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2023年個人Song of The Yearプレイリスト『KeyTail 2023(上)』 全曲解説

▲タイトル通りに少々気が早いのですが、2023年上半期にリリースされた曲で個人SOTY(ソング・オブ・ザ・イヤー)的プレイリストを編みました。

ロック、アンビエント、ゲーム音楽、エレクトロニカ、Lo-fi-Hiphopとジャンル横断して——昨今、そんな物言いもあまり聞かなくなりましたが——「2023年現在聴いている忘れ難い曲を残しておきたい」という気持ちで全10曲に厳選しました。ちなみに「Key Tail」というタイトルは「聴いている」「かぎしっぽ(猫の)」をかけております(言わずが花)。

それでは前口上はそこそこに、さっそく全曲紹介を。

『Key Tail 2023』 selected by ラブムー

① Lethologica/Plastic Tekkamaki

指と指のあいだを滑り抜けて

▲ビジュアルノベル作家/ミュージシャン、Plastic Tekkamakiの最新アルバムより。今年1月、このアルバムを初めて聴いた時、大きな衝撃を受けた。
僕はPlastic Tekkamaki産ノベルゲームを1作目からプレイしているが、氏のリリースするノベルゲームと音楽はこれまでは不可分だった。これまで氏がリリースした多くの楽曲を喜んで享受しながらも、単体の「音楽アルバム」としては今作で初めて向き合ったように思う。そうしてひっくり返ることになった。曲に、そしてアルバムを通して浮かび上がってきた「何か」に。

▲「何か」とは何か? それを言葉で説明しようとすると、両手で海岸から運ぼうとして、指と指のあいだからさらさらこぼれ落ちてしまう砂のように感じられる。半端に書きたくないので、ここでは、エモーションがブルーだったりアンニュイだったりアップダウンだったりする時にことさら心に響いてくる、お囃子のようなオリエンタル笛音が最高に粋なこの曲「Lethologica」をぜひ聴いてほしいということだけ記しておきたい。

▲Plastic Tekkamakiの音楽をジャンルで括るなら、そう、あの「Lo-fi-Hiphop」ということになるのだろう。でも「Lo-fi-Hiphopとは何か?」と問うてみると、作り手もリスナーも、イメージも境界線もかなり曖昧な、折衷的な、自由な在り方であるように思う。Plastic Tekamakiの曲を聴いていると——少なくとも自分にとっては——それは音楽ジャンルである以前にスタイルであり、ステイトメントであり、何よりも精神性であることに気づかされる。上辺じゃないLo-fi-Hiphopを最高に感じた。

②Run A Red Light/Everything But The Girl

夜霧と煙草の味

▲泣く子も黙るEverything But The Girl(以下EBTG)である。や、別に黙らないか? かく言う自分は、15年ぶりのこの新曲を聴く時、スマホをタップする手が軽く震えた(できればアナログ購入し、針を落とす手を震わせたいところだったが)。聴いた後、しばらく言葉が出なかった。

▲個人的な話で恐縮だが、EBTGは音楽的自我の目覚め——高校1年生くらいから聴いてきた。「ニュー・ウェーブ」という今思えばあまりにも安易なジャンル名に括られたミュージシャンの中でもアコースティックで聴きやすいアーティストの代表格(「ネオアコ」という言葉がしょっちゅう飛び交っていた)で、洒脱なカフェやショップでよく流れていたように記憶している。そしてEBTGを構成する2人——ベン・ワットのソロアルバム『North Marine Drive』もトレイシー・ソーンの『遠い渚』もずいぶん長いこと愛聴してきた自分にとって、EBTGはたしかに特別な2人だった。

