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大逆の物語(8)コンラッド・カーズ

 〈闇夜の幽鬼〉(ナイト・ホーンター)と呼ばれたナイトロード兵団総主長コンラッド・カーズは、自らの正義と死の予感に取り憑かれた迷える殺戮者であった。その苦悩の彷徨の果てに、この最も陰鬱なる総主長は大逆者となり、そして謎に満ちた死を遂げることになった。

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 後にカーズとなる幼児の生育ポッドが落着したのは、大気汚染と終わりのない日食によって永遠に夜に閉ざされた惑星ノストラーモの地表だった。この星には高品質のアダマンチウム鉱床が存在し、巨大な採掘精製産業が建設されていた。蒼白い肌をもつ住民の大半は、鉱山で休みなく働く極貧の中にあり、富豪たちの容赦の無い搾取を受けていた。犯罪は野放図に蔓延し、陰鬱な生活の中で多くの人びとは自死を選んだ。

 カーズは他の総主長たちとはちがって、誰にも養育されることはなく、独力で成長していった。機転と決断力だけを頼りに、大都市ノストラーモ・クイントゥスをうろつく人の皮をかぶった野獣どもを狩って生きのびた。そんな彼は、幼い頃から最悪の未来を予言するおそろしい白昼夢に悩まされていた。それはカーズの呪われた生涯を通して続いたのである。

 カーズが獲物にしたのは、ノストラーモを毒する犯罪者たちであった。最初こそ、路地での悪行を見過ごせず介入する程度だったが、まもなくそれはエスカレートしていき、自分が悪と断じた者を容赦なく討伐するたったひとりの自警団活動になった。まず、都市の腐敗した有力者が姿を消した。続いて、そのライバルたちが同じ運命をたどった。遺体はいずれも恐ろしい状態で発見された。役人たちは窓から吊され、肉塊の山が下水を詰まらせた。その多くは身元もわからないほど破壊されていた。

 わずか一年のうちにノストラーモ・クイントゥスの犯罪率はほとんどゼロになった。社会は劇的に変動した。自発的に外出禁止が徹底されるようになり、母親たちは子どもたちをしつけるために「悪いことをしたら、〈闇夜の幽鬼〉がやってきますよ」とささやいた。この異称はまたたくまに広がり、都市をうろつきながら、犯罪者や異端者と見なした者のはらわたを鋭い鉤爪で引き裂く闇の怪物を指す名前となった。

 カーズは、自分がこの大都市で恐怖と憎悪の対象となる唯一の存在になったことを確かめると、〈闇夜の幽鬼〉として貴族たちの前に現れた。こうして、彼はノストラーモ・クイントゥスの最初の君主となった。知識を貪欲に吸収したカーズは公平で穏健な支配者に成長した。しかし、不正義の報せが彼の耳に届くや否や、街路で犯罪者を追いつめ、殺してばらばらに引き裂いた。善良な叡智とおぞましい報復という矛盾した二面性は、支配者としてより洗練されていった。やがてノストラーモの他の都市もカーズの統治に服従していった。〈闇夜の幽鬼〉が戸口に立つのを怖れたからである。

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 〈闇夜の幽鬼〉が惑星全土を支配した頃、皇帝の〈大征戦〉がノストラーモ星系に到達した。人類の皇帝の到来はノストラーモの歴史で予言されていた出来事だったが、それは同時にこの星の破滅へとつながることになる。

 ノストラーモに着陸したのは、皇帝、フルグリム、フェルス・マヌス、ローガル・ドルン、そしてローガーであった。終わりのない闇夜に慣れていた住民たちは、光り輝く皇帝の姿を直視できなかったが、その癒やしの光が闇の街路に降りそそぐ光景にほとんどが涙した。〈闇夜の幽鬼〉の宮殿に続く大路では、総主長コンラッド・カーズが一行を待っていた。皇帝と総主長たちが近づくと、カーズは強烈な恐ろしい白昼夢に襲われ、自らの両目をえぐり出そうとしたが、皇帝によって止められた。〈闇夜の幽鬼〉は父と兄弟たちを見た途端、彼らと自分の死の運命を幻視したのだ。このとき、皇帝とカーズがかわした会話は次のようであったという。

「コンラッド・カーズよ、恐れることはない。余は汝とともに故郷に帰るためにやってきたのだ」
「父上、それは我が名ではありません。俺は〈闇夜の幽鬼〉。それが我が民からもらった俺の名です。そして父上が俺に何をお望みかは、もうわかっています」

