見出し画像

大逆の物語(6)フルグリム

 〈ホルスの大逆〉以前には〈不死鳥の君〉と呼ばれていたフルグリムは、渾沌の悦楽神スラーネッシュに奉仕する大逆兵団〈皇帝の寵児〉エンペラーズ・チルドレンの総主長である。あらゆる分野に完璧を追求したこの銀髪の公子は、それゆえに渾沌の陥穽に堕ちた。

*******************

 地球から渾沌に誘拐されたフルグリムの生育ポッドは、採掘惑星チェモスに落下した。チェモスは小型の二重太陽に照らされ、濃密な塵芥雲に取り囲まれた、一日中夕暮れのような明るさの荒涼たる惑星であった。〈技術の暗黒時代〉に入植されたチェモスだが、〈不和の時代〉を引き起こした何千年にもわたる〈歪みの嵐〉によって孤立。やがて惑星の資源は枯渇し、系外からの輸入もできないため、チェモスの住民は蒸気農場と食料生成機を維持するために全力を費やさなければならなくなった。このため、惑星から文化と芸術は失われた。

 赤子の総主長を発見したのは、キャラックスという名の要塞工場に務める警察隊だった。食い扶持を減らすために、孤児はすみやかに安楽死させるのがチェモスの掟だったが、あまりにも赤子が美しかったため、警察官たちはキャラックスの行政官たちに嘆願してその命を救い、自分たちのコミュニティで育て始めたのである。

 チェモス古代の神にちなんでフルグリムと名付けられた幼児は、やがて生活苦にあえぐこの惑星の救世主となった。住民の成人年齢の半分にしか達さない頃から蒸気農場での勤務を始めたフルグリムは、大人顔負けの仕事をこなしていった。チェモスに伝わった年代物の採掘技術をやすやすと習得した彼は、天才的な着眼でそれを改良し、生産力を爆発的に増大させた。地球標準年で15歳になるころには、フルグリムは要塞工場キャラックスの行政官のひとりに就任していた。指導者となったフルグリムは、キャラックスだけでなく惑星全体を悩ませている根本的な原因が、決定的な資源不足にあると看破した。

 フルグリムの指導の下、技師団がキャラックスから出発して惑星全土をまわり、それぞれのコミュニティに伝える古代技術を収集、さらにはこの惑星で最古の採掘拠点も調査した。それらの多くは〈不和の時代〉以降、使われなくなって久しかった。これらの調査結果をもとに、技師団は技術を改良し、惑星全体の生産力も増大の一途をたどった。やがて、チェモスは数千年間ではじめて余剰生産を得られるようになり、それを通りがかる宇宙船に売却して食料や必需品を確保できるようになった。フルグリムは事実上の惑星指導者となり、チェモスに芸術と文化を復興させることに尽力した。それは、かつて絶え間ない労働の犠牲となりはしたが、人類に不可欠なものであると彼は考えていたのである。

 この大いなる勝利からまもなくして、チェモスの孤立状態は終わりを迎えた。上空から着陸艇の群が降りてきたのである。その胴体に刻まれた双頭鷲章を見たフルグリムは、いにしえの記憶を呼び覚ました。警戒して隊列を組む警察隊を抑えると、フルグリムは自ら異邦人たちとの会見に臨んだ。

 私室にやってきた黄金の戦士たちを見たフルグリムは、彼らが自分の追い求めてやまない豊潤な文化の世界からやってきたことをすぐさま見て取った。そして彼らの指導者である人類の皇帝が姿を現したとき、フルグリムは自然と跪いて剣を差し出し、忠誠を誓ったのである。そして、〈大征戦〉と〈帝国〉の目指す人類統一の夢を語る皇帝にしたがい、フルグリムは故郷惑星チェモスをあとにした。

*******************

 地球に到着したフルグリムは、自分の遺伝種子から創造されたスペースマリーン第3兵団と邂逅した。しかし、事故によって遺伝種子の大半を喪失していた第3兵団は、このときまだわずか二百名の人員しかそろっていなかった。フルグリムは彼らの前で荘重な演説を行った。その演説は〈帝国〉の大義をおおいに賞賛する素晴らしいものであったため、皇帝は第3兵団を〈皇帝の寵児〉エンペラーズ・チルドレンと名付け、〈帝国〉の双頭鷲章をそのパワーアーマーにつけることを特別に許可した。

