fest開催以降に(理由は後述)デモ版をダウンロードしてプレイしてやってください。

『メディテラネア・インフェルノ』はどんなゲームか

昨年秋頃から『Milky Way Prince』新訳版の翻訳をちびちび進めていたので(こちらはほぼ完成している)、本作の翻訳も二つ返事で引き受けたのだが、デモ版公開予定のSteam Next Festが喫緊(10日後・6月19日)で、のっけからなかなかの「プレッシャー案件」だった。デモ版Steamキーが送られてきたのが今月頭。翻訳期間は約1週間。駆け出し翻訳者の自分にとってはいささか……いや、かなり短い。LQA(日本語訳をゲーム内に入れてもらってからの確認作業)はやらせてもらえるのだろうか?

とにもかくにも、やってみなければわからない(やってもわからないことも多いが)。さっそく『メディテラネア・インフェルノ』をプレイ。

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なるほど、これは確かにあの『Milky Way Prince-The Vampire Star-』(以下、MWP)の作者の最新作である。
MWPで「サシ」の強烈な恋愛を描ききって、次作はどんなものになるのだろう? まさかノベルゲーム制作から足を洗ってしまうのでは?などと勝手に心配していたのだけれど、今作ではコロナ・パンデミック後のイタリアを舞台に、サイケデリックで開放的で、自らのルーツやアイデンティティを探るようなゲームを作ることにしたのだなあ……と感慨深い気持ちに包まれた。勝手に。

前作MWPと比べると、絵やUI——所謂「ガワ」の部分がこの2年で目を見張るほど成長していることは、一目瞭然である。BGM(全て作者の手による)もいっそう「劇伴」が意識されており、「MWPより格段に洗練されたビジュアルノベルに仕上がっている」というのが第一印象だった。

物語

物語は——どうだろう? まだ自分もデモ版の少し先くらいまでしかプレイできていないのだけど、本作のストーリー序盤に簡潔なキャッチをつけるなら、
「クィアな3人、パンデミック後の青春逃避行」といったところだろうか。

仲良し3人組(ザ・サン・ガイズ)

コロナ・パンデミックによる規制と隔離で離れ離れになっていた3人(ちなみに3人ともMWP同様「クィア的な」キャラクターである)が、2年ぶりに出会い、北イタリアの街でバカンスを満喫する予定を立てる。
だがそのバカンス中、3人が抱えている心の闇、罪悪感、不安感といったものが少しずつ浮き彫りになっていく——そんな予感をひしひし感じさせる。また、3人の心の内にある闇は、「ミラージュ」というきわめてドラッグ的な果実を摂取することで、顕在化するようだ。

ミラージュの売人・マダマ

本作主人公・クラウディオは名門出身で、リア充で、親友の1人は有名モデルで、祖父のサマーハウスを自由に使うことができ……と、非セレブ・引きこもり寄りの自分にとって、正直、共感要素はかなり少ない(笑)。恋愛対象となかなかわかりあえない苦悩と1人戦い続けるMWPの主人公・ナキ(画像左)、マイノリティで現実不適応者でやたら思い込みの激しいスーン(画像右)にはすぐに共感できたのだけど。

ナキとスーン(『Milky Way Prince』より)

しかし、海外カルチャーに目がない「いち日本人」として本作を見た時、コロナ・パンデミックに対するイタリア人の所感や価値観の変化、華々しく魅惑的に描かれた北イタリアの様子など、プレイしていて実に興味深かった。コロナ後のイタリアで、3人のクィアたちが海やクラブや蚤の市で様々な人と出会い、自己探求の日々を送る——が本作のメインストーリーと思われる(まだ全体1/3くらいしかプレイできていないので、断言はできないが)。

登場人物

クラウディオ

良家(ビスコンティ家)の出身。幼少期のトラウマ(両親との関係に何か問題があったらしい)を抱え、パンデミックで亡くなった一族随一の成功者である祖父をリスペクトしている。スピリチュアル&カルチャーへの造詣・興味が深い。

ミダ

パンデミック中にインスタグラムに投稿した画像がきっかけでイタリアの有名ファッション・インフルエンサーに上り詰めた現役モデル。性格は若干「きつめ」で普段ほとんど笑わないクール・ガイだが、自己の内に強いコンプレックスと抑え切れない衝動を抱えているようだ。

アンドレア

3人の中でもっとも口数が多く、明るく社交的な所謂「陽キャ」。人がいないプールより、人ごみでごった返したビーチ。蚤の市より、ディスコやパーティーを好む。クラウディオやミダと比べるとジェンダーを意識した発言が目立つが、性自認や内面については不明な点も多い。

この3人の幼なじみ仲間(ザ・サン・ガイズ)が世界中のあちこちで様々なイベントに毎晩参加して事件が起きる——というのが、本作『メディテラネア・インフェルノ』のメインストーリーになっている。

