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大逆の物語(4)アングロン

 赤き天使とも呼ばれた、最も獰猛にして血塗られたる総主長。それがアングロンである。地球の奥深くに蔵された禁書には、堕落した強壮なる異端者の事績を記したものがあるという。そこに記録された中でも飛び抜けている者こそが〈世界喰らい〉ワールドイーター兵団の総主長にして虐殺の神コーンのしもべであるアングロンなのだ。

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 渾沌の手により地球から遠く放たれた赤子アングロンの器は、今ではその所在地もわからなくなった辺境の惑星ヌケリアに落下した。古書によれば、アングロンが育ったこの惑星は高度な技術を備えており、退廃した文化の中で暮らす貴族たちと、貧困の中で生きる大多数の住民とが同じ都市の中で生活を営んでいたという。貧困の現実から人びとの目をそらすために、貴族たちは定期的に剣闘士試合を巨大な闘技場で開催した。そこではサイバネティクス技術で強化された剣闘士たちが、抑圧された人びとの残虐な嗜好を満たすために戦っていた。

 アングロンは奴隷商人に発見された。そのとき、血まみれの幼子の周りには異種族の死骸がごろごろと転がっていたという。伝説によればそれは彼の将来の凶行を予見したアエルダリの暗殺者であったとも言われている。奴隷として拾われたアングロンは、ヌケリアの都のひとつに連れていかれ、そこの支配氏族に売り飛ばされた。

 剣闘士としての天性を見た買い主は、すぐさま都で最も大きい闘技場で戦わせることにした。そこでアングロンは〈屠殺鋲〉(ブッチャーズ・ネイル)と呼ばれるサイバネティック・インプラントを頭蓋に埋め込まれた。これは〈技術の暗黒時代〉以来ヌケリアに伝わる戦闘用器具で、理性や警戒心や生存本能を抑える見返りに、戦士のアドレナリンを増幅して筋力と攻撃性を強めるはたらきがあった。〈屠殺鋲〉を埋め込まれた戦士が激怒すると、それは快楽をもたらしたのだ。闘技場の地下に何千人と飼われていた剣闘士は全員が〈屠殺鋲〉の手術を受けていた。アングロンもそのひとりに加わったのである。

 わずか数ヶ月で、アングロンは恐るべき技量と名誉を重んじる心を備えた誇り高い戦士であることを証明した。観衆は彼を称えて〈赤砂の王〉と呼んだ。何千という剣闘士を殺したが、良い戦いをした者の命は救った。アングロンは剣闘士奴隷としての暮らしを片面では楽しんでいたが、反面、奴隷制度を憎んでいた。何度も脱走をはかったが、そのたびに失敗に終わっていた。

 数年のうちに、アングロンの名声は惑星全土に鳴り響いた。彼の訓練を受けた剣闘士たちは最強の戦士として名をはせた。やがてアングロンは悟った。脱走の試みは単独では不可能であると。そこでより大胆な逃走計画を練った。

 決行当日、アングロンは闘技場の剣闘士全員が参加する巨大な祭典に出場した。観衆が戦いに魅了されるや否や、アングロンと志を共にする剣闘士たちは、突然、警備兵たちに刃を向けた。彼らは自由を求めて屍山血河を築いたのだ。激闘の中で数多くの犠牲が出たが、それでも〈都市喰らい〉と呼ばれ畏怖されていた約二千人の剣闘士が、都市の街路への脱走を果たした。そして武器を奪うと、あらかじめアングロンが見つけておいた北の山中へと逃げ込んだのである。

 続く何年もの間、逃亡奴隷を連れ戻すか殺害するために軍勢が差し向けられたが、全員がアングロン率いる奴隷たちに返り討ちにされた。アングロンの統率力と〈屠殺鋲〉のもたらす剣闘士の戦闘力はただならぬものがあったのである。だが、やがて疲労と消耗が重くのしかかり、元々の人数の半数である千名にまで逃亡奴隷たちの数は減っていった。

 そしてとうとう、フェダン・モールという山の中で、アングロンたちはヌケリアの諸都市から派遣された軍勢に包囲された。いかな総主長といえどもこれほどの大兵力には立ち向かえるはずもなかった。進退窮まったアングロンは、戦友たちとともに最後まで戦い、名誉ある死を遂げようと決意した。