 この望外の栄誉にかなうような働きをしようと、フルグリムは奮い立った。皇帝の人柄とその文明建設への展望を体現するような模範になろうと志したのである。この完璧さへの執心は、まもなく兵団にも伝播した。軍事技術はもちろん、芸術文化にまでその追求はおよび、エンペラーズ・チルドレンは、他の兵団とは比べものにならないほど個々人の容姿に気を遣う兵団になっていった。総主長フルグリムの長い銀髪と紫と黄金に彩られた服装、流麗な声は、誰とも仲良くできる温和な態度とあいまって、兄弟たちの間でも傑出した姿を誇るようになった。

*******************

 フルグリムが地球にやってきた頃、ウラル山脈のふもとにあるナロードニヤ山には、地球で最も大きな鍛冶場が築かれていた。〈鉄の手〉アイアンハンド兵団の総主長フェルス・マヌスは、ここで地元の優秀な鍛造師たちとともに日夜、金属鍛造の腕を磨いていた。

 フルグリムはこの鍛冶場にやってきて、鍛造師たちに告げた。私は〈大征戦〉で振るうべく、この世で最も完璧な武器を作るためにやってきたのだ、と。フェルス・マヌスはこの放言を聞き逃さなかった。フルグリムの眼前で大笑すると、そんな華奢な腕では我が武具に匹敵するものなど作れるはずがない、と。フルグリムは礼儀正しくこの挑戦を受けた。

 そして2人の総主長は諸肌脱ぎになると、何週間もの間、休むことなく働き始めた。耳を聾する鎚の響き、冷える金属のにおい、2人の超人がかわす朗らかな挑発のやりとりが、鍛冶場に満ちた。

 三ヶ月の絶え間ない作業の末、両者は自分の武器を完成させた。フルグリムは、一撃で山塊をも砕く美麗なハンマー〈鍛冶場砕き〉(フォージブレーカー)を、マヌスは永遠に燃えさかる黄金の剣〈焔の剣〉(ファイアブレード)を披露した。どちらの武器も常人では鍛えられぬ逸品であり、ひと目見るなり、両者ともに相手の武器のほうが優れていると褒め称えた。フルグリムはこの黄金の剣は伝説の英雄が持っていた剣に匹敵すると言い、マヌスはこの強大なハンマーは伝説の雷神が持っていた槌のような力を持つと言った。それ以上言葉をつむぐことなく、互いに自分の作った武器を相手に贈り、フルグリムとフェルス・マヌスとの間に永久の友情が約されたのである。

*******************

 こうして〈焔の剣〉を手に〈大征戦〉に乗り出したフルグリムだったが、エンペラーズ・チルドレン兵団の寡兵さゆえに、初めはホルス率いる〈月狼〉ルナ・ウルフ兵団に協力する形で出陣した。まもなくホルスとフルグリムは親しくなり、銀河東部の辺境宙域を征服する遠征の間、ほとんどの時間を共に過ごした。

 やがて、エンペラーズ・チルドレン兵団の人員が充足すると、フルグリムは故郷惑星キャラックスの要塞工場に、兵団の本拠地を置いた。そして、遠征隊を任され、〈大征戦〉の一角として何十もの惑星の制圧を皇帝の名において達成していった。そうした惑星のひとつである異種族の星ラエランが、フルグリムにとって運命の場所となる。

「自尊は放埒の前触れ
 虚栄は惰弱の前触れ
 慢心は堕落の前触れ」

『地球偽典の箴言より』

 ラエランは、フルグリムの遠征隊が3番目に攻略した海洋惑星であった。資源の豊富な海を要するラエランは〈大征戦〉の遂行にとって重要な星であったが、爬虫類型の先住種族ラエル族は皇帝への屈服を拒絶した。その結果は明らかだった。ラエル族はフルグリムの遠征隊によって、一ヶ月で絶滅させられたのである。

 爬虫類種族の最後の生き残りを討伐するべく進軍したフルグリムと兵団は、ラエランの中央に位置する珊瑚礁に巨大な神殿を発見した。狂信的な衛兵たちを打ち倒すと、フルグリムはラエル族が最後まで守ろうとしていたものを発見した。神殿の中央に、縞模様のある黒く丸い石が置かれ、その中にゆるやかに湾曲した刃を持つ長剣がおさめられていた。その柄には粗っぽく削り出された紫水晶がはめこまれていた。フルグリムはこの剣を我が物として持ち帰った。

