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大逆の物語(9)パーチュラーボ

 鉄の王、打ち砕く者、〈オリンピアの鉄槌〉と呼ばれるパーチュラーボは、〈鉄の戦士〉アイアンウォリアー兵団の総主長である。冷徹な戦士であり、科学と論理に熟達したその戦いは、精密であるがゆえに省みられることなく、やがて堕地獄の道を転落することになる。

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 パーチュラーボの生育ポッドが落下したのは、オリンピアという名の惑星であった。幼児は原野の中で生きのび、やがて巨獣を斃す謎めいた放浪者という噂が住民の口の端にのぼるようになった。彼が実際に発見されたのは、都市国家ロチョスのそびえる山岳を登っているときであった。少年にはそれまでの記憶がなかったが、衛兵はひと目見てこれは尋常な子どもではないと思い、主君であるロチョスの僭主ダンメコスに引き合わせた。ダンメコスはその超人的な力と技に感銘を受けて少年を引き取り、家族として養育した。このとき、王と少年との間には、忠誠の見返りに保護を与え、与えられるかぎり最高の軍事教練と学問を受けられるという誓約が取り交わされたという。

 王の宮殿で高度な教育を受けた少年はしかし、人を信じることがなかった。ダンメコスは多くの時間を共に過ごしたが、親愛の情を少年から得ることはついになかったという。オリンピアの住民たちからも、少年はひどく冷淡で陰鬱な人物と見られるようになった。

 このような異常なまでに人を信じない性格は、幼年期のとある体験が原因だったと伝えられている。それは、少年が雨の中を山頂までよじのぼり、疲れ果てた目で天空を見上げたときに、その片隅に見たこともないような奇怪な星雲を目撃したというものだった。僭主の衛兵たちにその星雲についてたずねても、誰もそんなものを見てはいなかった。しかしパーチュラーボの生涯を通して、この天空の“大渦巻き”は総主長を見下ろし続けた。そして彼はあたかもそれがいつでも自分を値踏みし、一挙手一投足を見張っているように感じ続けたのである。この冷徹な監視のもとでの暮らしが、彼の冷ややかな性格を形成したのかもしれない。総主長がこの体験について他人に語ることは一度もなかったが、およそ二百年後、パーチュラーボは運命的な星雲の正体を知ることになる。

 成年に達した少年は、自分の成人名を選んだ。それは高名な先祖の名をとるオリンピアの慣わしにはしたがっていなかった。人類の没落以前の古文書から彼自身が解読した名、それがパーチュラーボという名であった。その本当の意味についてはついに彼の口から明かされることはなかった。若きパーチュラーボは傑出した将軍に成長していた。ダンメコスは強力な君主であったが、それゆえに四方を敵に囲まれていた。ダンメコスの敵は今やパーチュラーボの敵となった。

 勝利を重ねるパーチュラーボの名声は伝説的なものとなり、傭兵などの戦争を生業にする者たちが競って彼のもとに参じた。だが、パーチュラーボがダンメコスに献じたのは軍事的勝利だけではなかった。それは超人的な知性からもたらされる驚くべき発明の数々であった。オリンピアの学問と技術を吸収したパーチュラーボの工房からは、絶え間なく設計図と新発見が生み出された。それは革新的な機械から建築法、生産方法、そして医療や天文学にまで及んだ。しかし彼の才能が最も発揮されたのは軍事技術の分野だった。〈オリンピアの鉄槌〉という不気味な異名を得た彼は次々と新兵器を短期間で造り出し、その猛威の前に敵も味方も等しく膝をついたのである。

 パーチュラーボの軍事的勝利は平和をもたらしはしなかった。支配が広がるにつれ、内なる敵の脅威もまた高まっていった。暗殺者の刃と毒薬である。ロチョスの覇権はただひとりパーチュラーボの力によるものと考えた他の君主たちは、彼に数多くの陰謀をしかけた。パーチュラーボを友とも家族とも呼ぶ人びともまた、内心では嫉妬と憎悪をつのらせていた。一方、パーチュラーボ自身は誰よりも強健な肉体と明敏な知性を持ちながら、政治や宮廷謀略のたぐいにはほとんど興味を示さなかった。超然として誇り高く、敵にも味方にも近づかない彼の在り方は、当時の伝説や描写では血塗られた容赦の無い将軍として語られている。慈悲など知らず、侮辱には暴力をもって応える恐るべき人物であると。鋼鉄の仮面をかぶった処刑人がパーチュラーボの紋章であった。違背者は死をもって処断されるという脅しであった。