 そしてこのとき、思いも掛けぬ介入者が現れた。人類の皇帝がヌケリアに降りたったのである。何ヶ月にもわたって軌道上からアングロンの誇り高い戦いを観察していた皇帝は、この最期の時に際して「息子」の命を救い、第12兵団の指揮を任せる総主長を帰参させるために姿を現したのである。

 だが皇帝は驚愕した。アングロンは宇宙での栄光よりも、戦友たちと肩を並べての戦死を望み、皇帝の提案を拒絶したのだった。

 軌道上に帰還した皇帝は、しかしやはり「息子」である総主長を勝ち目のない戦いで失うことはできなかった。惑星の低軌道に旗艦を下ろすと、皇帝はアングロンをフェダン・モールからテレポート回収したのである。哀れ指導者を失った逃亡奴隷たちは戦意を失い、翌日にはヌケリアの貴族の軍勢によって皆殺しにされた。

 アングロンは皇帝のこの所行を決して許さなかった。彼の名誉に消えぬ汚点を残したのだ。そしてその悔いはやがて誇り高い戦士の魂を腐食させることになる。

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 確実な死から救い出されたアングロンだが、その心身は抑え切れぬ激怒で満たされていた。第12兵団〈軍犬〉ウォーハウンド兵団が彼の配下となったものの、怒れる総主長に近づいたスペースマリーンは一人残らず身を引きちぎられて殺された。それまでウォーハウンド兵団を率いていた将軍が記録も残さずこの時期に消えているのは偶然ではないだろう。

 少なくとも七人の兵団高級将校が殺害された後、第8強襲中隊長のカーンが自らアングロンの部屋に赴いた。総主長に激しく殴打され瀕死になったカーンだがしかし敗北を頑として認めようとせず、ついにアングロンから尊重するに足る戦友として認められた。カーンの尽力により、アングロンは第12兵団の総帥としての役目を受け入れたのである。

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 アングロンはウォーハウンド兵団の名を〈世界喰らい〉ワールドイーターに変えた。これはかつて〈都市喰らい〉と呼ばれていたヌケリアの戦友たちを偲んでのことだったといわれている。

 ワールドイーター兵団のスペースマリーンたちには、アングロンの頭蓋に埋め込まれた〈屠殺鋲〉をリバースエンジニアリングした複製インプラントが移植された。〈大征戦〉の間を通して、彼らの激怒とすさまじい戦闘能力は銀河に鳴り響いた。だがその一方で、あまりにも野蛮な破壊と流血に頼るその戦い方には、友軍のあいだからも批判の声があがった。皇帝も不興を示したが、アングロンは〈屠殺鋲〉を兵団新兵に施すことをやめようとはしなかった。

 ワールドイーター兵団が、惑星ゲンナの住民を一晩のうちに全員虐殺した事件が起きると、ついに皇帝はアングロン譴責のため、レマン・ラスとスペースウルフ兵団を現地に派遣した。

 滅び去ったゲンナ星の荒野で相対した両兵団の陣頭には、二人の総主長が立っていた。アングロンは全身を血に塗れさせ、大斧〈寡婦作り〉(ウィドウメーカー)を持っていた。レマン・ラスは惑星フェンリスの大海獣の牙で作ったチェーンソード〈クラーケンの顎門〉(クラーケンモウ)を持って立ちふさがった。ラスは、ただちにワールドイーター兵団は地球に帰還し、そこで全員から〈屠殺鋲〉を切除すると宣告した。

 アングロンは言下に拒絶した。そして、どちらが仕掛けたかは記録に残らぬ凄絶な兵団どうしの戦いが勃発した。周囲でワールドイーターとスペースウルフが交戦する中、アングロンとレマン・ラスは一騎討ちを戦った。アングロンの狂気の猛攻を、ラスは受け流して俊敏に立ち回り、気がつくとアングロンはスペースウルフの戦士たちに包囲されてしまい、追い詰められてしまっていた。