 しかし、フルグリムも〈帝国〉の誰も知らなかったことだが、ラエル族は渾沌の悦楽と苦痛の神スラーネッシュを信仰する堕落した種族だった。エンペラーズ・チルドレンが発見した神殿も、この邪神に奉献されたものであった。なにより、フルグリムが手に入れた曲剣は、神殿の至宝であると同時に、スラーネッシュに仕える大悪魔(グレーターディーモン)が封じ込められている魔具でもあったのである。

 大悪魔はフルグリムの心に絶えず誘惑の声をかけはじめた。まもなく、フルグリムは兄弟マヌスによって鍛えられた〈焔の剣〉よりも、この渾沌の曲剣のほうを頻繁にたずさえるようになっていった。大悪魔の声を自分の内心の声と思い込んだフルグリムは、次第に悪魔の言う通りに動くようになっていったのである。

 そのころ、アエルダリの方舟ウルスウェの大導師エルドラド・ウルスラーンが、楽園惑星ターサスにて、フルグリムに警告を発した。ホルスはすでに渾沌の武器によって傷つけられ、その心は黒く染まっているのだと。フルグリムは激怒した。長年の親友であるホルスを異種族にいわれなく侮辱されたと感じた彼は、エルドラドに襲いかかったのである。エンペラーズ・チルドレン兵団の前に、アエルダリの高名な〈霊機公〉(レイスロード)が殺害され、強大な〈カインの化身〉も敗れ去った。エルドラドが無念を胸に撤退すると、フルグリムは美しいターサス星を徹底的に破壊して荒涼たる惑星に変えてしまった。

*******************

 魔剣に魅入られたフルグリムは、〈帝国〉への叛意を起こしたホルスの誘惑に落ちた。かつての親友の甘言によって、それまで鋼のように堅固だったフルグリムの皇帝への忠誠はゆらぎ、その完璧さを追い求める欲望が、スラーネッシュへの献身によって達成されるのだという誘いの声は拒否しがたかった。ついにフルグリムは、皇帝が唱導する〈帝国の真理〉は、人類が完璧な存在になるための障害になっていると信じ込んだのである。

 続いてフルグリムはホルスの指示で、親友フェルス・マヌスの説得に向かった。エンペラーズ・チルドレン兵団の大半を他の大逆兵団とともにイストヴァン星系に向かわせ、少人数でアイアンハンド兵団旗艦〈鉄拳〉(フィスト・オブ・アイアン)に乗りこんだのである。フルグリムは長年の友であるマヌスが自分の説得に応じてくれると信じていたが、それは大きな誤りだった。私室で行われた会見で、皇帝への反逆を示唆されたマヌスは激怒した。自分の変わりなき皇帝への忠誠心を示すため、大逆者フルグリムを斃そうとしたのである。しかしそのとき艦内で大きな爆発が起こり、マヌスは昏倒した。

 このとき、マヌスの魂を欲する魔剣の誘惑にもかかわらず、フルグリムは気絶した親友を殺すことはできなかった。艦内でエンペラーズ・チルドレンとアイアンハンドの同士討ちが発生する中、フルグリムは脱出を果たした。そして、〈ホルスの大逆〉の始まりを告げるイストヴァン星系の闘いへと向かったのである。

 こうして総主長が渾沌についたことで、第3兵団のスペースマリーンたちもすみやかにスラーネッシュ信仰へと堕落した。かつてエンペラーズ・チルドレンが専心していた優美と完璧への探求は、退廃と快感を追求する邪悪なものへと変容していった。

*******************

 イストヴァン第三惑星での恐るべき虐殺の後、第五惑星に立てこもった大逆兵団を討伐すべく、忠誠派兵団が惑星に降下した。守りを固めた大逆派との間に始まった死闘の中、アイアンハンド兵団は総主長フェルス・マヌスが直接統率して、絶望的な劣勢の中で獅子奮迅のはたらきを見せていた。燃え上がる焔羅を背景に巨大なハンマーを振るう彼の姿は壮観だった。そして、エンペラーズ・チルドレン兵団を率いるフルグリムの姿を見つけたマヌスは、自身の直属部隊とともに、あらんかぎりの憎しみをもってかつての友の陣へと殺到した。

