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大逆の物語(2)ホルス

 大逆の大元帥ホルス・ルペルカル。その名を一万年先に至るまで永遠に呪われたものとした総主長は、かつて皇帝に最も信頼された武人であった。その転落の伝説は、〈帝国〉最大の悲劇である。

 渾沌の神々によって拐かされた幼児ホルスのカプセルが落着したのは、採掘惑星クトニアであった。ここは地球から亜光速航行で到達できるほど近い星系に位置していた。その近さゆえにごく初期に入植が行われたクトニアは、紀元30千年紀の終わりにはすでに資源の枯渇した星となっていた。若きホルスはこの荒れ果てた惑星の都市と原野を席巻する凶暴なギャングたちの間で、戦いと殺戮を学んで育ったといわれている。

 〈大征戦〉に乗り出した皇帝が最初に見つけた総主長が、ホルスであった。ホルスは第16兵団〈月狼〉(ルナ・ウルフ)を任され、クトニアのギャングたちはその多くが戦闘能力をかわれて、スペースマリーンとして編入された。

 三十年にわたり、皇帝とホルスは〈大征戦〉の始まりを告げる戦争で肩を並べて戦った。ホルスは文字通り、皇帝自身から薫陶を受けたのである。

 皇帝が他の総主長を迎えるために陣を離れると、後を任されるのはいつでもホルスであった。ひとりずつ総主長たちが皇帝のもとに帰還する中で、ホルスは常に最も優れた「皇帝の息子」、「同等なる者の第一位」として尊敬を集めた。配下のルナ・ウルフ兵団も二百年にわたって栄光ある勝利を重ね、鉄火でもって人類に立ちふさがる闇を打ち払っていった。ホルスの戦略眼と指揮能力は伝説となり、他の兵団からの敬意も比類ないものとなっていった。

 ホルスは天賦の名将だった。互いに性質の異なる軍勢をひとつにまとめ、共通の目標に向かって邁進させることにかけて、彼の右に出る者はいなかった。人間心理に通じ、相手の強みと弱みを正確に分析することのできるホルスは、時にはそのカリスマと交渉術によって、戦うことなく相手の惑星を屈服させることすらあったのである。また、複数のスペースマリーン兵団を適材適所に用い、そこに常人たちの軍勢〈帝国軍〉(インペリアルアーミー)をたくみに組み合わせることもできた。

 ホルスを頂点として、互いにライバル意識をもって競い合う総主長たちの構図は、こうした中でつちかわれたのである。しかしそれは後に兄弟間の尽きせぬ憎悪の原因となってしまうのだが。

「汝、息子のごとき者よ。我らは共に銀河制覇の目前にまで至った。今や余が地球にしりぞく時が来た。戦士としての我が務めは今や汝の務め。余には地球の聖域にてなさねばならぬ使命があるがゆえ。汝を大元帥に任じよう。爾来、我が全軍と全将帥は、我が勅命のごとく汝が号令に従うであろう。しかし留意せよ。汝が兄弟たる総主長は、意志と思考と活力において剛き者たち。彼らを変えようとしてはならぬ。彼らの特質をよく用いるのだ。汝の務めは多い、いまだ解放せねばならぬ惑星は数多く、救わねばならぬ臣民は数多ある。余の信頼は汝とともにある。ホルスを讃えよ! 大元帥を讃えよ!」
『ウラノールの勝利に際して皇帝曰く』

 〈大征戦〉で最も輝かしい勝利、その絶頂期は、ウラノールの勝利であった。〈帝国〉が遭遇した中で最大最強のオルク帝国ウラノールとの戦争は、十万人ものスペースマリーン、八百万人におよぶ〈帝国軍〉将兵、そして何千隻にものぼる宇宙艦隊を投入した空前絶後の大戦役であった。これほどの兵力に立ち向かったオルクの大群は、第41千年紀をゆるがす第三次アルマゲドン戦争が起こるまで見られなかったほどである。

 オルクの大酋長ウルラック・ウルクが斃され、根拠地ウラノール・プライムが陥落すると、皇帝は地球奥深くの研究所で秘密プロジェクトに着手するべく、〈大征戦〉の遂行と全軍の指揮権を信頼あついホルスに譲り渡した。以後、ホルスは〈大元帥〉(ウォーマスター)と呼ばれるようになる。そして、ホルス率いる第16兵団を総主長の名を讃えるべく〈ホルスの息子たち〉(サン・オブ・ホルス)兵団と改称した。なお、ホルスはこのような待遇は、他の総主長たちと同等という立場を揺るがすとして拒んだため、その後も普段はルナ・ウルフの名が使われ続けたという。

 しかし、皇帝が地球に隠遁したことは、総主長たちの間に不満を生んだ。「皇帝の息子」たちは、心の奥底で父に見捨てられたと感じたのだ。皇帝がプロジェクトの内容を彼らに明かさなかったことも、大きなしこりとなって残った。これが反逆の種となる。

