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大逆の物語(7)ローガー

「私がずっと求めたものは真実だけである。以下の文章を読むとき、この言葉を忘れてはならない。私が我が父の偽りの王国を覆そうとしたのは、浅はかな慢心からでは決してない。私は人類の血を枯らしたかったわけでも、この苦き征戦の中で銀河人口の半数を滅ぼしたかったわけでもない。私はこのいずれも望まなかった、しかしやらねばならぬ理は知っていた。だが、私がずっと求めた真実だけである」
『ローガーの書』劈頭の文

 比類なき哲学者であったローガーこそが、銀河を半分に割った〈大逆〉への道を拓いた最初の総主長である。超越なるものを求めた果てに彼がたどりついたのは、禍々しき渾沌の暗黒神たちであった。〈言葉を運ぶもの〉ワードベアラー兵団の総主長の魂の遍歴を語る。

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 コルキスは古き神々の惑星であった。封建的な伝統社会を営むこの星の民は、風に、太陽に、砂塵に超越なる存在を感じ、それに跪く信仰生活を常としていた。かつて高いテクノロジーを誇ったコルキスではあったが、〈不和の時代〉にそれらは全て忘れ去られ、疫病と戦乱がこの地をくり返し覆い尽くした。民は斃れ、王は死んだが、神々だけは常にそこにあった。

 幼い総主長をおさめたカプセルが天空から落ちてきたとき、それを拾ったのは、コルキスの支配階層である〈僧会〉であった。恵み深き姿をとった渾沌の神々を崇める多神教が彼らの信仰だった。首都ヴァラデシュにある〈僧会〉の神殿で育ったローガーは、信心深い宣教師として育ち、その説法とカリスマの力は数多くの信奉者を集めた。神殿の僧侶たちの間で、ローガーにとって育ての父であり最良の友となったのが、上級司祭コー・ファエロンだった。

 若きローガーは頻繁に幻視を見るようになった。それは、巨人をしたがえた黄金の戦士が自分とともに歩むというものだった。これを、コルキスに唯一の真正なる神が到来する予兆と受け取ったローガーは、この預言を信徒に語った。民衆は大いに動揺し、まもなくローガーを指導者とする新たな宗派が誕生した。

 しかし、ローガーの人気に嫉妬していた他の僧侶たちは、唯一なる神を説く若者の排除を画策した。〈僧会〉は分裂し、宗教戦争が勃発した。六年にわたる戦いの末、唯一神派たちはかつてローガーが育った大神殿を襲撃し、保守派の僧侶たちを殺戮すると、ローガーは改革された〈僧会〉の司祭長となり、コルキスの民衆に〈皇帝〉と呼ばれる唯一神の到来とその祝福を約束した。

 育ての父コー・ファエロンは、ローガー派として唯一神を認めたが、それは古き神々の首領としてであった。こうした立場はコルキスの多くの住民に保持され、後年、ワードベアラー兵団がこぞって渾沌に転向する礎となる。

 果たして戦争終結から一年も経たぬうちに、予言どおり〈皇帝〉は大艦隊とともにコルキスに到来した。赤のマグヌスとともに惑星に降り立った皇帝の姿は、ローガーの幻視とぴったりそのままであった。ただちにローガーと全住民は皇帝に絶対の服従を誓約した。特にローガーにとっては幼い頃からの宿命が成就したまさに至福の瞬間であった。以後、彼は〈神なりし皇帝陛下〉に誠心誠意の奉仕をささげることになる。

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 皇帝はローガーに、その遺伝種子から創設されたスペースマリーン第17兵団である〈皇帝の先触れ〉インペリアル・ヘラルド兵団を任せた。ローガーは奮起した。神なりし皇帝への信仰を全銀河に広める使命を人類の主自身からゆだねられたと信じたのだ。しかし、ローガーのこの熱意は、皇帝が推進する〈帝国の真理〉すなわち、宗教や信仰を単なる迷信と排斥する運動とは食い違っていた。皇帝はローガーに対して、自分は神ではないと告げたが、これは逆説的にローガーの信仰を強めてしまった。

 いったい真正なる神以外の誰が、自分は神ではないと告げることができようか?