 マヌスの戦いぶりを微笑みながら見ていたフルグリムの表情が凍った。これほどの憎悪をたたきつけられるとは想像もしていなかったのだ。もはや友情は永遠に失われた。死のみが互いの敵意を拭うのだ。滅殺部隊(ターミネーター)を先頭に突撃するアイアンハンドの猛襲に対して、エンペラーズ・チルドレンは鬨の声をあげてこれを迎え撃った。稲妻と火炎が交錯した。その中で、2人の巨人は最後の決戦に挑んだ。

 フェルス・マヌスはフルグリムを罵った。おまえは何もわかっていない。ホルスは狂っており、その反乱はほどなく忠誠なる者たちによって鎮圧されるのだ、と。フルグリムはかぶりを振ってそれに答えた。何も分かっていないのはおまえのほうだ、と。フルグリムが指した方角を見たマヌスは驚愕した。増援として降下した“忠誠派”兵団の第二派が、背後から味方に襲いかかっているのだ。そして、それまで後退すると見せかけていた陣地の大逆派も、きびすを返してアイアンハンドに猛烈な攻撃を加え始めた。

 最悪の裏切りによって圧倒的な劣勢に陥ったことを知ったフェルス・マヌスの表情に、歯ぎしりをし、怒りで顔をゆがませ、血のしたたる口からその故郷に名高いすさまじい咆吼を放った。一騎打ちが始まった。フルグリムは〈焔の剣〉を、マヌスは〈鍛冶場砕き〉を。互いに友情をもって褒め称えた武器が、互いへの復讐のために振るわれるのだった。猛烈なエネルギーとともに、強大な武器が轟音をたてて打ち合った。流れるようなフルグリムの戦技と、すべてを打ち砕く猛々しいマヌスの戦技とが覇を競った。

 ついにフルグリムがくずおれると、マヌスはとどめの一撃を加えようとよろめきながら近づいた。咆吼をあげ、〈鍛冶場砕き〉を旧友の首に打ち下ろそうとした。その瞬間、フルグリムはラエル族の魔剣を抜き、巨大なハンマーを受け止めた。ただちに、刃に満ちる渾沌のパワーがフルグリムの肉体に流れ込み、立ち上がったフルグリムは邪悪な曲剣をマヌスの胸甲に突き込んだ。アイアンハンドの総主長は苦痛にうめき声をあげて跪いた。決着はついた。フルグリムはそう思った。

 しかし、そのとき、魔剣がひとりでに動いた。フルグリムは抑えようとしたが、すでに渾沌のパワーに満たされていた腕は言うことをきかなかった。魔剣はフェルス・マヌスの首を無慈悲に切りおとしたのだ。アイアンハンドの総主長は、かつて最も親しかった兄弟の手によって、裏切りの中、無念の死を遂げたのだった。

 勝者となったフルグリムは命を失った兄弟の骸を見下ろし、それまでのすべてが偽りであったことを悟った。長い眠りから覚めたかのように、フルグリムはマヌスの死の衝撃によって、ラエラン遠征以来はじめて自分を取り戻したのである。しかし、同時に、自分がやってしまったことの恐ろしさにも気がついた。数多くの裏切りを行い、スペースマリーンの同士討ちを引き起こしたのだ。悲嘆にうちのめされたフルグリムは、魔剣の悪魔のささやきにのって、すべてを忘却することで自分を解放したいと願ってしまった。その心の弱さをついて、大悪魔は魔剣の檻から脱出し、フルグリムの肉体を乗っ取った。フルグリム自身の意識は第3兵団旗艦〈皇帝の誇り〉(プライド・オブ・エンペラー)内の〈ラ・フェニーチェ劇場〉にある彼の肖像画の中に閉じ込められてしまったのである。

*******************

 直後、ホルスはフルグリムが大悪魔に憑依されたことを知って驚き、兄弟を救い出したく思ったが、この真実の露見が大計画におよぼす悪影響を考えて沈黙を保つことにした。ところが、イストヴァン戦直後に大逆の総主長が一堂に会した席で、ローガーが瞬時にこの真相を見破り、大悪魔を脅迫して、もし従わなければ滅ぼすと告げて鎮圧した。