デモ版翻訳について

本作デモ版の翻訳は、正直、難儀だった(正確には、現在も続いている。ひとまずは、Steam Next Fest直後まで)。
短期間のデモ版翻訳作業は、架け橋ゲームズ経由で翻訳させて頂いた昨年の『Soup Raiders』で経験済みだったが、RPGタイプの『Soup Raiders』と本作のようなビジュアルノベルでは翻訳の進め方も作業量も全く違うことを改めて思い知った(そして何より、業界最高のサポーターなしに自分だけでパブリッシャーとやり取りして翻訳を進めることの大変さを……)。

冒頭に記したようにタイトなスケジュールなので、前倒しに翻訳を進めていかないといけない。本作のストーリーやコンテクスト、キャラクターの性格がなかなか掴めず、原文で何度も通してプレイして、キャラクターの口調と性格などが自然に浮かび上がってくるのを待ってから、翻訳作業を始めた。
Steam Next Fest前にLQAを1回出してもらえたので、それはありがたかったのだけど、駆け出し翻訳家としては最低2回(できればもっと)ほしいところ。正直、明日のSteam Next Festで本作デモ版が公開&アプデされた時、キャラクター名の文字化けが直っているかどうか今も気が気でない(直っていますように……)。

謎の売人・マダマ

内容においても、本作は『MWP』と比べると掴み辛い作品ではある。恋人との会話と主人公の独白に終始するMWPと比べると、濃い主要キャラクターが3人いるうえに、道中に出現する登場キャラクターもかなり多い。とくに主人公・クラウディオとミダのスノッブで勿体ぶった会話や、ドラッグ的な果実を提供してくれる謎の売人(幻影?)マダマの発言など、なかなかすんなりとは訳せなかった。

しかし本作をプレイしていて、主人公のメンタリティや親友との関係など、通奏低音的にドイツのノーベル賞文学者・トーマス・マンによる小説『魔の山』を思わせるところが多々あった。

前作『Milky Way Prince』ではヘルマン・ヘッセの小説をところどころ思い出したりしたから、作者・ロレンツォの作風にはドイツ古典教養小説的を思わせるところがあるらしい(少なくとも、自分の中では)。それに気付いてからは、少し翻訳しやすくなったように思う。

今回もっとも頭を抱えたのは(そして今も不安なのは)フォントの崩れや本文テキストの問題である。オリジナル版では流麗だったフォントも、箇所によっては日本語を入れるとかなりいびつになってしまう。時間が足りないから、いくつかのフォント候補を試すことも今回は不可能だった。

とくにテキストボックス冒頭のキャラクターネームは何度かやり取りしても思うように入らなかったので(最初のLQAで文字化けと日本語と英語の混在が多々あった。日本語フォントとの相性かもしれない)、いったん全て英語に戻したのだが、さすがに「Speakers(話者)」や「Uncertain Voices(不特定の声)」といった表記をそのままにしておくわけにもいかず、デモ版では日本語に戻した。ここは、製品版までにまだ改善していきたい。

最後に

ここで終わりではありません

本作のデモ版はけっこう長く(これでも当初のデモ版の半分くらいの量になったのだけど)、途中、黄色く大きな英字で「See you soon!」と表示されるので、「え、もう終わり?」と勘違いされる方もおられるかもしれません。なので、最後に一応余計なお世話を……。

ここで終了します

この画面が出るまで、デモ版は終わっていません。なので、ここまではぜひともプレイして頂けると嬉しいです(ゆっくり進めても、30分かからないくらいだと思います)。

『メディテラネア・インフェルノ』デモ版をプレイされた方には、きっと「この訳はどうなんだ」「このフォントどうした笑」と思われる箇所もあるかもしれません。致命的なフォントの崩れや抜けはパブリッシャーに指摘済みなので、もしSteam Next Fest後もそのままになっていたら、お察しください(できればお知らせください)。

完璧とはとても言いがたい拙翻訳ですが、本作『メディテラネア・インフェルノ』デモ版をプレイして、少しでも本作(と『Milky Way Prince-The Vampire Star』)に興味を持って頂けたら、翻訳者として冥利に尽きます。
なお、完全版は年内リリース(たぶん冬)となります。製品版までにできる限り正確、かつ読ませる翻訳・フォントに改善していく所存ですので、『メディテラネア・インフェルノ』を今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

次回予告

次回は、来月アプデ予定の『Milky Way Prince-The Vampire Star』新訳版について。作者ロレンツォ・ロダエリ氏のインタビューを敢行したので、ぜひ。ロレンツォとはこの1年、MWP翻訳を通じてよくコンタクトを取っていたのですが、すっごく面白くて魅力的なナイスガイなので、彼の人となりとMWP、そして今作『メディテラネア・インフェルノ』の魅力が少しでも伝われば幸いです。


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