▲EBTGは90年代半ば、物憂げなクラブ・ミュージックへ華麗なる変貌を遂げた。当時、ドラムン・ベースや四つ打ちのダンス・ミュージックに傾倒していったミュージシャンは多かったがその中でも数少ない成功例だろう。個人的にもっとも好きなアルバムは90年代に彼らがリリースした『Walking Wounded』(『哀しみ色の街』という邦題がついていた)。
でも15年ぶりのこのニューアルバムは『Walking Wounded』の延長線上にあると同時に、それ以上の作品と感じる。20年以上活動してきた夫婦ミュージシャンが20年以上のインターバルを置き、パンデミック中にレコーディングしたアルバムが最高傑作となった。なんて素敵な話だろうか。

▲元々ドライだったトレイシー・ソーンの、いっそうドライになった歌声がたまらなくいい。ブルージーに枯れ、それでも唯一無二の「艶」がある。そして現代的に洗練された「ベン・ワットっぽさ」としか言いようのない憂愁ディープ・ハウス、ある種の「いなたさ」——本作には自分がEBTGに求めるほとんど全てが入っている。

▲このアルバムを聴いていると、平日の深夜、人もまばらなクラブで身体を揺らし、午前3時すぎに酔いどれた状態で外に出て、路上で喫った煙草の苦い味、雨の匂いをまざまざと思い出す。そう、自分にとってのEBTGはいつだって雨の日の夜と煙草の味を思わせる音楽なのだ。

③A Day In The Water/Christine and the Queens

なまぬるいレモン水のような……

▲全盛期のマッシブ・アタックを想起させるダビーで天上的なサウンド、マドンナやチャーリーXCXとの共演、レディ・ガガ主催イベントへの参加など、日本国内ではクィア・アイコン的イメージとともに、リリース時はSNSでかなり賛美されていた新作だが、海外レビューを見ると、どうやらそれほど好意的に迎えられたわけではなさそうだ。Pitchfolkレビュー評点が6.8点だったことにはさすがに驚いた(Pitchfolkレビューなど、自分にも世の中にももはやたいした影響力も説得力もなさそうだが、それでも)。彼についてはそのバイオグラフィーと音楽性について余すところなく書かれたRolling Stone誌の良記事があるので、この曲を聴いて興味を持たれた方はぜひ。

▲パッヘルベル「カノン」を威風堂々と持ってきた「Full of Life」も強烈だったけど、最初に聴いた彼のシングルである「A Day In The Water」を選んだ。きりりとした緊張感と「水のような」浮遊感の攪拌具合が素晴らしい。アルバムは2枚組の長大なロック・オペラで、通して聴くのは結構なエネルギーを要するものの、その価値はじゅうぶんにある。内省的で、力強くて、生の肯定にみちたクールなこのアルバムに「エンパワー」という言葉はあまり用いたくないけれど、聴いているとシンプルに内側から元気が湧いてくるのだ。

④Angelo/Brijiean

チル・ウェイブって何だ?

▲まるで現代に生まれ変わったRah Bandの如く、レトロでモンドでスペイシーなビジュアルとサウンドでひっそり現れたエレクトロ・ユニットBrijean(ブリジーン)。「チル・ウェイブ」という、どうやらあまり定着しなかったジャンル名が生まれる少し前、英bentや仏Air、ノルウェーのRoyksoppといったイビザ・カフェ・デル・マーの流れを汲む00年代チル・ポップ(ダウン・テンポやダウン・ビートなんてジャンル名で括られていた)が大好きだった自分にとって、あまりにもストライクな音像だった。そのクオリティを鑑みると、とくに日本ではあまりに知名度が低いと思うので、この機会にぜひっ(同名のアルバム『Angelo』をオススメ)。

⑤Say Yes to Heaven/Lana Del Rey

これだよ、これ

▲ラナ・デル・レイについて語ろうとするとあまりに長くなってしまうだろうから、今回は割愛。「一番好きなアルバムは?」 などと素朴に問われたら、常人らしく『Norman fucking Rockwell!』『Chemtrails Over the Country Club』の2枚で迷うだろうが、ラナのディスコグラフィの中では比較的雑多な印象の前作『Blue Banisters』があまり響かなかった自分にとって、シネマティックで退廃的なムードが色濃く漂う、「これぞラナ・デル・レイ」といったコンセプチュアルな内容の最新アルバム『Did You Know That There’s a Tunnel Under Ocean Blvd』を今年初めに聴いた時は歓喜に包まれた。