 パーチュラーボはすでに自分の主君を打倒して、自ら僭主になる力を獲得していたが、そうしようとはしなかった。彼は最初にダンメコスと交わした誓約を自分から破る気は無かったのである。あるいは、誓約を守り続ければ、やがてダンメコスは奢侈と栄光の中で平和に死に、全オリンピアが自然に自分の手に入ることを見越していたのかもしれない。だが、パーチュラーボが実際に惑星を我が物にしようと考えていたかどうかは、もはや憶測の域を出ない。皇帝が到来したからである。

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 人類の皇帝がオリンピアにやってくると、パーチュラーボはすぐさまその召還を受諾して忠誠を誓約した。自分が超人として創造されたことを推測していた彼は、いつの日か創造主が自分を取り戻すためにやってくることを半ば予期していたからである。ロチョスの老僭主ダンメコスは養子を手放す見返りに、〈帝国〉支配の下で惑星オリンピアの総督に任じられた。

 地球に戻ったパーチュラーボは、赤のマグヌスと親交を深め、共に〈不和の時代〉より前の地球文化の研究に勤しんだ。天性の発明家である彼にとって、人類の絶頂期の知識は羨望するに足るものだったからである。総主長たちの中で、科学と技術の知識について最も優れていたのは、パーチュラーボだったと言われている。

 スペースマリーン第4兵団を任されたパーチュラーボは、この新たな軍勢の戦闘記録を精査すると、驚くべき手段で兵団の鍛錬と綱紀粛正にとりかかった。総主長の期待を裏切る結果を出した兵団員たちは、くじ引きによって自分たちの中から十人につき一人を選び、撲殺するよう命令されたのである。この容赦の無い粛正によって〈鉄の戦士〉アイアンウォリアー兵団は生まれ変わった。無慈悲にしてためらうことなく、賞賛も好意も求めない。常に全身全霊をかけ、失敗は決して許されない。それこそが鋼鉄の兵団の優越性を証明する唯一の道だとたたきこまれたのである。

 あまりにも非情で苛烈な鍛錬と粛正は、他の総主長の間からパーチュラーボの資質への疑問の声を生んだ。特にロブート・グィリマンは、勇敢な戦士たちを無益に殺すやり方は容認できないと批判してパーチュラーボと対立した。皇帝はなんら裁きをくだすことはなかったが、グィリマンとパーチュラーボとの間には抜きがたい反感が残ることになった。

 そして惑星オリンピアは、アイアンウォリアー兵団の本拠惑星として総主長パーチュラーボの支配するところとなった。総督ダンメコスは廃位され、残り少ない晩年を権力奪回のはかない闘争に費やすことになった。この老僭主の怒りはやがてオリンピアの住民の間に〈帝国〉への反感を育て、やがてパーチュラーボとアイアンウォリアー兵団にとって災厄をもたらすことになる。

 科学技術に造詣の深かったパーチュラーボは、火星の機械教団との間に良好な関係を築いた。オリンピアの軌道上には、教団の支援を受けて、巨大で高度な軌道施設と製造工場が建設された。その施設の多くは、征服された惑星からサルベージしたものだった。こうして、確固たる根拠地を星団規模でつくりあげたアイアンウォリアー兵団は、〈大征戦〉において要塞攻略戦の達人として名をはせることになった。人類の手になるものであろうと異種族の籠もる巣であろうと、アイアンウォリアーによって攻め落とせない要塞はないとまで言われたのである。無慈悲で効率性の権化である彼らによって、あらゆる敵拠点は血の海に沈んだのだ。

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 まもなく、アイアンウォリアー兵団は敵が根拠地に籠もって頑強に抵抗する戦場に、切り札として派遣されるようになっていった。しかしこれは兵団の性格に好ましからざる影響を与えていった。一般に要塞攻略戦は、長期にわたる退屈で英雄的行為に乏しい消耗戦である。アイアンウォリアーはこの退屈を発散するために、最終的に敵の防備を突破する強襲を待ち望み、荒々しく敵に襲いかかる白兵戦の軍団となった。

 その一方で、当然ながら要塞建設にも長けていたアイアンウォリアーは、攻略した惑星に新たに自前の要塞を造っていった。こうした拠点には少人数のアイアンウォリアーが駐留したため、占領地域が広がるにつれて、兵団の戦力は分散して目減りしていった。ひどいときには、一億人以上の住民をかかえる惑星をたった十人のアイアンウォリアー分隊がカバーするようなことも起きた。

 パーチュラーボはこうした栄光に乏しい任務であっても反発することなく受け入れたが、兵団の士気は目に見えて衰えていった。疲弊した戦士たちが鬱屈を爆発できるのは、もはや要塞の壁を打ち倒す突撃のときだけだった。まもなく、アイアンウォリアーは敵の防衛部隊を一人残らず殺戮することで恐れられるようになった。