 〈僧会〉の信仰体系は、皇帝を人類の救世主と崇めるものに再編成され、コルキスの民も新たな生き神のもとで統合された。祝祭と帰依の儀式が連日にわたって行われ、その掉尾に、ローガーは第17兵団をワードベアラー、すなわち神なりし皇帝の言葉を広める者たち、と改称した。コー・ファエロンはスペースマリーンへの変成の手術に耐え抜いて、ローガーの首席顧問、ワードベアラー兵団最精鋭の第一中隊長に就任した。

 〈大征戦〉に乗り出したワードベアラー兵団は、新生の〈帝国〉からあらゆる冒涜と異端を消し去ることに邁進した。他の信仰の古文書や聖像は焼き尽くされた。皇帝を崇拝する巨大な祈念碑や大聖堂が建立された。ワードベアラー兵団の〈教戒官〉たちは、皇帝の神性と正義を説くために膨大な書物をあらわし、熱心に布教を重ねた。そしてローガー自身も『神勅集成』(レクティティオ・ディヴィナトゥス)を著した。これは皇帝が神たる存在であり、人類の唯一にして真正なる神として崇拝されるべきであることを証し立てる書物であった。この書物は、著者の運命とは裏腹に、後年、帝国聖教会が創設される上で根本的な役割を果たすことになる。

 第17兵団の改宗はゆっくりと、しかし着実に進んでいった。ローガーは、他の総主長が戦場で配下の信頼を勝ち取ったように、たくみな説法によって兵団員の心をつかんでいった。古き神々を打ち倒すために戦うはずのスペースマリーンたちだったが、それでも彼らには戦う大義となる何かが必要だった。ローガーに率いられるワードベアラー兵団にとっては、それが神なりし皇帝への信仰だった。かくして、第17兵団は狂信的なまでの信仰の軍団に変貌した。

 〈大征戦〉の中で解放した惑星の状況も、ローガーの信仰宣布の熱意を高めるばかりだった。長年の異種族支配や、絶えることのない戦乱のために、荒廃をきわめた惑星の人びとは、復興の核となる強い希望を求めていた。それは皇帝の推進する理性と科学では埋めることのできないものだった。ローガーはここに救世主たる皇帝への絶対の帰依を広めた。汝らを救いたる神のために務めよ、神の栄光を讃えるために闘うべし。神なりし皇帝の名のもとに、新たな都市が築かれ、文明が惑星上に復興していった。こうした民人たちの〈帝国〉への忠誠心は揺るぎないものとなったのだ。しかし、もはやこうした運動は〈帝国〉中枢に隠しようもないものとなっていた。

 破局は噂から始まった。第17兵団とともに戦った〈帝国〉の諸軍兵士の間に、彼らが宗教儀式を行っていること、その狂信的な熱意のことが語られはじめたのだ。迷信撲滅を誓った者たちが、新たな迷信に屈しているとすら噂されるようになった。〈帝国〉中枢にもこの情報は届いたが、数万光年を隔てて、千を超える艦隊、万を超える軍勢をふるって遂行される空前絶後の〈大征戦〉のさなかでは、それが本格的な追求に至ることはなかった。皇帝も大本営も、遠征軍の忠誠を信じて任せる他はなかったからである。

 ワードベアラー兵団の逸脱を白日の下にさらしたのは、征服の進捗度合であった。彼らによる征服は改宗を伴っていたため、他の兵団にくらべて格段に進行が遅かったのだ。第17兵団の遅滞はやがて無視できないレベルに達した。なぜ彼らだけこれほど時間がかかるのだ?と。調査団が送られ、真相が判明した。ワードベアラーの遅滞は、激しい抵抗によるものではなく、軍事的征服を達成した後も兵団がその惑星にとどまることによるものだった。惑星の宗教と社会資本を再建し、都市と神殿を建立することに時間をかけていたのだった。そしてそれらの都市と神殿は一様に、ひとつの信仰を奉じていた。人類の真正なる神、皇帝への信仰を。