 ラスはこう戦うことで、〈屠殺鋲〉の悪影響によって激怒にかられると周りが見えなくなることを、兄弟アングロンに示したのである。しかし、アングロンは自分を蝕むこの症状を決して認めようとはしなかった。ラスはその姿に絶望し、スペースウルフ兵団の撤退を命令した。あとの残ったのはこの“勝利”に凱歌をあげる狂戦士たちの群れだけだった。

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 ワールドイーターが帰還しなかったことを受けて、皇帝はホルスをアングロンのもとに派遣した。しかしこれは致命的な過ちだった。すでにこの頃、ホルスは渾沌の魔手に堕ちていたからである。ホルスはアングロンに耳障りの良い言葉を吹き込んだ。曰く、皇帝は臆病者で名誉を知らない男だ。もし自分が覇権を打ちたてた暁には、ワールドイーターを非難した総主長たちを処罰する役目をアングロンに与えよう、と。

 かねてより皇帝に遺恨のあったアングロンに否やはなかった。〈ホルスの大逆〉の勃発と同時に、ワールドイーター兵団は大逆軍に身を投じたのである。〈イストヴァン第三惑星の凶行〉では、ウイルス爆弾によって燃え上がる惑星にホルスの命令を待たず兵団全員が降下し、生き残った忠誠派を殺しに殺した。抜け駆けに怒ったホルスだが、彼らに続いて主力を投入し、イストヴァン星系での緒戦に大勝利をおさめた。

 内戦が本格的に始まると、総主長ローガー率いるワードベアラー兵団は、忠誠派総主長ロブート・グィリマンが統治する一大宙域ウルトラマールの攻略を画策した。〈影の征戦〉と呼ばれるこの戦役では、惑星カルスで、ワードベアラーがウルトラマリーンを奇襲したことで大逆派が優勢となった。

 ホルスはこの機に乗じて、アングロンに命令を下した。ローガーと協力して忠誠派の一大拠点ウルトラマールの攻略を進めよと。滅ぼされたカルス地上ではワードベアラー首席教戒師エレバスが闇の儀式を執行し、〈歪みの嵐〉を発生させてウルトラマールを他の宙域から切断。ウルトラマリーンの地球救援を阻んだのである。

 しかしローガーは、自分を弱者と見て協力しようとしないアングロンに手を焼いた。彼の脳髄に打ち込まれた〈屠殺鋲〉は、すでに総主長の強大な精神力のせいで暴走していた。そしてその悪影響は致命的なレベルにまで達しており、アングロンの性格は狂気に満ちた支離滅裂な殺戮衝動に支配されようとしていた。その果てに待つのは虐殺の果ての発狂死しかないことを、ローガーは見て取った。

 ローガーはアングロンのかたくなな狂気の根底に、若い頃にわずらった抜きがたい悲しみがあることを悟った。そこで、彼に故郷ヌケリアに戻り、心に深く刺さった古釘を抜くように勧めたのである。

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 ヌケリアの地を再び踏んだアングロンは、まず、自分の青春が終わったフェダン・モールの山中におもむいた。そこには、あの運命の日に討伐者の軍勢によって皆殺しにされた戦友たちの白骨がまだ野ざらしになっていた。総主長の心身をもってしても、あのとき穿たれた悲しみと悔いはぬぐい去れなかった。嘆きのままに、アングロンは自分が育ったヌケリアの都を訪れた。

 ヌケリアの支配者たちは、当時と何も変わっていなかった。相変わらずの貧富の差、相変わらずの闘技場での熱狂、そして剣闘士奴隷たちの無惨な死にざま。そして、アングロンは自分たちの反乱が、「最後の戦いで指導者が臆病風に吹かれて逃げたために鎮圧された」という筋書きで語られていることを知った。

 アングロンは激怒した。それはこれまでのどの怒りよりも激しい忿怒だった。ただちにワールドイーター兵団に命令がくだり、惑星ヌケリアの住民は一人残らず殺戮され、全ての都市は廃墟と化した。