 パーチュラーボと他の総主長との仲も悪化の一途をたどった。特に、地球の防衛を任されているインペリアルフィスト兵団の総主長ローガル・ドルンがその難攻不落の防備を誇るたびに、パーチュラーボは内心に反感を抱えていった。レイブンガード兵団のコラックスはすばやい急襲戦術を得意にしていたため、アイアンウォリアーの消耗戦術を受け入れがたいものとして非難するようになった。幼い頃より抜きがたい人間不信を持つパーチュラーボは、このような冷え込んだ関係を修復しようとはしなかった。

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 アイアンウォリアー兵団の幻滅を特に深めた戦いが〈サクトラーダの深淵〉戦役だった。異種族フルド族を殲滅するためのこの戦いは、パーチュラーボから見るとさして重要でもない惑星での無益な戦いでしかなかったが、長期にわたる消耗戦に陥り、兵団に甚大な損害をもたらした。そして、戦争の最終局面で、惑星を脱出しようとしたフルドの大船団はアイアンウォリアー艦隊の包囲網を突破するために〈時間の衝撃波〉を解き放った。兵団艦隊のただ中で時空が裂け、多数の艦艇が消滅。パーチュラーボの乗艦〈アイアン・ブラッド〉も大破した。総主長はかろうじて生き残ったが、この惨劇を引き起こしたのは、皇帝そのひとの傲慢さに他ならないと考えた。その鋼鉄の忠誠心に亀裂が入ったのである。

 武勲もない駐留任務に縛られ、〈サクトラーダの深淵〉戦役のような無益な戦いを強いられていると不満をつのらせていたアイアンウォリアー兵団とパーチュラーボにとって決定的な転換点となったのが、故郷惑星オリンピアで発生した反乱であった。

 僭主ダンメコスはすでに死亡しており、その権力の空白をめぐって都市国家間の争闘が再開していた。パーチュラーボはただちに兵団を率いてオリンピアに急行した。そして、各都市に十人につき一人を殺すよう命じた。もし逆らえば皆殺しにすると。多くの都市は拒絶し、文字通り殲滅された。アイアンウォリアー兵団自身が建設した要塞もひとつずつ落城し、守備隊は全員殺戮された。この大虐殺に加わることを拒否したアイアンウォリアーもまた同じ死の運命をたどった。この結果、五百万人のオリンピア人が死亡し、残りの住民は奴隷に落とされた。故郷の滅亡を、パーチュラーボは冷淡に見守った。だが、遺骸を燃やす壮大な炎があがったとき、アイアンウォリアーたちは自分が何をしでかしたのかを悟った。彼らはもはや〈帝国〉臣民の守護者ではなく、その虐殺者となり果てたのだ。パーチュラーボは、この凶行を皇帝は決して許さないだろうと考え、絶望した。

 しかし、皇帝による処罰はやってこなかった。オリンピアの事件の知らせが広まる前に、アイアンウォリアー兵団に別の命令が伝えられた。それは、イストヴァン星系に向かえというものだった。彼らがオリンピア鎮圧を行う間に、銀河の情勢は大きく変わっていた。大元帥ホルスが秘密裏に皇帝に反旗をひるがえし、フルグリム、アングロン、モータリオンが呼応した。スペースウルフ兵団は惑星プロスペロでサウザンドサン兵団を壊滅させ、赤のマグヌスは失意のうちに渾沌の領域へ逃走した。〈ホルスの大逆〉が勃発したのである。

 故郷を滅ぼし絶望に沈むパーチュラーボに、ホルスは手を伸ばした。皇帝の欺瞞を訴え、その虚栄の打倒を持ちかけたのである。パーチュラーボとアイアンウォリアー兵団はその手を取り、大逆者となることを選んだ。

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 イストヴァン第五惑星で〈着陸地点の虐殺〉が起こると、パーチュラーボは兄弟たる三人の総主長たちをだまし討ちにした。そして、この裏切りによって斃れた総主長フェルス・マヌスが遺した戦槌〈鍛冶場砕き〉はホルスによってパーチュラーボに贈られた。この贈り物が、大元帥とパーチュラーボとの間に新たな誓約となったといわれているが、実際にパーチュラーボをホルスに結びつけたのは、自分が犯した凶行への許しを大元帥が与えたことだった。

 イストヴァン星系での戦いの後、パーチュラーボは憎きインペリアルフィスト兵団への攻撃にとりかかった。ファル星系と惑星ヒドラ・コルダトゥスでドルンの軍勢と戦ったパーチュラーボは、フルグリムに誘われてアエルダリの滅んだ惑星イドリスに向かった。それは古代兵器を持ち帰るためだと思われたが、実はフルグリムが悪魔に転生するために仕組まれた謀略であった。