 ついに皇帝は、ワードベアラーの宗教活動の停止を命じた。彼らの任務は、世俗的な〈帝国の真理〉による銀河統一であり、皇帝への個人崇拝を布教することではなかったからである。皇帝は自身が神として崇拝されることもさることながら、神なる皇帝への信仰を拒絶した者たちが異教徒として虐殺されていることを憂慮した。それは人類史の暗部のくり返しだったからだ。

 皇帝がこの問題について相談した相手は、慎重さと比類なき誠実さで名高い第13兵団総主長ロブート・グィリマンだった。2人の間で具体的に何が話されたのかは記録されていないし、グィリマン自身も語ろうとはしないが、このとき、グィリマンのウルトラマリーン兵団が問題解決の手段となった。ウルトラマリーンはその赫赫たる軍事的勝利と、何百もの惑星をしたがえた征服領域ウルトラマールの形成で名を馳せていた。彼らこそが〈大征戦〉の大義と推進を体現する存在であった。いわば、ウルトラマリーンは理念においても手段においてもワードベアラーの鏡像だったのである。

 勅命を受けたウルトラマリーンは、皇帝直属の黄金の近衛兵団と、帝国摂政マルカドール公とともに惑星クールに向かった。そこはワードベアラー兵団に忠実な星であり、首都モナーキアは神なりし皇帝を崇める市民の信心深さ、その大聖堂と記念碑の多さと壮麗さは銀河にまたと無い規模であった。派遣軍はこの宗教都市を完膚なきまでに破壊した。そして、総主長ローガーをはじめ十万人におよぶワードベアラー兵団の全員は、焦土と化したモナーキアに集められた。悲劇的な光景の中、彼らは皇帝自身によって譴責を受け、サイキック・パワーによって屈従を強制された。十万の膝は聖都の灰に埋もれた。神と信じた皇帝は怒り、神であることを否定し、そして人類を裏切ったと彼らを指弾した。皇帝が去った後、ローガーは衝撃のあまり立ち尽くし、深い苦悩に沈んだ。

 後の者は言った。このとき、全てが始まったのだと。

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 モナーキアの滅亡の後につむがれた第17兵団の歴史は2つある。ひとつは偽りの歴史である。皇帝の譴責に対してローガーがとった態度は隠遁だった。ワードベアラー兵団はしばらくの間、〈大征戦〉の表舞台から姿を消した。そして戻ってきた彼らは一変していた。それまでは征服の後も改宗に尽力したワードベアラーは、うってかわって迅速な征服を遂行する軍勢と化した。惑星は燃え、文明は滅び、屍の山と血の大河の中で〈帝国の真理〉が宣布されていった。皇帝は息子が更正したと喜んだ。誰の目にも、ワードベアラー兵団は贖罪者の怒りと決心でもって過去をつぐなおうとしている、かのように見えた。

 真実の歴史はこうだ。深い沈鬱に陥っていたローガーは、ひそかに渾沌を信仰していたコー・ファエロンとエレバスに勧められ、本当に信ずべき何者かを求めて、ワールドベアラーの一部隊とともに、後に〈恐怖の眼〉と呼ばれるようになる巨大な〈歪みの嵐〉のほとりにある惑星ケイディアへと向かった。この星に降り立った彼らをうやうやしく迎えたのは、野蛮な服装に身を包んだ原住民の一団だった。その指導者である女性はインジェセルと名乗り、自ら儀式を行って〈悪魔の公子〉に変身を遂げると、ワードベアラーの先遣隊を〈恐怖の眼〉の中へと導いた。