 また、大元帥という特別な立場は、ホルスの思いはどうあれ、彼が兄弟たちの上に立つことをはっきりさせてしまった。兄弟の中でもサングィニウスやローガー、フルグリムはホルスの任命に大いに賛同したが、アングロンやパーチュラーボは新体制に怒りを募らせた。

 ホルスはこうした兄弟たちの異なる姿勢、お互いのライバル意識を調整して噴火させないために心を砕くようになった。この頃のホルスが特に信頼を寄せたのは、岩のように堅固な決断力と持つグィリマンとドルンだったという。それは、優秀な弟たちに真摯に相談する兄のような姿であった。

 破滅は次のようにして始まった。総主長ローガー率いる〈言葉を運ぶ者〉(ワードベアラー)兵団の首席教戒師エレバスは、〈大征戦〉の末期、すでに渾沌の信奉者に堕落していた。兵団が皇帝崇拝のために建立した聖地が、皇帝自身の逆鱗に触れて破壊された後、迷えるローガーとワードベアラーたちは渾沌の領域に分け入って、“真の神々”を発見していた。そして、渾沌の神々の導きにしたがい、全人類を渾沌崇拝に落とすための大計画に着手したのである。エレバスはその尖兵であった。

 エレバスは言葉巧みにホルスに取り入り、その側近になりおおせた。そして、ホルスの耳に皇帝への不信を次第に植え付けていった。また、大元帥の忠臣たるルナ・ウルフ兵団の重鎮たちにも、彼らの総主長への絶対忠誠を利用して、皇帝への叛心を育てていったのである。

 この謀略の仕上げは、野蛮惑星ダヴィンで行われた凶行であった。渾沌に誘惑されて〈帝国〉に反旗をひるがえしたこの惑星を制圧すべく出陣したホルスは、その戦いの中で重傷を負ってしまう。その傷を負わせた異種族の妖剣は、エレバスによって盗み出された疫病神ナーグルの聖宝であった。穢れた剣で傷つけられた大元帥には、いかなる高度治療も功を奏さず、もはやホルスの死は確実と見られた。

 そのとき、エレバスはルナ・ウルフ兵団の者たちを説得して、瀕死の大元帥を惑星ダヴィンの秘密教団のもとに運ばせた。このころには、エレバスの策謀によって、ルナ・ウルフを中心として他の兵団のマリーンも参加する「戦士団」が形成されていた。この戦士団はやがて大逆の折に、他の兵団に裏切りを広める媒介者としてはたらくことになる。そしてこの戦士団には惑星ダヴィン出身の者も多く含まれていた。彼らの協力によって、ホルスは邪教の神殿にて渾沌の魔術をその身に受けることになった。

 この儀式によって、ホルスの精神は傷ついた肉体から、渾沌の領域へと彷徨いだした。そしてそこで彼は運命的な未来の幻視を得ることになる。それは、論理と理性で銀河を統べると誓った皇帝自身が、未来世において全人類から神として崇められ、君臨する姿だった。敬愛する主君の偽善の姿を目の当たりにして驚愕と絶望に苦しむホルスに、渾沌の神々はささやいた。

「皇帝をよこせ。さすれば銀河をおまえにやろう」

 幻視の示した神なる皇帝への憎悪、自分を見捨てた父への不満、それまで秘されていた心の底の権力欲に突き動かされ、ホルスは禍つ神々の取引を受け入れてしまった。神々の力により重傷は嘘のように癒え、渾沌のパワーに満たされたホルスは、自ら第16兵団をサン・オブ・ホルス兵団を改めて呼ぶと、あらゆる渾沌の力への信仰へと導いた。

 次にホルスは、兄弟たる総主長たちを渾沌への信仰に導こうとした。〈世界喰らい〉(ワールドイーター)兵団のアングロン、〈皇帝の寵児〉(エンペラーズ・チルドレン)兵団のフルグリム、そして〈死の衛兵〉(デスガード)兵団のモータリオンが、ホルスの誘いに応じて渾沌に身を投じた。〈帝国軍〉や機械教団の中にも数多くの転向者が生み出されていった。

 〈千の息子〉(サウザンド・サン)兵団の総主長“赤の”マグヌスは、当時禁忌とされていたサイキックパワーを通じてホルスの裏切りを察知した。マグヌスは急いで皇帝にこのことを報せようとしたが、地球の奥深くで隠棲している父に凶事を伝えるすべがなかった。追い詰められたマグヌスは禁断の魔術を用いて、地球に強力な伝送波を放った。だが不運なことに、このサイキックエナジーは地球の帝殿にある研究施設の加護を粉々に破壊してしまったのである。

 このとき、古代種族アエルダリが利用していた超次元回廊〈網辻〉を人類が利用できるように研究していた皇帝は、帝殿の中枢に人工の〈網辻〉を造成していた。しかし異次元に穴をうがつこのプロジェクトは、強力な魔的加護がなければ渾沌の悪魔の侵入を許してしまう危ういものだった。マグヌスが砕いてしまったのは、その加護そのものだった。長年の計画の破綻に怒った皇帝は、ホルス反逆の報せを信じず、逆にマグヌスを禁忌違反のかどで逮捕するよう、総主長レマン・ラス率いる〈宇宙狼〉(スペースウルフ)兵団と近衛である黄金兵団と沈黙の姉妹団に命令した。