[コンラッド・カーズという名前を誰がつけたのか定かではない(おそらく皇帝自身)。ノストラーモで彼が得た名はあくまで〈闇夜の幽鬼〉である]

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 カーズは〈帝国〉のやり方をすばやく修得し、フルグリムの指導の下でスペースマリーンの戦法について学んだ。カーズはまもなく第8兵団を任され、それを〈夜の王〉ナイトロードと改名した。

 ナイトロード兵団は数多くの戦場で活躍したが、その独特の戦い方はすぐに明らかになった。目標を達成するためなら力を惜しむことなく、手段を選ぶこともなかったのだ。わずか数年で、ナイトロード兵団は総主長によって効率的で真面目一徹、徹底的で容赦の一切ない兵団に変貌した。〈闇夜の幽鬼〉は兵団の鎧を、敵が恐怖するような色と模様で塗り上げた。やがて、ナイトロードが近づいているという報せだけで、星系全体が法外な貢ぎ物を差し出し、あらゆる犯罪行為を停止し、異能者と異端者を処刑するようになった。

 ナイトロード兵団に編入する新兵は惑星ノストラーモの住民から選ばれた。しかしカーズは長らく知らなかったことだが、惑星そのものは〈闇夜の幽鬼〉の不在の間に、元の腐敗に満ちた犯罪社会に逆戻りしてしまっていたため、兵団に迎えられるような健康で強壮な候補者はノストラーモの犯罪者の中から選抜するしかなかった。これが原因となって〈闇夜の幽鬼〉は自分の兵団への統制力を次第に失っていった。同時に、彼を襲う陰鬱な白昼夢はより頻繁に、より強力に、より狂気に満ちたものになっていった。カーズは総主長の中で唯一、自分の兵団を憎悪した人物だったという。彼らは本来、〈闇夜の幽鬼〉が滅ぼすべき犯罪者の集団になり果てていたからである。

 兄弟たちとの関係も安らかなものではなかった。ナイトロードの残虐な戦い方は総主長たちの間で論議を呼んだ。特にヴァルカンは、協同作戦を行った惑星カラータンでナイトロードが都市住民を全員虐殺したことに激怒し、あやうくカーズと決闘に及びそうになった。

 まもなく、故郷ノストラーモが再び無秩序に陥っていることを知ったカーズは、沈鬱の中で、当時協同作戦をとっていたフルグリムやドルンに近づこうとした。ドルンは冷淡だったが、友情を示したフルグリムにカーズは、自分がかつて幻視した〈ホルスの大逆〉や皇帝の死、そしてノストラーモ滅亡についての予知を明かした。あまりの内容に驚いたフルグリムは、このことをドルンに相談した。

 しかし、フルグリムが信義に反してドルンに予知夢を明かしたことに激高した〈闇夜の幽鬼〉は、追求にやってきたドルンに襲いかかって重傷を負わせ、インペリアルフィストの数人を殺害した。そしてナイトロード兵団を率いて〈歪み〉の中へと姿を消した。追っ手がかかったが、カーズのような予知能力を持たないため、遅きに失してしまった。すでに滅びの予言は成就されてしまっていたのである。

 〈歪み〉を抜けて、ノストラーモの惑星軌道上に到着した大艦隊は、〈闇夜の幽鬼〉の命令一下、罪深い故郷の惑星に向かって全砲門を開いた。無数の光線とミサイルが地表に炸裂した。やがて爆撃の穂先は惑星核に到達した。運命のいたずらか、激しい衝撃波がかつてカーズの生育ポッドが落下した亀裂から大地を引き裂き、広大なアダマンチウム鉱山が崩壊した。悪に満ちた闇夜の惑星ノストラーモは〈闇夜の幽鬼〉の最後の怒りによって数億の全住民もろとも爆散、消滅したのである。

 自分の育った惑星を破壊したカーズの凶行は、渾沌の力の誘惑をまねいた。ナイトロード兵団の戦い方は常軌を逸したものになっていき、彼らが通った跡には全住民が殺戮され、荒廃した星々が次々と残されていった。ナイトロード兵団はもはや皇帝の大義ではなく、死と恐怖をまきちらすためだけに戦うようになっていた。まもなく、皇帝は譴責と裁判のためにナイトロードを地球に召喚する勅令を発したが、兵団が帰還する前に〈ホルスの大逆〉が勃発した。