 〈恐怖の眼〉に入った先遣隊は、古代アエルダリ帝国の没落と渾沌神スラーネッシュの誕生を幻視した。インジェセルは彼らに“真相”を物語った。渾沌を崇拝したアエルダリはスラーネッシュを生み出したが、愚かにも無知と恐怖心から神を拒絶した。拒まれたスラーネッシュの悲しみは〈恐怖の眼〉の終わりなき大渦となって、アエルダリ帝国の生きとし生ける者を滅ぼし去ったのである、と。そして、人類がアエルダリと同じ滅びの運命を進まぬためには、正しく渾沌の信仰に導かねばならないとワードベアラーたちに語ったのである。

 生還したワードベアラーたちは、渾沌の祝福を受けて人と悪魔が混合した姿に変じていた。彼らはワードベアラーの特殊部隊ガル・ヴァーバクとして迎えられた。〈恐怖の眼〉で得られた真実の話を聞いた後、ローガーはケイディアを徹底的に爆撃してその原住民を全滅させた。他の者たちがこの〈原初の真理〉に触れることができないようにするためであった。しかし、ケイディアの歴史はここで終わりではなかった。〈ホルスの大逆〉の後、大逆者たちが逃げ込んだ〈恐怖の眼〉の門前に位置する戦略的重要性から、かつて渾沌信仰が栄えた謎の惑星ケイディアは、〈帝国〉最大の要塞となって渾沌の侵略を食い止める最前線となるのである。

 部下たちから啓示を受けたローガーだったが、まだ渾沌への信仰に傾倒したわけではなかった。それが本当に信ずる値するのかどうかを見定めるため、彼は〈原初の真理〉の神々自身に会うことを決意した。〈大逆〉の始まりと告げる〈着陸地点の虐殺〉から43年前、ローガーはストームバード・ガンシップに乗り込んで〈恐怖の眼〉に突入すると、古代アエルダリの〈老婆の星〉シャンリアサの地表に降下した。ローガーがここを調査地点に選んだのは、赤錆満ちる廃墟が残るこの惑星が火星のそれに似ていたからであった。ローガーには悪魔と化したインジェセルが付き従った。

 この赤い滅びの惑星で、ローガーはインジェセルと渾沌について対話をした。悪魔インジェセルは魂無き存在であり、それは〈歪み〉の生き物すべてがそうである。物質宇宙の生き物には魂が備わっている。物質宇宙の〈生まれるもの〉と非物質宇宙の〈生まれざるもの〉(ネバーボーン:悪魔)は、現実の両面であり表裏一体、いずれは渾沌の神々の力によってひとつに統合されるべきものである。今、ローガーが立っている領域は肉体と精神が融合する場所であり、物理法則はなく、無限の可能性がある。この無限の可能性こそが渾沌なのである。

「兄弟の中で唯一、道に迷える者である汝こそ、悟りによって自らの才を極め、それがゆえにあらゆる世界を意のままに変えることができよう」

 アエルダリの運命を問うたローガーに、インジェセルは答えた。スラーネッシュを生んだ彼らは死後、スラーネッシュに吸収されるのであると。そして、物質宇宙に生きるものは全て、死後、〈歪み〉たる永遠へと漂い出て、飢えし神々の裁きを受けることになるのだと。この〈原初の真理〉は人類の魂の奥底に深く刻み込まれているが故に、古来より信仰篤きものは神々の楽園にすまい、不信心者は悪魔の獲物となるのであるという教えがさまざまな形で続いてきたのであると。ローガーは、この言葉が故郷コルキスの伝統宗教のそれと同じであることに気がついた。真理はすでに皇帝より前にあったのだ。

 赤い惑星を進むローガーの前に、巨大な廃墟が現れた。それは〈没落〉の折に破壊されたアエルダリの〈方舟〉のひとりだった。スラーネッシュの誕生とともにこの巨船に住んでいた二万ものアエルダリが一瞬にして魂を奪われ、滅び去ったのである。そしてそこには、一万年以上の歳月を経ながらもいまだ息のあるアエルダリの神の化身が埋もれていた。その無惨な姿に、インジェセルは告げた。神もまた死ぬのだと。ローガーはこの〈カインの化身〉を自らのクロジウス槌で砕いて滅ぼすと、悪魔にたずねた。未来はどのようになるのかと。悪魔は答えた。未来は戦火の中で終わるだろうと。ローガーは未来を見せるよう悪魔に命じた。