 しかし、大悪魔は命令にしたがわなかった。火星の内戦に加勢するよう命じられたフルグリムと第3兵団は、代わりに採掘惑星プリズマティカを襲撃したのである。こうした総主長の気まぐれな挙動に不信感を強めた兵団長エイドロンは公然とフルグリムに反発した。憑依された総主長は瞬時にこの将軍の首を落とすと、そこからしたたる血をワインに垂らして兵団じゅうに回しのみをさせたのである。

 エイドロンの死で頭角を現したルシウスは、総主長の変貌についての調査を秘密裏に進めた。するとしばらくして、夢の中に何度も〈ラ・フェニーチェ劇場〉にかけられている肖像画が出てくることに気がついた。また、総主長の剣の腕がずいぶんと鈍っていることも疑いを深めた。フルグリムの姿をしている“あれ”はフルグリムではないのではないか。プリズマティカで総主長が強力なサイキック・パワーを使ったことも証拠のひとつとなった。

 エンペラーズ・チルドレンが退廃と狂気の演劇や奏楽をたのしむ〈ラ・フェニーチェ劇場〉の肖像画を直接調べたルシウスは、その瞳に宿る苦痛と恐怖を見て取った。総主長はこの絵に閉じ込められていると判断したルシウスは、第3兵団でも選りすぐりの戦士たちとかたらって、総主長の拘束を実行した。果たしてフルグリムは不意を打たれてルシウスたちの手に落ちた。

 第3兵団の治療師ファビウス・バイルの研究室に運ばれた人事不省のフルグリムは、実験台に拘束され、その身体から悪魔を追い出すための処置が行われた。尋問者たちに問われたフルグリムは、兵団の現状は銀河の情勢などについて流暢に答えていった。この拷問のさなか、ルシウスは自分のひどい誤解に気がついた。本当は逆なのではないかと。あわてて跪いたルシウスの前で、フルグリムはやすやすと拘束をちぎって立ち上がった。部屋の全員が敬礼する中、フルグリムは真相を明かした。すでにフルグリムは大悪魔を追い出しており、ルシウスが調べ始めた当初からもう自分自身を取り戻していたことを。

 いぶかるルシウスたちに、フルグリムは自分はしばらく悪魔に憑依されていたが、ひそかに魔術を学んで、独力で身体から侵入者を追い出したのだと言った。今、その悪魔こそが〈ラ・フェニーチェ劇場〉の絵に閉じ込められているのであると。ルシウスに夢を送ったのは悪魔自身であり、彼をたばかって檻から出してもらおうとしたのだ。そして、フルグリムは腹心たちに渾沌の狡猾なやり方を学ばせるために、あえて憑依されているように装ったのである。

 魔術を学び、スラーネッシュの教えの極意を体得したフルグリムは、第3兵団にさらなる耽溺と退廃、快楽の追求を奨励した。プリズマティカを襲ったのも、そこで産する水晶を使って鏡の屋敷を作り、そこで究極の快感を探求するためだった。ルシウスをはじめとするスペースマリーンたちは、再びフルグリムに敬服し、さらなる退廃に堕ちていった。

*******************

 〈ホルスの大逆〉が燃えさかる中、〈鉄の戦士〉アイアンウォリアー兵団の総主長パーチュラーボは、辺境の惑星ヒドラ・コルダトスで忠誠派のインペリアルフィスト兵団と戦っていた。ここにフルグリムがやってきて、ある提案をした。戦況を一変させるに足る強大な兵器〈究極の天使〉が〈歪みの嵐〉のただ中に異種族によって隠されているのだという。フルグリムはパーチュラーボと協力してそれを手に入れようというのであった。

 2つの兵団が目指した目的地は、後に〈恐怖の眼〉と呼ばれるようになる最大の〈歪みの嵐〉の中にある古代惑星イドリスであった。ここはかつてアエルダリ文明が女神リリースをあがめた星でもあった。スラーネッシュ神の誕生とともに〈歪み〉にひきずりこまれたイドリス星だったがしかし、ブラックホールの辺縁でかろうじて存在していたのである。

 フルグリムはこの惑星にある〈アイシャの災いの墓所〉に向かった。ここは〈アモン・ナシャク・ケリス〉という城塞の中心にあった。全軍で惑星に降下したアイアンウォリアー兵団は、城塞に精密爆撃を行った後、進撃した。内部に入ると、ひそかに後を追ってきていた忠誠派スペースマリーンが奇襲攻撃をかけてきた。彼らとの戦いをしりめに、フルグリムとパーチュラーボは〈墓所〉に到達する。

