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大逆の物語(3)モータリオン

「侮辱を忘れるでないぞ、我が息子たちよ。我は一度たりとも忘れたことはない。我が父の侮辱も、皇帝の侮辱も、ホルスの侮辱も。いかなる冷遇も難詰も許してはならぬ。汝の恨みは深く秘し、ただれさせよ。かきまぜ、よじらせ、ねりあげよ。汝が毒で満たされ、触れるもの皆、滅びるようになるまで。かくのごとくナーグルに忠勤せよ。かくのごとく偽りの〈帝国〉に病疫の賜物を広げよ。〈帝国〉の腐り果てる様を見るのだ・・・・・・」
『ナーグルの総魔長モータリオン曰く』

 蒼白き王、死を統べるもの、病魔の公子と呼ばれるモータリオンは、かつて〈大征戦〉を戦い、今は渾沌の魔手に堕ちたるスペースマリーン第14兵団〈死の衛兵〉デスガードを率いる総魔長(ディーモン・プライマーク)である。疫病の神ナーグルに奉仕するモータリオンは、今再び第41千年紀の末に、再びその腐敗の勢力を率いて〈帝国〉に攻め寄せている。目指すはかつての兄弟グィリマンの版図ウルトラマール。この〈疫病戦争〉の結末はいまだ定かならない。

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 渾沌の手によって地球から持ち去られた幼児を入れた容器のひとつは、有毒の瘴気に覆われた惑星バルバラスに落着した。この惑星の住民は2つのグループに分かれていた。一方は、驚くべき死霊術のわざを備えた恐怖の領主たち。そしてもう一方は、幾千年も昔にこの毒の星に閉じ込められ、瘴気が及ばぬ狭い峡谷で細々と暮らす平民たちであった。

 幼児を見つけたのは領主の中でもひときわ強力な大王であった。尋常の赤子ならとうに窒息死しているような死骸重なる戦場のただ中で、総主長は泣き叫んでいたのである。バルバラスの大王はこの子どもを世継ぎとするべく養子とし、名をモータリオン、すなわち〈死の子〉と名づけた。

 モータリオンは、惑星最高峰の山頂に設けられた要塞で大王によって教育された。彼は旺盛な知識欲と水際だった知性で、あらゆるものを学習していった。戦術、秘法、技芸……。しかし、年若い総主長の胸の中に、ある疑問が育っていった。それは大王が教えたがらない知識だった。すなわち、多くの領主が実験のために用いる死骸を産する、峡谷の卑しい種族のことである。

 とうとう、養父から教えてもらえないことに業を煮やしたモータリオンは、要塞を抜け出してバルバラスの峡谷へと向かった。有毒の霧を抜けたモータリオンが知ったのは、領主たちの獲物とされていた下等種族とは、他ならぬ人類である事実だった。怒りにかられたモータリオンは、この哀れな人びとを救うことを自分に誓う。

 平民たちは異邦人の彼をなかなか受け入れようとはしなかったが、ある日、領主のひとりに率いられた怪物たちが村を襲ったときに、なすすべもない村人たちを守るため、収穫用の大鎌を手にしたモータリオンは襲撃者たちをさんざんに打ち破った。さらに、有毒の瘴気の中に退却してもう安全とたかをくくっていた領主当人を追いかけ、斬殺してのけたのである。常人ならすぐさま窒息死するような毒の霧の中でも生きのびられる超人的な耐久力を、モータリオンは備えていた。

 こうして村に受け入れられたモータリオンは、人びとに戦のわざを教え始めた。まもなく、他の村からもモータリオンの教えを請うようになり、峡谷に散在していた村々はひとつの連合体としてまとめあげられていった。モータリオンは村々を廻って教え、建設し、人びとを脅威から守った。

 モータリオンは、峡谷の若者の中から屈強な者たちを選び出して、直属の精鋭部隊〈死の衛兵〉(デスガード)に育て上げた。鉄鍛冶と職人を集めて有毒の霧の中でも活動できる鎧を作らせた。霧の中で戦うたび、デスガードたちは鎧の使い方を学び、より毒性の強い地域でも動けるようになっていった。まもなく、領主たちはひとりまたひとりと打倒され、ただひとつの高峰を除けば、デスガードが行けぬ場所はなくなった。その山こそが、モータリオンの養父が住まうあの要塞であった。

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 養父は無慈悲な死霊術士だったが、モータリオンは育ての親を襲うことにためらいがあった。悩んだ末に、最高峰攻略作戦を中止して村に帰ったモータリオンは、驚くべき光景を目にすることになる。それは、バルバラスの住民に救済を約束する光り輝く謎の異邦人であった。異邦人はこう告げた。

