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備忘メモ📝 オンライン社会での"同じ釜の飯を食う"とその排泄行為について思いを馳せながら屋台の宣伝をする

「どんなものを食べているか言ってみたまえ。 君がどんな人か言い当ててみせよう。」

ブリア•サヴァランの『美味礼讃』の有名な一節です。(大好きな本です、じわりじわりと読んでいます)


どんなものを食べていますか?

そして、どのように消化し
排泄していますか?


本日はショート編(たぶん)かつ
抽象メタファー編でお送りします。


オフラインの社会の中で、
"同じ釜の飯を食う"は、文字通りに
一緒にご飯を食べて暮らすことを指します。


家族や友人、或いは職場の仲間など。

同じご飯を食べることは、

同じ味覚体験を体感することであり
同じ栄養素を摂取することでもある

修学旅行など、
同じテーブルで食事を続けていたら
いつの間にか排泄するタイミングも同じになり
同じような香りの排泄をする


DNAこそ違えど、

成分的には似てきているんじゃないか?
生物的に近しくなっているのでは?
なんて思ったりする。

所謂、ゲマインシャフト的な
共同体らしきものをそこに感じる。


食事だけの話に限らず、

笑うタイミングやポイント
怒るタイミング、眠くなるタイミングも
似てくるのでは?
と思う。


では、
その、オンラインverとは?

オンライン上で1年以上
共に暮らす仲間がいる。


会ってお酒を交わしたことがある
メンバーもいれば

会っていないのに一緒に
ラジオを続けているメンバーもいる。


離れて暮らすので

食べるものは同じではないし
食べる時間も異なる。

しかし、
脳への栄養素が似ている。


好み、嗜好が似ているメンバー同士、

似たタイミングで同じ本を読み
同じラジオを聴き
同じ映画やTVを観たりする。


そして、
いつしか

感動するポイント
感動するタイミングが似通っている、
更には何かを発見するタイミングも似ている

なんてことが多分に生じている
と感じることが増えてきた。


マニアックな感動である筈だが、

「この前みんなで建築ツアーをしてから、
日々の建築や道、街灯へのみる目が変わった」
「この映画を観て、この本のこの部分を思い出した」

みたいな。


それをエコーチェンバーと言ってしまえば
そこまでだが、
離れて暮らす者同士の"同じ釜の飯"と
それによる排泄
なのだと思うと
なんだか愛おしくなる。

共に生きている感覚。

それに、
似た排泄かもしれないけれど
全部が全部、同じには難しい。


生活リズムの違いから

実は体調的に、
この食材はいま受け付けなくて食べていない
であったり

実は偏食で、
この食材だけおかわりしちゃっている
であったり

食べ方も人それぞれで。


同じ釜の飯は食えど
食卓で交わされるお話は
いつも気づきで溢れている。


そのお話のおかげで、
消化も良いように思える。


健康な食事はやはり、消化が肝心だ。

ちゃんと咀嚼して、消化して、排泄する。


そんな健全な暮らしを
仲間と送っているから
笑顔が尽きない日々を暮らせているのだな

どんなことがあっても
自分を見失うことなく
自分に誇りを持って生きられるのだな

と感謝をしている。


アマチュアの表現者集団である
#あわ研

#あわ研 では、
仲間と一緒に楽しんできた食事を
オープンなダイニングにして

より、いろんな人と食事を楽しめたら

そんな思いで活動を続けています。


時々屋台もやっていますので
ぜひ、
遊びにきてもらえたら嬉しいです。

一緒に美味しいもの食べましょう。

▷3/5(火)22:15〜 
あわ研初の哲学カフェをオープンするべく、作戦会議(本番ではない筈)

終始抽象メタファー的な書き方で
読みづらかったかと思いますが、
この辺りで。

またどうぞ
よろしくお願いいたします。

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