 次の瞬間、ローガーは驚くべき場所に転移していた。それは地球の帝殿の中枢にある〈永遠の門〉であった、皇帝の聖域と外部とを隔てる最後の巨大な扉である。そこではすさまじい死闘が繰り広げられていた。何千人ものスペースマリーンが戦い、斃れていった。黄色い鎧に身を包んだローガル・ドルンのインペリアルフィスト兵団が、見たこともない深紅の鎧の兵団と戦っていた。ローガーは悟った。この深紅の兵団こそが自身のワードベアラーの未来の姿であることを。本来の灰色の鎧が鮮血の深紅に染まっていたのだ! インジェセルは厳かに告げた。ワードベアラーが深紅をまとったことこそ、人類に不可避な変貌の先触れであるのだ。もはや彼らは〈皇帝の言葉を運ぶもの〉ではなく〈ローガーの言葉を運ぶもの〉であると。

 そして再びローガーは転移した。今度は名も知らぬ惑星に。インジェセルは神々がローガーを招いたのだと言った。運命の糸は今この瞬間に向かってつむがれた。ローガーが今ここに至るために編まれたのだ。ローガーは咆えた。なぜ私なのかと。なぜホルスやグィリマン、サングィニウスやローガー、あるいは赤のマグヌスではないのかと!

 その叫びとともに、最後の幻視が現れた。

 気がつくとローガーは、慣れ親しんだ街に立っていた。勉学のためにしばらく住んだサウザンドサン兵団の聖都ティサである。しかしそこは完全に荒廃していた。インジェセルは告げた。これが来たるべき戦争の定めであると。ローガーは拒んだが、これこそがマグヌスが皇帝と兄弟に裏切られて悟りを啓く最終的な出来事であることを告げられた。彼は都を〈歪み〉の中へ瞬間転移させるのである。そして〈恐怖の眼〉の中で、ローガーがはじめた戦争に参じる軍備を整えるのである。しかしその戦争を率いるのはローガーではない。戦争は渾沌の真理を〈帝国〉にもたらすためのものである。ローガーは神々を求めてやってきた。そして神々を見つけた。むしろ神々がそう仕向けたのだ。神々の目は今や人類に向けられている。人類は神の真理を受け入れなければならない。魂もつものと持たぬものの均衡の取れた調和を。さもなくば愚かなアエルダリと同じ滅びの運命をたどるだろう。神々は人類を求めている。なぜなら人類なくして神々は物質宇宙を統べることができないからだ。信仰と祈りの声なきところに神々は現れることができない。それゆえに、皇帝の〈真理〉は渾沌にとって最悪の脅威なのである。

 皇帝にまっこうから立ち向かうことを怖れるローガーに、渾沌はインジェセルを通して戦い方を教えた。信心篤き者を集め、惑星をひとつずつ解放し、逆らう者はワードベアラーのもとに幽閉し、そして集まった者たちとともに忠誠なる教団を作る。多くはワードベアラーの成員となり、奉仕者となるだろう。兄弟たちもまた、真理に触れることで皇帝に対して武器をとるだろう。〈帝国〉は人類をゆっくりと殺す癌であり、打ち倒さない限り、待っているのは悲惨な滅亡しかないのだ。ワードベアラーは人類のために戦い、真理のために死ぬのである。信仰と鋼鉄によって異種族を打ち払い、人類の未来を築かなければならない。それが世の道理であるのだ、と。

 ローガーは、この破壊されたティサにいるはずのマグヌスとの面会を望んだ。インジェセルはそれはできないと警告したが、彼は制止を振り切ってマグヌスが住む巨塔の頂に登っていった。果たしてそこにマグヌスはいた。しかし彼は惑星プロスペロの滅亡後、ローガーの現実時間からすれば五十年近く未来の姿であるにもかかわらず、何百才も年老いたように見えた。マグヌスは、自分の知る燃えるような狂信の眼光をもたぬローガーを、渾沌のゆらぎが見せるただの幻影だと考えた。ローガーは自分が幻影ではないと懸命に説明したが、マグヌスを怒らせるばかりであった。〈真紅の王〉は魔力でローガーを自分の領地から吹き飛ばした。