 コンラッド・カーズが大元帥ホルスの側についたことは、悪名高い〈着陸地点の虐殺〉で明らかとなった。カーズはこの闘いの中でヴァルカンを捕らえたが、このサラマンダー兵団の総主長は、決して死ぬことのない〈永生者〉(パーペチュアル)であった。いかなる手段をもってしても殺すことができないと知ったカーズは、ヴァルカンにありとあらゆる殺戮と拷問を加えたという。それは、ヴァルカンが自分と同じような怪物であることを認めさせたいという必死の思いからだった。しかしこの高潔な総主長は屈しなかった。カーズは絶望のあまり、ヴァルカンに一騎討ちを挑んだ。ヴァルカンはこの闘いにかろうじて勝ち、テレポーターによってウルトラマリーンの本拠マクラーグへの脱出を果たすことになる。

 〈着陸地点の虐殺〉の二年後、カーズはライオン・エルジョンソンと戦った。このとき彼はライオンを惑星ツァグルーサに招く伝言を残した。この星でカーズはライオンにある予言を伝えたという。続いてダークエンジェルとナイトロードの両兵団は激突し、総主長は互いに殺しあった。二回目の激突で、ライオンはカーズに瀕死の重傷を負わせ、カーズは昏睡状態に陥った。総主長が眠っている間、ナイトロード兵団は六つの艦隊に再編成され、それぞれが司令官によって指揮されるようになった。目覚めたカーズは、ダークエンジェルの旗艦〈インビンシブル・リーズン〉に潜入すると、四ヶ月にわたって艦内に隠れ続けた。

 〈インビンシブル・リーズン〉がマクラーグに入港すると、カーズは戦艦から惑星上に脱出した。マクラーグの首都に入った〈闇夜の幽鬼〉は出遇う者を片っ端から殺害し、聖堂の中でウルトラマリーンの司令官フラトゥス・アウスグトンまでも斃した。そこにかけつけたライオンとロブート・グィリマンを待ち受けたカーズは、聖堂にしかけた爆弾を起動した。両者を殺したと思ったカーズはそのまま、グィリマンの育ての母をも手に掛けようとしたが、マクラーグで療養していたヴァルカンの復讐に燃えた反撃を受けた。ヴァルカンの存在を予知できなかったことに驚愕しながらも、カーズはヴァルカンと再び一騎討ちを戦った。この闘いには、謎めいた暗殺者ジョン・グラマティカスが介入し、〈永生者〉を唯一殺せると伝わる鉱石フルグライトでヴァルカンを打倒した。カーズはこのフルグライトを我が物にしようとしたが、グラマティカスの仲間が放った悪魔によって〈歪み〉に引きずり込まれてしまった。

 当時、マクラーグではグィリマンが構想する〈第二帝国〉の首班としてブラッドエンジェル総主長サングィニウスが迎えられていた。ワードベアラー兵団の儀式によって造り出された巨大な渾沌嵐〈破滅の嵐〉は、忠誠派の軍勢が地球に至る航路を完全に遮断してしまった。この非常事態を前に、グィリマンは地球陥落と皇帝の戦死は不可避と考えて、ウルトラマール領域に人類の〈帝国〉を再建しようと計画していたのである。

 〈歪み〉からかろうじて脱出したカーズはマクラーグに再び出現すると、玉座の間にいたサングィニウスの前に現れた。そしてホルス旗艦〈ヴェンジフル・スピリット〉上でサングィニウスが殺されるという予知と、自分がどのように最期を遂げるかという予知を伝えた。コンラッド・カーズは、総主長が銀河に散逸したこと、自分がノストラーモで生きたこと、〈ホルスの大逆〉が起きたころ、そして自分が帝国暗殺局の刺客の手によって死ぬこと、これら全てが偽りの皇帝によって仕組まれた大計画なのだと信じていたのである。

 〈闇夜の幽鬼〉はたずねた。なぜ、サングィニウスは皇帝の“奴隷”であることを甘受し、渾沌の誘惑をはねのけたのかと。サングィニウスが皇帝への信頼は変わらないことを告げると、カーズは〈天使〉と称される総主長に、自分を殺すよう提案した。サングィニウスは拒否した。そして、まだ帰参して罪をつぐなうチャンスはあると説いた。カーズは悲哀の中で答えた。銀河は永遠の戦争に呪われており、最後に残るのは渾沌のみであると。そして、玉座の間から姿を消した。

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 この後もカーズはマクラーグでゲリラ活動を続けた。やがて彼は〈第二帝国〉首都で爆弾テロを計画したが、ライオン・エルジョンソンによって山岳地に追い詰められ、打ち倒された。しかしライオンは錯乱する兄弟にとどめを刺すことができなかった。カーズは捕縛されて、〈第二帝国〉皇帝となったサングィニウスの裁きを受けることになった。