「モータリオンとデスガードの力をもってしても、バルバラスの大王を倒すことは至難であろう。ゆえに一騎討ちを行うべし」

 条件はこうだった。もしモータリオンが一騎討ちで大王を倒すことができれば、異邦人は何もせずにこのまま去る。しかし倒せなければ、モータリオンは異邦人と彼が代表する〈帝国〉に忠誠を誓うのである。

 デスガードたちは反対したが、モータリオンはそれを押し切ってただ独りで養父との対決におもむいた。それは、不思議な異邦人に自分の実力を認めさせたいという思いからでもあった。対決は短時間で終わった。大王の要塞を取り巻く大気はあまりにも毒性が強く、モータリオンの鎧すらも腐らせた。彼は要塞の門までたどりつくと挑戦を叫んだが、そこで意識を失った。薄れる意識の中、モータリオンが最後に目にしたのは、自分を殺そうと近づいてくる養父と、そこに飛び込んできて大王を真っ二つに切り裂くあの異邦人の姿だった。

 目を覚ますと、モータリオンは異邦人に忠誠を誓った。異邦人は自分こそがモータリオンの真の父である人類の皇帝だと明かした。そして皇帝はスペースマリーン第14兵団の指揮権を彼に任せた。この兵団はそれまで〈薄闇の襲撃者〉(ダスク・レイダー)と呼ばれていたが、まもなくデスガードの名を継ぐことになる。そしてその新兵もバルバラスの民から選抜されることになった。このことは、従来の地球出身のマリーンたちとの間に〈ホルスの大逆〉に噴出する確執を生むことになる。

 皇帝が養父を殺害したことは、モータリオンの中に消えぬ怨恨となって残った。これ以後、モータリオンは養父の遺品である黒い大鎌を振るい、養父に似た薄気味の悪いフード姿で戦場を駆けるようになった。

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 〈大征戦〉の中で、デスガードはその疲れを知らず、止まることも知らない苛烈な戦いぶりで怖れられた。ひとつの惑星に留まることをよしとしない彼らは、転戦に次ぐ転戦を重ねていった。その旺盛な戦闘意欲の底にあるのは、抑圧と恐怖から全人類を解放しなければならないというモータリオンの揺るぎない信念だった。その大義のためなら、どのような手段でも正当化され、どのような障害でも止まる理由にはならなかった。

 モータリオンは、不屈の堅固さによって勝ち戦はもたらされると信じていた。さまざまな性質の兵団を組み合わせて運用することに長けていたホルスは、デスガードの堅忍さを高く評価し、頻繁に自身のルナ・ウルフ兵団と協同作戦を行わせた。デスガードが敵の猛攻をしのいで疲弊させると、俊敏なルナ・ウルフがとどめを刺すのである。この戦法は数多くの勝利をもたらし、モータリオンはホルスに揺るぎのない信頼を寄せるようになった。

 モータリオンは陰鬱な性格で、人類解放の強迫観念に突き動かされていたため、兄弟たる総主長たちからは距離を置かれていた。彼と親しくつきあったのはホルスの他には、ナイトロード兵団のコンラッド・カーズだけであった。ロブート・グィリマンは、モータリオンがホルスに強い忠誠心を抱いていることに警戒感を募らせた。彼は皇帝陛下ではなく、ホルスに忠誠を捧げているのではないか。皇帝はこの考えを一蹴したが、後にそれは正鵠を射ていたことが明らかとなる。

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 時が経つにつれて、デスガード兵団の中で旧ダスク・レイダーの要素は排除されていった。特に、サイカーを管理する蔵書院は、かつて敵対したバルバラスの死霊術士たちを思い出すために、妖術を嫌うモータリオンによって解散させられた。象牙色のパワーアーマーも、バルバラスで総主長とともに戦った地元戦士たちの鎧を想起させる、毒で腐食した沼地の色に変わっていった。

 そして、バルバラスそのものの社会体制も変化した。スペースマリーンではない本来の人間“デスガード”たちは惑星の新たな貴族となり、優秀な若者たちはスペースマリーンの候補者として選ばれていった。バルバラスは貴族たちの支配のもとで人材を生み出す工場と化したのである。デスガードの新兵は全てバルバラス出身者で占められるようになり、ダスク・レイダー時代からの地球出身者で残っているのは、苛烈な戦場を生きのびた古参兵ばかりとなっていった。

 まもなく〈大征戦〉の終わりがやってきた。大元帥ホルスが渾沌に堕ち、皇帝への大逆を謀ったとき、モータリオンとデスガード兵団を味方につけるために払った労力は多くはなかった。すでにモータリオンはホルスに信頼を寄せていた。また、モータリオンの第一の副官カラス・タイフォンは密かに禍つ神々を信奉しており、デスガードの同胞たちを熱心に邪教へと導いていったからである。