 ローガーは再びシャンリアサに戻された。かろうじて立ち上がった彼の前には、瀕死のインジェセルが横たわっていた。マグヌスの妖術からローガーを守ったことで力を使い果たしたのである。インジェセルはローガーに告げた。

「汝は神々に選ばれたる者。なぜなら、汝ひとりだけは力ではなく理想ゆえに、人類の未来のために渾沌を求めたからだ。それゆえ、汝は全く私心なき者なり」

 そこに、突如として虐殺の神コーンの下僕である〈血に餓えたるもの〉(ブラッドサースター)の巨体が顕現した。渾沌のうち最も恐ろしい神は、総主長の資質をためすべく闘いを挑んできたのである。ローガーは必死に防戦し、満身創痍になりながらもブラッドサースターをしりぞけた。

 続いて現れたのは、双頭の巨鳥の姿をした変化の神ティーンチのしもべ〈運命をつむぐもの〉カイロスであった。この〈ティーンチの卜占〉は、ローガーに最後の選択を迫るべく現れたのだ。カイロスは予言した。戦争の未来に、惑星カルスにてローガーは個人的栄誉か神の定めた運命かどちらかを選ぶことになるだろう、と。兄弟グィリマンを斃す千載一遇の機会が訪れる。そのときウルトラマリーンの総主長を殺せば、ローガーは将帥としての尊敬を同胞たちから得られるだろう。しかしそれは最終的な敗戦に至る選択である。グィリマンを生かすことで、ローガーとワードベアラー兵団は聖都モナーキアの恨みを晴らすことはできないが、そうすることで人類を渾沌に目覚めさせる可能性は増大する。

 自らが秀でたものであることを証し立てる勝利か、それとも将来の勝利のための耐えがたい恥辱か。そのどちらかを選ぶときがやってくるというのだ。カイロスの二つの首は常におたがいに矛盾したことを告げると言われているが、このときは、両方の首が同じ予言をローガーにくだしたのである。懊悩する総主長を残して、ティーンチの大悪魔は姿を消した。

 ローガーはインジェセルに今のは本当かとたずねた。答は「全てが本当か、あるいは全ては本当ではない」というものだった。渾沌の神々はその真実をローガー自身に目撃させようとしているのだ。ローガーは心を決めると〈恐怖の眼〉の数多くの惑星と領域を見て回った。そこには人類の宗教や神話が語る天国も地獄もあった。皇帝の野心が阻止されなければ人類にどのような運命が待っているかも見た。惑星がいかに変容するかを見て〈歪み〉が人類にもたらす賜物について考えた。肉体と精霊の合一についても。

 そして最後にローガーが求めた者は、渾沌が敗北した銀河の未来の姿であった。まもなく〈恐怖の眼〉の深奥、渾沌の領域の奥津城にてその全てを見たローガーは、渾沌への揺るがざる信仰を獲得して〈帝国〉へと戻っていったのである。

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 渾沌に転じたローガーは、コー・ファエロンを〈信仰の主管〉に任じて、ワードベアラー兵団全体の改宗を推し進めた。結果、ワードベアラーはいずれか一つの神ではなく、〈分かたれざる渾沌〉としての禍つ神々全体を崇拝するに至った。兵団の改宗が終わると、続いて首席教戒官エレバスを中心に、大元帥ホルスを渾沌の陣営に引き入れる策謀が進められた。この間、ワードベアラーは真の信仰対象をひた隠しにした。狂信的なまでの熱意でもって〈大征戦〉に邁進する彼らの本心は、銀河人類に渾沌の真理を広めることにあった。