 サングィニウス、グィリマン、ライオンの面前でカーズは犯行を認めたが、罪は認めなかった。自分はこう行動するよう定められたのであり、それゆえに犯罪ではないというのだ。死刑判決を下したサングィニウスは自らの強大なサイキック・パワーでカーズを打ちのめした。傷ついたカーズは叫んだ。これは自分の死に方ではないと。それを聞いたライオンは処刑を阻んだ。ライオンは言った。カーズは未来を見ることでき、その死に方は皇帝が送った暗殺者によるものと定められている。すなわち、皇帝はまだ生きているのだと。そして、サングィニウスもまた自分がホルス旗艦上で死ぬ予言は正しいのだろうと認めた。〈第二帝国〉の大義は崩れた。忠誠派総主長たちは、皇帝を救援するべく地球に向かうことを決断する。カーズはライオンによって無期限に拘束された。

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 ダークエンジェル旗艦〈インビンシブル・リーズン〉内に監禁されたカーズは、三人の総主長が率いる大艦隊とともに地球に向かった。その途中、サングィニウスはカーズを連れて惑星ダヴィンを訪問した。これにはライオンとグィリマンも同行した。そして、ホルスが堕落した呪われた渾沌崇拝の神殿へ向かった。カーズは混乱した。このなりゆきは彼の予知の中になかったからである。この旅でサングィニウスは運命は変えられることを兄弟に示したかったのだ。

 惑星の中枢では、突如として渾沌の領域へのゲートが開き、サングィニウスはそこに呑み込まれてしまった。グィリマンとライオンから彼を取り戻すすべを尋ねられたカーズだが、予知にない事態を前に取り乱すばかりだった。まもなく、悪魔が惑星上にあふれだし、忠誠派の軍勢との激しい戦闘が始まった。

 このダヴィンでの戦いに勝利した忠誠派の艦隊は、ついに地球に進むことのできる航路を発見した。しかしそこはホルスの艦隊によって封鎖されていた。グィリマンとライオンが陽動作戦を行う一方で、サングィニウスとブラッドエンジェル兵団は運命の示すとおり地球へと急行した。カーズは彼とともに皇帝の裁きを受けるべく地球に向かった。ところが、サングィニウスはカーズを冷凍ポッドに封入した。当惑するカーズに〈天使〉は、自分は地球での最期の運命に遇いに行く、カーズもまた暗殺者による死の運命に遇うがよい、と。そしてコンラッド・カーズは宇宙空間に射出された。彼はやがてナイトロード兵団に回収されることになる。

 地球の戦いでホルスが敗北した後、ナイトロードは他の兵団のように散り散りの戦闘団に分裂することはなかった。彼らは〈帝国〉への襲撃を継続したが、その戦術は自滅的なものに変わっていった。巨大な運命の変転の中で、〈闇夜の幽鬼〉の精神は最終的な破綻をきたしていたのだ。その晩年、カーズは支離滅裂な暴力と嗜虐に奔る、一個の怒れる魂と化していた。

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 〈闇夜の幽鬼〉はやがて自身の予言どおりに〈帝国〉から派遣された、変身を専門とするキャリダス教団の女暗殺者ム=シェンによって殺された。惑星ツァグァールサに生ける肉体によって築かれた恐怖の宮殿に座するコンラッド・カーズは、ひとりの護衛もつけることなく暗殺者と対面した。ム=シェンが装備した映像記録装置に残されたカーズ最期の言葉は、今も〈帝国〉最大の謎のひとつとされている。それは、ことさらに自分を大悪人に見せようとしているようにも思える。

「貴様が来ることなど分かっていたぞ。暗殺者よ。それこそ貴様の船が東方辺境へと足を踏み入れた時からな。ならば何故俺が貴様を殺さなかったのか。それは貴様に課せられた任務と、これから貴様が為す行いによって、俺がこれまで言い、そして行ってきたこと全ての真実が証明されるからだ。俺はただ過ちを犯した者を罰しただけだ。偽りの皇帝が俺を罰しようとしたようにな。こうして身の証が立てられるならば、俺の命なぞは何ら惜しむに足るものではない」(『コデックス:ケイオススペースマリーン』より抜粋)

 指導者を失ったナイトロードは次第にばらばらになっていった。今も恐怖と殺戮によって銀河辺境に死をまき散らしている彼ら渾沌の狂戦士たちだけが、コンラッド・カーズの死の幻視に満ちた狂気を紀元四十千年紀の今に伝えている。

(了)

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