 そのとき、惑星上空にロブート・グィリマン自身が率いるウルトラマリーン兵団の艦隊が出現した。カルスでの裏切りの報復に燃える青き戦士たちは、ワードベアラーとワールドイーターの軌道艦隊に猛烈な攻撃を加えた。そしてウルトラマリーンのドロップポッド(着陸艇)が次々とヌケリア地上に降下し、激闘が始まった。

 荒れ狂う同族殺しのさなかで、ローガーとグィリマンはぶつかりあった。超人どうしの一騎討ちが膠着に陥ったとき、そこにかつての同胞の血に染まったアングロンが現れた。その胸には、フェダン・モールで斃れた戦友たちの髑髏が下げられていた。無念の死を遂げた彼らに、今一度戦いの熱狂と敵の血を味わわせようというアングロンの想いが、そうさせたのだった。

 アングロンはグィリマンに襲いかかった。それを見たグィリマンは、反逆したかつての兄弟に必殺の一撃を放った。それは胸甲に炸裂し、アングロンの戦友たちの髑髏はちぎれて地面に散らばった。敵の反撃を避けるため、一歩下がったグィリマンの足が、髑髏を粉々に踏みつぶした。この冒涜に、アングロンの底知れぬ怒りが爆発した。

 ローガーは、盲目的な忿怒のままにグィリマンを打ち倒すアングロンの姿を見て、機が熟したことを悟った。ローガーの口から暗黒の呪文が高らかに唱えられ、アングロンの激怒を媒介にして、猛烈な〈歪み〉のエネルギーが戦場上空に渦巻いた。鮮血の豪雨がヌケリアの大地を叩いた。グィリマンの眼前に雄叫びをあげながら仁王立ちするアングロンに、凶暴な〈破滅の嵐〉が取り巻いた。ローガーは、さらに妖術をアングロンに集中させた。虚空にあいた亀裂からディーモンたちが姿を現し、渾沌の奔流がアングロンの肉体の隅々にまで行き渡った。血は水銀に、筋肉と神経が火と変わった。膨大な魔力によって肉体は内側から炸裂した。怒りと悲しみの咆吼は、虐殺の神の祝福によって、無慈悲なる殺戮の歓喜へと変わった。

 かくして、長年のアングロンの悲哀はついにぬぐい去られた。〈血の神〉コーンの恩寵を受けた紅蓮の肉体持つ総魔長(ディーモン・プライマーク)が誕生したのである。

 ワールドイーター兵団に残っていたわずかなサイカーたちは、総魔長の誕生の衝撃で全員が抹殺された。ウォーハウンド時代の最後の残滓をぬぐいさった兵団は、髑髏の戦神コーンにローガーが捧げた贄であった。もはや彼らに残されたのは、永遠の流血と虐殺のみであった。

 グィリマンはかろうじてこの呪われた星を逃れた。禍つ神々の誘惑によって、2人の兄弟がいかなる魔物になり果てたのかをくっきりとその心に焼き付けて。

 一方、ローガーは歓喜していた。ついに彼はアングロンを苦悩と〈屠殺鋲〉による死から救ったのだと。自分と禍つ神の恩寵のみが、怒れる悲しい魂がわずらった死に至る病を癒したのだと。その喜びのまま、大逆の艦隊はウルトラマール攻略に押し進み、やがて〈地球の戦い〉へとアングロンとワールドイーター兵団を送り込むことになる。

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 〈ホルスの大逆〉が敗北に終わり、渾沌の領域〈恐怖の眼〉に撤退した後のアングロンについては、あまり知られていない。おそらくはコーンのしもべとして、他の渾沌神たちと永遠の闘いを楽しんでいるものと思われる。

 アングロンが物理宇宙に公然と姿を現したのは、第38千年紀に数十もの星区を朱に染めた〈血の支配〉戦役と、第41千年紀に起こり、〈帝国〉の記録から抹消された第一次アルマゲドン戦争だけである。惑星アルマゲドンをコーンの軍勢で襲ったアングロンは、〈帝国〉の諸軍と対渾沌特殊戦団〈鈍色の騎士団〉(グレイナイト)の奮闘によりしりぞけられた。

 だが、無制限の暴力と虐殺の化身である総魔長アングロンは、恐怖の記憶とともに今も〈帝国〉をおびやかし続けている。

(了)


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