 イストヴァン第三惑星でモータリオンの変節は明らかとなった。地球出身者から成る忠誠派を意図的に惑星降下させ、ウイルス爆弾とそれに続く虐殺の犠牲者にしたのである。そして、ダスク・レイダーの生き残りを一掃すると、モータリオンは第五惑星での〈着陸地点の虐殺〉でも大逆軍の一員として虐殺に加わった。

 デスガードを襲った凶運は、モータリオンの腹心カラス・タイフォンの策謀によるものだった。サイキックが禁じられた兵団の中にあって、密かに超能力を有していたタイフォンは、〈大征戦〉のさなかにワードベアラー兵団の首席教戒師エレバスから、スペースマリーン兵団が歩むべき別の道について啓示を受けた。エレバスの創設した戦士団の奥義に参入したタイフォンは、皇帝の野望から解放されたスペースマリーンが到達できる高みを夢想するようになったのである。

 地球での最終決戦が迫る中、モータリオンはホルスの本隊に合流しようと全速力でデスガード艦隊を疾駆させた。この船中にタイフォンもいたが、すでに彼はモータリオンではなく、別の主人に仕えていた。彼は忠誠心に問題があるとして、艦隊の恒星間航行に不可欠なナビゲーターたちを全員処刑した。そして、自分の超能力なら安全に地球までの航路を確保できると総主長に迫ったのである。サイカーに不信感を持つモータリオンだったが、タイフォンの提案を受け入れる他はなかった。そして、デスガード艦隊は跳躍のため渾沌の領域〈歪み〉に進入した。それが永遠の呪いを意味するとも知らずに。

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 〈歪み〉にデスガードを引き入れたタイフォンは、新たな主である疫病神ナーグルに呼びかけた。すると異界の波涛は突如として止み、艦隊は不浄な凪の中に取り残された。なすすべもなく漂流するデスガードたちに、ナーグルの大いなる腐敗のエネルギーが津波のように襲いかかった。デスガードたちは一人残らず、崩壊病とナーグルの腐れ病に冒された。艦艇もナーグルの魔力に汚染されていった。あたかも、デスガードの伝説的な耐毒能力をあざわらうかのように、艦隊は毒と病の大波の中をただただ流されていった。マリーンたちの肉体は歪み、ただれ、変異したが、決して死ぬことは無かった。腐汁と膿のかたまりとなって、永遠にパワーアーマーの中に閉じ込められたのである。

 モータリオンの苦しみは誰よりも激しかった。それはかつてバルバラスでの最後の日に、最高峰の要塞の門前で毒に倒れたときのような凄まじい苦しみだった。しかし今回は皇帝の救いの手はなかった。まもなく、モータリオンは苦痛に屈し、絶望のあまり、救いを求めて我と我が身をナーグルに差し出した。デスガード兵団もまた禍つ神のものとなった。

 かくして、〈歪み〉から再び姿を現したデスガード兵団は、もはや以前とは似ても似つかぬ姿に変わり果てていた。アーマーは腐った身体と融合し、武器は渾沌のエネルギーを吐き出した。彼らは〈疫病戦士〉(プレーグマリーン)と化していた。モータリオンにももはや人間らしさはどこにも残っていなかった。ナーグルにとって最強の〈統べる者〉に変じていたのだ。その姿はまさに苦痛の死を具現化したようであった。終わりなき腐敗の呪いに犯されたデスガードは、渾沌の栄光のため、銀河じゅうに疫病をまきちらす使命を課されたのである。

 ホルスが〈地球の戦い〉で滅び去ると、デスガードは他の兵団と違い、潰走せずに整然と〈恐怖の眼〉に引き上げていった。全ての糸を引いたタイフォンは〈彷徨する者〉ティファウスと名を変え、プレーグマリーンを率いて銀河を荒らし回るナーグルの執行人となった。そして、モータリオンは〈疫病惑星〉と呼ばれる魔星を本拠地と定めると、ナーグルの恩寵を受けた総魔長(ディーモン・プライマーク)となった。

 この〈疫病惑星〉はかつての故郷バルバラスの歪んだ似姿であった。瘴気に冒され、峡谷が縦横にうがたれた魔の星。

 数奇な運命の末、モータリオンはついに打倒すると誓った養父と等しき者となった。高山の要塞に座し、有毒の霧に取り巻かれて圧政を敷く者。それが人類の解放を求めた若者の至った終着点だった。

(了)

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