▲この曲は『Did you know〜』の後に突如リリースされた最新シングル。最近のラナっぽくないなと思ったら、2ndアルバム『Ultraviolence』時の未発表曲として長くストックされていた曲らしく(共作者は名うてのリック・ノウェルズ氏)、「Young and Beautiful」や「White Dress」を彷彿とさせるような「みんなの大好きなラナ曲」といった風情の曲。夏の終わりに、秋の始まりにラナ姐さんのこんな曲が聴きたかった。

⑥花降る時の彼方/君島大空

圧巻である

▲最新作『映帶(えいたい)する煙』を聴いてすっかりトリコになってしまった後、間髪おかずにリリースされたシングル。さらにはもうすぐ最新アルバム『no public sounds』もリリースされるという。あの大傑作アルバムの後にさらにアルバムが……? 信じがたい。まるで音楽の聖霊を味方につけたような無尽蔵のタレントとエネルギー、そしてリスナーの意識を深い場所で組み換えてしまうような魔法のような力が、今の君島大空にはばっちり宿っていると感じられる。ジャンルとか、ヴォーカルが、とか、演奏クオリティとか、客演誰とか、もっと広く聴かれるべき、とか、この曲の前ではそうしたことは即座にどうでも良くなってしまう。ちゃちな批評精神はその曲を聴いた途端、すぐに燃え尽きて煙になってしまう。この曲が気に入ったら(あるいは気に入らなかったら)、アルバム『映帶する煙』をぜひ聴いてみてください。心の内の新しい扉をぱたぱたぱたと開いてくる。圧巻である。

⑦消えてしまいそうです/ずっと真夜中でいいのに。

まだ略せずにいます

▲ずっと真夜中でいいのに。新譜『沈香学』の衝撃については、他でも触れているので、割愛。個人的にも音楽史的にも、2023年のみならず、2020年代における最重要アルバムだと思っています。でもそんな認識や物言いも、このアルバムの前ではどうでもよくなってしまう。すっ飛んでしまう。
自分は前作までのずっと真夜中でいいのに。に対しては、長らくその素晴らしさを眩しがりながらも、静かに雨の降る真夜中のように一定の距離を取って聴いてきたように思います。でも、今作ではとても無理でした。1枚のアルバムとしてあまりに凄すぎたから(どうにかその凄さを伝える長文記事をしたためたいと目論んでいる)。
『沈香学』でもっとも好きな曲は1曲目に聴く「花一匁」とアルバムを通して最後に聴く「上辺の私自身なんだよ」。なのですが、今回は「1アーティスト1曲」という自己内縛りがあるので、迷った末にこの曲を選びました。今年の夏は本当に「消えてしまいそう」だったからね……。

⑧環境と心理/Cornelius

赤く沁み入る

▲自分が深く音楽に引きずり込まれることになったことの原因体として、10代の頃にフリッパーズ・ギター、Corneliusを聴いたことは大きいと思う。でもだからこそ、ミックステープやコンピCDの類い(数え切れないほどたくさん作った)には一度も入れたことがなかった。たぶん「モロ」すぎて気恥ずかしかったのだろう。また、Corneliusの楽曲は洋楽中心のコンピにも邦楽中心のコンピにも意外なほど「馴染まない」という理由もあった。

