ビニールハウスと望郷

実家に住んでいた頃、夏になると家のビニールハウスにトマトが鈴なりになっていた。

赤いミニトマト、黄色いミニトマトに大きいトマト、ミートソースを作るためのトマト。

トマトをこよなく愛するわたしはビニールハウスのトマトが色づき始めると外に出るたびにビニールハウスを経由してトマトをつまんでいた。

学校から帰ってきて家に入る前、犬の散歩の途中、外で仕事をしている親を呼びに行く時、ちょっとおやつが食べたくなった時。

実家にいた頃の夏の私は大体トマトと、もう1つの愛すべき夏野菜、茄子でできていた。

実家を出て早5年。夏になるとスーパーに売っているトマトのパックは大きいサイズになり、価格も安くなる。

トマトは大体いつでも浴びるほど食べたいわたしは、ミニトマトのパックがいくら大きいサイズになったとしてもおやつにご飯に半日もせずに食べきってしまう。

トマトを前にして1つや2つ程度食べて手を止めるなんてことはありえないのだ。

一人暮らしの大学生の財力ではとてもじゃないがトマト欲を満たすことができないことに気がついた大学1年生の当時のわたしはトマトを買うことを我慢することを覚え、ペーペーの社会人になった今なお我慢し続けている。

暑くなり、トマトが安くなってくると、驚くほどに蒸し暑いビニールハウスになっている大量のトマトと、なにもないことがどうしても嫌だった実家が脳裏にうかぶ。

なにもない、やりたいことができない、狭くて窮屈に感じていたはずの田舎には今の私の手に届かないものが沢山あった。

今年もまたトマトの季節がやってくる。




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