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去りゆく冬の日々

――10月8日(木)

煙草の煙を通して、凪いだ海が見える。気持ちのいい晴れだ。遠くにはぽつりぽつりと雲が見える。空気は少し冷たい気もするが、陽射しは温かい。朽ちつつあるコンクリートの桟橋にいるのは俺と、釣り糸を垂らす爺さんだけだ。

「釣れますか?」
「釣れないね」
「そうですか」

そして、また煙草を一口。

「あのバイク、あんたのかい?」
「そうですよ」
「ツーリングか何かの途中?」
「いや、特に行くアテもないのでフラフラとしています」
「仕事は?」
「会社の偉い人に手を出しちゃって懲戒免職です」
爺さんはゲラゲラと笑う。

「そろそろ寒くなってくるけど、宿はどうしてるんだ?」
「宿に泊まることもありますが、大抵はキャンプですね」
「そうか。今日は?」
「今晩はおそらくキャンプかと」

煙草を一口。

「どうだ、今晩、俺の家に泊まるかい? ジジイの一人暮らしだが、部屋と布団くらいならあるぞ」
「いいんですか?見知らぬ人を泊めちゃって」
「あんた、悪い人には見えないしな。仕事を辞めさせられたのも何か理由があるんだろう」
「すみません。お言葉に甘えさせてもらいます」
「いいよ、俺も話し相手が欲しかったんだ」

煙草を吸う。煙が目にしみる。携帯灰皿に煙草を捨てる。

――10月9日(金)

米、味噌汁、漬物。磨りガラスからは淡く明るい光。線香のほのかな香り。

「フラフラしていると言ってたが金はどうしてるんだ?」
「コツコツ溜めてきた貯金を使いながら、ですかね」
「貯金を使い果たしたらその後は?」
「さぁ。そのあたりで野垂れ死ぬか、ホームレスにでもなるか、ですかね」
「……どうだ、しばらく食事と寝床の面倒は見てやるから、ここに滞在する気は?」
「それはあまりにも恐縮ですよ」
「勿論タダじゃない。この町は若いやつがいなくてね。老人だらけで困りごとが多いんだ。これから寒くもなるし、雪も降る」

そういうわけで、しばらくこの好々爺のお世話になることになった。

【続く】

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