 しかしこのとき、パーチュラーボは若い頃から自分を悩ませてきた天空の“大渦巻き”を目の当たりにする。それは、宇宙に開いた巨大な異次元の裂け目であった。そのただ中に、アエルダリの惑星は存在していたのである。パーチュラーボはこの大いなる渾沌の亀裂を〈恐怖の眼〉と呼んだ。それは自分を絶えることなく見下ろしてきた奇怪な星雲への彼の思いを表したものだった。そしてこの呼称は〈ホルスの大逆〉の時代を超えて、〈帝国〉が大渾沌領域を呼ぶ名として定着する。

 フルグリムの魔手からかろうじて生きのびたパーチュラーボとアイアンウォリアー兵団だが、渾沌の領域に閉じ込められてしまった。彼らは最後の試みとして〈恐怖の眼〉の中心に逆巻くブラックホールへと艦隊ごと飛び込んだ。はるかな距離を超えて大逆の兵団が出現したのは、〈嵐の宙域〉にある農業惑星タラーンであった。そこにパーチュラーボはアエルダリの至宝〈黒い円眼〉が隠されていることを知る。

 次元を超え、悪魔との契約をも可能にするというこの宝を手に入れるため、アイアンウォリアーは惑星攻略を敢行。緑豊かな惑星にウィルス爆弾を降らせ、またたくまに砂漠の星へと変えてしまった。しかし地下壕で生き残ったタラーンの生存者たちの抵抗は熾烈で、まもなく〈帝国〉から増援が到着すると、戦いは大量の装甲車両が地響きと砂埃をあげて砂漠を驀進する壮大な消耗戦となった。この〈タラーンの戦い〉は、〈帝国〉史上最大の戦車戦として記録されている。パーチュラーボはついに至宝を獲得できず、ホルスからの命令によって撤退を余儀なくされた。

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 タラーンの後、アイアンウォリアー兵団は地球に進撃するホルス主力軍のしんがりとして、〈破滅の嵐〉を突破しようとするグィリマンのウルトラマリーン兵団の急進を迎え撃った。だが、ウルトラマリーンによって主要な補給線を奪取された大逆軍は苦境に陥り、アイアンウォリアーは充分な物資も増援もなく、広大な戦場でばらばらに戦わざるをえなくなった。その様子は皮肉にも、彼らが皇帝に反逆するに至った戦況によく似ていた。

 〈ホルスの大逆〉の最終局面で、パーチュラーボはアングロンからウラノール星系への集結を伝えられた。多くの同胞を後に残すことに後ろ髪を引かれながらも、パーチュラーボは手持ちの軍勢を率いて急行し、ワールドイーター兵団とともに運命的な〈地球の戦い〉に向かった。

 帝殿では、因縁深いインペリアルフィスト兵団と総主長ドルンが、パーチュラーボを待ち受けていた。だが、両者の優劣がこの戦いで決したのかどうかは定かではない。ホルスが皇帝によって殺され、大逆軍は敗退したからである。

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 〈大逆〉は終わったが、パーチュラーボはインペリアルフィスト兵団への戦いを止めなかった。彼はセバスタス第四惑星〈永久要塞〉と呼ばれる長大極まる大要塞を建設して、ローガル・ドルンを挑発した。ドルンは決闘に応じる気持ちで攻略にやってきたが、兵団を待ち受けていたのは狡猾極まる死の罠だった。大要塞の巧みな構造によって分断されたインペリアルフィストは各個撃破されていき、ウルトラマリーン兵団が救援にやってきてアイアンウォリアーを撤退させたときには、その後二十年近くにわたって戦闘不能になるほどの甚大な被害を受けていた。この〈鉄檻の戦い〉で四百名ものインペリアルフィストの遺伝種子が暗黒の神々に捧げられ、この功績によってパーチュラーボは〈分かたれざる渾沌〉の総魔長に昇格したと言われている。

 この後、アイアンウォリアー兵団は〈恐怖の眼〉へと退き、悪魔惑星メドレンガルドを本拠とした。ここには無数の塔が立ち並ぶ巨大城塞〈憎悪の要塞〉が建設された。また、〈地球の戦い〉の直前に後方戦線に残された兵団員たちは、拠点を渾沌の要塞に変えて〈帝国〉への抵抗を続けたのである。

 以来一万年間、パーチュラーボは〈恐怖の眼〉をとりまく〈帝国〉の防備を見張り、狂信者たちを斥候として銀河に放ってきた。そして〈第十三次黒き征戦〉によって〈大亀裂〉が生まれた今、アイアンウォリアー総魔長は〈帝国〉の要塞を突破する大戦略を実行に移そうとしているのだ。

(了)

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