 フルグリムがその中央に近づくにつれて、この場所自体が、仇敵スラーネッシュのしもべがやってきたことを悟った。そして、守護者であり、死せるアエルダリの亡霊である無数の水晶の戦士たちが、総主長たちに襲いかかった。アエルダリの亡霊と戦いながら〈墓所〉の地下へと下ったパーチュラーボは、そこが一種の空洞惑星であることに気がついた。広大きわまる空間の中央には人工太陽が浮き、住人をなくした沈黙の都市が広がっていた。パーチュラーボはフルグリムに〈究極の天使〉など無いと問い詰めた。フルグリムは一笑した。

「今はまだ無い。だが私こそが〈究極の天使〉となるのだ」

 兄弟の狂気を知って、パーチュラーボは武器を振り上げた。それはかつてフェルス・マヌスが振るった〈鍛冶場砕き〉であった。しかし、フルグリムは事前にパーチュラーボに奸計を施しており、アイアンウォリアーの総主長はその体力のほとんどをフルグリムに奪われてしまう。

 兄弟のエネルギーを吸い取ったフルグリムは、空洞惑星の空中に浮かび上がった。すると人工太陽のエネルギーがみるみるうちに彼の身体に吸い込まれていき、やがて、空洞を照らしていた星は死んだ。総主長と太陽の力に満たされたフルグリムは光り輝いた。そこに、忠誠派スペースマリーンのボルターの発射音が鳴り響いた。〈着陸地点の虐殺〉を生き残った精兵たちが復讐のため、追ってきたのである。忠誠派の銃撃によって、魔力ある石が砕けた。パーチュラーボはそのエネルギーを受けて息を吹き返すと、裏切った兄弟に向けて飛びかかり、憤怒のハンマーを振り下ろした。

 〈鍛冶場砕き〉の一撃を受けて、フルグリムの肉体は砕け散った。大きな光の爆発が起きた。その中から現れたのは、四つの腕と爬虫類のような巨大な尾を持つ、流麗でおそるべき魔神だった。すべてはフルグリムのもくろみ通りだった。彼は莫大な古のエネルギーを費やして、スラーネッシュに仕える総魔長(ディーモン・プライマーク)として生まれ変わったのである。フルグリムが腕をあげると、光の柱が上空から降り、彼とエンペラーズ・チルドレン兵団はその中におさめられて、姿を消した。パーチュラーボとアイアンウォリアー兵団、そして忠誠派は崩壊するイドリス星を脱出した。恐るべき邪神の誕生の記憶をとどめながら。

*******************

 総魔長となったフルグリムは、〈地球の戦い〉にもエンペラーズ・チルドレン兵団を率いて姿を現した。兵団はすでにかつての美々しさをなくしていた。スラーネッシュの欲望に完全にのみ込まれた彼らには、凜とした姿はかけらも残っておらず、殺戮と快楽に浮かれ騒ぐ群れと化していたのである。彼らは地球決戦が敗北に終わり、〈恐怖の眼〉に退却する間も、多数の惑星を襲って、そこの住民を玩弄するための奴隷や餌として連れ去っていった。

 〈ホルスの大逆〉終結後、兵団としての統率を完全に失ったエンペラーズ・チルドレンのスペースマリーンたちは、小さな戦闘団に分裂して、主に奴隷狩りのためにしばしば渾沌の領域から出撃し、その終わりのない欲望を満たしている。その残虐さは邪悪なアエルダリ、デュカーリたちに匹敵するともいわれている。

*******************

 そして、総魔長フルグリムは今一度、兄弟との対決に臨んだ。ウルトラマリーン総主長ロブート・グィリマンと惑星テッサラで戦い、かつてグィリマンが惑星カルスでワードベアラーと戦ったときに受けた古傷をついて、毒刃で喉を切り裂くことに成功したのである。グィリマンはウルトラマリーン本拠惑星マクラーグの静止フィールドに安置され、一万年の長い眠りにつくことになる。

 グィリマンを斃した後、フルグリムは〈恐怖の眼〉の中に支配する悪魔惑星を与えられたといわれているが、この一万年間、その姿を見たものはいない。神の将軍として他の渾沌勢と戦っているのか、それとも自分の退廃の究極を探求しているのか、それは誰にもわかっていないのである。

(了)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?