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#ほんとはイヤだな男女別登園 について、 ハフポストで、記事にしていただきました。

わたし以外にも、ジェンダー平等教育が専門の川村学園女子大学教育学部の内海崎貴子教授や、一般社団法人「fair」代表理事の松岡宗嗣くんと、共に取材していただいたことによって、厚みのある記事になっています。
文部科学省への問い合わせも…!


わたしは今回の件に関して“専門家”ではありません。
が、【男女別登園・登校】の話を聞き、違和感と嫌悪感を抱いたうちの“ひとり”です。

それでも、“ひとり”が無視できない感情を放棄することなく、言葉を尽くして向き合えば、少しずつ社会は変わっていく(かもしれない)のです。
まずは、そんな“実感”を周りのいろんな方と共有できれば、と思いました。


そして、わたしにとって、“性”というのは身体のつくりの違いにすぎないもの。それ以上でもそれ以下でもなく、ただただ、“身体が違うだけである” という認識があります。


そんなわたしをつくってくれたのは、これまでに出会ったすべての人たちです。

特に、いわゆる“性的マイノリティ”の友人たち。
そして、わたしが高校生だった当時から、男女混合名簿で、性別による対応を分けたり、見た目でも判断することなく、“対・人”として接してもらった高校生活の3年間があってこそだ、と今回の件を振り返りながら感じました。

見た目もさることながら、考えも、学びたいことも多種多様だった仲間たちと過ごした濃い3年間。あの経験は大きい。
不平等なく接してもらった経験があったからこそ、“無意識”で性による意識がわたしには全くない。

ぱぱとままになるまえにも「“パパ”が入ってるのが珍しいですね」なんてちょくちょく言われるけど、そんなのは当たり前。
性別によって考えなきゃいけないことや、向き合わなければいけないことが異なる、なんてことはないと思うのです。


そして、今回、一番Twitterでの反響が大きく、その中でも“性的マイノリティ”の当事者の方たちからの声が大きくあがりました。

今回の件で、教育現場におけるLGBTQに関する知識不足はもちろん、“経験”不足も感じました。
が、昔は、“性的マイノリティ”のひとがいなかったわけではありません。

ただただ、「見えなかった/見えないように過ごしていた」「明るみに出てこなかった」だけなのではないかと思います。
そういった、「過去の子どもたち」の痛みがTwitterではあがってきた。


もう、2020年です。
そろそろ、ほんとに終わらせたい。

子どもたちがその子のままでいられる社会にしたいです。

共感してくれたら、
少しでも問題だと思ったら、
ぜひ、この記事をシェアしてください。そして、いろんな人と考えるきっかけにしていただきたい。

ぜひ、よろしくお願いします。

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