▲この曲を聴いた時、意外なほど感慨深い気持ちに包まれた。それはもちろん、2021年の「かの騒動」にまつわる複雑な思いも含まれるのだろうけど、その直後Meta Fiveで高橋幸宏氏がこの曲で最後の(と言うべきか)ボーカルを取り、幸宏氏逝去の後、あたかも引き継ぐような形でこの曲のセルフカバーを録した氏の心意気に打たれて、というのもきっとあるのだろうけど……結局のところ、「素晴らしい曲だから」に尽きるように思う。

▲「オフコースっぽい」とも言われたオリエンタル歌謡なメロディをストレートに聴かせるこの曲、自分には細野晴臣のポップセンスが純度高く憑依したような曲と感じた。人生(観)が変わるようなフェイズを通り抜け、なおマジカルな少年性と透明なオプティミズムを纏ったヴォーカルが素晴らしい。この先「環境と心理」を聴くたびに、これまで自分が聴いてきたCorneliusの曲たちやレコード屋にしょっちゅう入り浸っていた「あの頃」、そして2020年から今年——2023年までの3年を、暗い闇とトンネルの先に明滅する微かな光とともに思い出すことだろう。

⑨I - Fortuna/fingerspit

カードが回り出す……静かに

▲今年リリースされ、そのユニークな設定と斬新なメカニクスから瞬く間に人気を博したスペイン産アドベンチャーゲーム『The Cosmic Wheel Sisterhood』(Switch/Steam)から。占いと宇宙的世界観を見事にゲームに落としこんだ本作の魅力は、fingerspitの手による楽曲の力もかなり大きいはずだ。

▲どの曲も心の深部にひたひたと沁み入るような素敵サントラなので選曲はずいぶん迷ったのだけど、結局もっとも耳に残っていたとびきり美しいメインタイトル曲を。ちょうどこのゲームの画期性と魅力について書いた記事をReal Sound誌に寄稿したばかりですので、よかったら読んで、プレイして頂けると嬉しいです。ゲームの曲はやはりゲームあってのものだと思うので。

⑩そして私たちは遊びに行くのだ/AXVXA

永遠の一刻@多摩センター

▲ラスト曲は、ゲームを通じてTwitter(現X)でいつのまにか知りあっていたアンビエント音楽家canavis氏によるプロジェクトAXVXA(アヴァ)EPより。初めて氏の楽曲を聴いた時、深く驚いた。今の自分の心にこれほど直截に響く曲を知人が作っていたことに。それからアルバム『やがて沈む街からの手紙』をbandcampで購入し、ここ数ヶ月、ほとんど毎日のように聴いていた。

▲8月頭、窓の外で小さな「ぱん、ぱん……」という小さな音を耳にした。おそるおそるベランダに出てみると、南の夕暮れ空にびっくりするほど鮮やかな花火が間を置かずに打ち上げられているのを目にした。
「花火大会なんて見るのずいぶん久しぶりだな」などと素朴に思いながら無心で見入っていたら——おそらく複合的な理由によって——自分の意識がいつしか別のフェイズに「すとん」と入っていたのが判った。その時、心の中で通奏低音的に流れていたのは、この曲が収められたアルバム『やがて沈む街からの手紙』だった。気がつくと空はとっぷりと暗くなり、花火は終わっていた。

▲AXVXAの魅力はとにかく聴けばわかる。聴かなければわからない。なんでもそうか。ひとつ言えるのは、AXVXAの曲はこの現実に「もうひとつの世界」を透かし絵のように浮かび上がらせているように感じられること。そこに時間はない。光源と光景は静かに揺らいでいる。優しい音楽だが、そこにはヴィデオゲームにも通じる、ある種の残酷さと永遠性が宿っている。

あとがき

ふいい……(ため息)。ようやく2023年に出会った大好きな曲たちを紹介することができました。2023年はまだ4ヶ月あるので、もし良い曲にさらにたくさん出会えたら2023年下半期編もあるかもしれません。これを読んでくださったあなたの出会ったとくべつな曲、アルバムも教えて頂けると嬉しいです。Twitterフォローも喜びます。よろぴく ラブムー

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