 大元帥ホルスはワードベアラーの奸計を通して渾沌の信仰に転じると、皇帝に対して公然を反旗をひるがえす前に、ひとつの策謀を実行に移した。おそらくは最強の敵となるであろう総主長グィリマン率いるウルトラマリーン兵団を、銀河の東部辺境宙域から襲来するオルクの進撃に備えるためと称して、兵団本領ウルトラマールの中にある惑星カルスに向かわせたのである。ウルトラマリーンはこの星でワードベアラー兵団と合流して、グリーンスキンどもに対する征伐をはじめる手はずであったが、もちろん、それは罠であった。ローガーの腹心エレバスとコー・ファエロンは、かつて聖都モナーキアを滅ぼした者たちへの復讐を遂げるときは今と猛烈な勢いでカルスに攻め込んだのである。

 惑星カルス軌道上でワードベアラーの奇襲を受けたウルトラマリーンの艦隊はあえなく壊滅し、すでに地上に降りていた忠誠派のスペースマリーンたちも、上空から核攻撃を受けた上、直前まで味方と信じていた大逆者たちによって虐殺された。しかし、エレバスらの想定に反して、総主長グィリマンの旗艦はかろうじて生き残っていた。グィリマンは艦の修理を急ぐとともに、本拠惑星マクラーグにアストロパスによる急報を送った。

 カルス地上でかろうじて生き残ったウルトラマリーンたちの多くはカルスの出身者だった。彼らは数で劣る中、カルス地下に広がる広大な洞窟網に退避して、粘り強い抗戦を続けたのである。宇宙空間ではグィリマンの残存艦隊が、ワードベアラーの大艦隊に対して一撃離脱作戦を敢行しながら、地上の味方との連絡を保ち続けた。凄絶な持久戦の天秤はついに忠誠派に傾いた。マクラーグからの増援艦隊が到着して、激戦の末、ワードベアラーの艦隊を撃退したのである。

 しかし大逆者は報復を忘れなかった。カルスを照らす恒星ヴェリディアンを砲撃して不安定化させ、カルス地表を放射線による不毛の大地に変貌させた。さらに、死闘で流された血と苦痛を糧に巨大な〈歪みの嵐〉…〈破滅の嵐〉(ルインストーム)を召喚すると、ウルトラマール領域全体を孤立させたのである。これによって、総主長グィリマンとウルトラマリーン兵団は地球救援に向かうことが難しくなったのだった。

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 配下をカルスで戦わせる一方で、ローガーはワードベアラーの別働隊を率いて〈影の征戦〉と呼ばれる作戦を実行に移した。これは総主長アングロン率いるワールドイーター兵団と協力して、ウルトラマール領域中枢へと侵攻する大作戦であった。この両兵団による殺戮と征服はすさまじく、何十もの惑星が一夜のうちに血の雨の中で滅ぼされた。

 この〈影の征戦〉の虐殺もカルスから始まった〈破滅の嵐〉の力となった。また、この遠征の中でローガーはアングロンの破滅を予見し、彼が故郷惑星ヌケリアで総魔長へ変身するに至る道筋をつけることになる。

 カルスの闘いと〈影の征戦〉によって仇敵グィリマンとウルトラマリーンを痛めつけたワードベアラーとワールドイーターの両兵団は、ホルスと大逆軍主力に合流すると地球へと殺到した。その闘いと敗北の顛末は、すでに語られた通りである。

 〈ホルスの大逆〉終結後、ワードベアラー兵団もまた〈恐怖の眼〉に退いていった。そしてローガーは、〈分かたれざる渾沌〉の総魔長として永遠の命と無尽蔵の力を渾沌の神々から与えられることになった。

 以来一万年、ローガーは自身の領する悪魔惑星に隠棲して、渾沌の真理について瞑想を続けていると言われている。ワードベアラー兵団の統率は、エレバスらをはじめとする暗黒の司祭たちによって行われており、暗黒の神々の名のもとに〈帝国〉に信仰の闘いをしかけている。ローガーが追求した真理を銀河に広めるためには、ワードベアラーたちによって幾億幾兆もの生命が散らされなければならないのだ。

(了)



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