 ホルスはこの状況を知ると、マグヌスの本拠地惑星プロスペロに向かうレマン・ラスに連絡を取った。そして勅令はマグヌス逮捕ではなく、プロスペロ破壊であるとラスに信じ込ませたのである。

 以前よりマグヌスの“妖術”を嫌っていたラスとスペースウルフは、逮捕の予告を受けて恭順の意を示していたマグヌスとサウザンド・サン兵団もろとも惑星を総攻撃した。破滅にさらされたマグヌスは、絶望の中で渾沌の誘いを受け、生き残りのマリーンたちとともに渾沌の領域へと逃げ去った。

 いわゆる〈ホルスの大逆〉は、イストヴァン第3惑星の蜂起から始まった。渾沌神スラーネッシュの信仰に堕した惑星総督が〈帝国〉からの独立を宣言したのである。

 この討伐に差し向けられたのはホルスそのひとであった。その麾下にはサン・オブ・ホルス兵団、ワールドイーター兵団、デスガード兵団、エンペラーズ・チルドレン兵団といったすでに背信を決めた兵団が加わったが、それぞれの兵団にはまだ少なからぬ数の忠誠派スペースマリーンが、真相を知らぬままに所属していた。そうした忠誠派の多くは、総主長が皇帝に見出されて帰参する以前に、皇帝自身からスペースマリーン兵団に編入された篤信の者たちだった。

 ホルスは、反乱鎮圧を名目にイストヴァン星系に大軍勢を集結させた。そして、後に〈イストヴァン第三惑星の凶行〉と呼ばれる惨事が発生する。ホルスは軌道上から反乱軍に爆撃を加えた後、忠誠派のスペースマリーンたちを惑星制圧のために降下させた。

 彼らが首都を占領して凱歌をあげようとしたまさにその時、恐るべきウイルス爆弾の雨が軌道上のホルス艦隊から惑星に降りそそいだ。艦内に残っていたわずかな忠誠派が放った必死の警告を聞いた者たちは、すぐに待避壕に隠れたが、イストヴァン第三惑星の人民80億人は、生物兵器の炸裂により一瞬にして全員死亡した。

 忠誠派を一掃できなかったことを知った総主長アングロンは激怒して、ワールドイーター兵団とともに惑星に降下。ホルスはこの抜け駆けに怒ったが、すぐさま増援を派遣した。大逆の四兵団は生き残った忠誠派に容赦なく襲いかかった。包囲され、支援兵力もない忠誠派はまもなく殲滅された。

 この惨事が起きたとき、総主長ライオン・エル・ジョンソン率いる〈暗黒の天使〉(ダークエンジェル)兵団、サングィニウスの〈鮮血の天使〉(ブラッドエンジェル)兵団、ロブート・グィリマンの〈至高の青〉(ウルトラマリーン)兵団は、いずれもホルスの計略によって地球から遠く離れた場所に遠征に出されており、変事に駆けつけることができなかった。

 忠誠派で地球近くに残っていたのはローガル・ドルンの〈皇帝の拳〉(インペリアルフィスト)兵団、ジャガタイ・カーンの〈白き戦痕〉(ホワイト・スカー)兵団、そしてフェルス・マヌスの〈鉄の手〉(アイアンハンド)兵団だけである。そこで、第三惑星での戦闘が終結すると、ホルスはすぐさまイストヴァン第五惑星に向けて軍勢を動かした。

 イストヴァン第三惑星から生き残ったマリーンからの報告を受けた皇帝は、総主長ローガル・ドルンに命じて、七つの兵団から成る討伐軍をイストヴァン第五惑星に向かわせた。攻撃の第一波は〈鴉の衛士〉レイブンガード、〈鉄の手〉アイアンハンド、〈火蜥蜴〉サラマンダーの三兵団が、第二波は〈最後の兵団〉アルファレギオン、〈夜の王〉ナイトロード、〈鉄の戦士〉アイアンウォリアー、そしてワードベアラーの四兵団が行う作戦が立てられた。この総攻撃の指揮はアイアンハンド兵団の総主長フェルス・マヌスに任されていた。

 しかしマヌスは知らなかったが、第二波を構成する兵団はこのときすでに全てホルスの陣営にひそかに与していた。その上で味方のふりをして討伐軍に加わっていたのである。

 討伐艦隊から、何千というドロップポッド(着陸艇)が第五惑星上に降下した。フェルス・マヌス率いる第一波の軍勢は、レイブンガード総主長コラックスとサラマンダー総主長ヴァルカンも加わって、大逆者の要塞網を包囲するように攻勢をかけた。まもなく、兄弟対兄弟、同胞対同胞が憎しみを向けて殺しあいをはじめた。

 死闘のさなか、“忠誠派”の第二波が惑星に降下した。要塞攻略の激闘で疲弊していた第一波の兵団は、増援に合流すべく、その着陸地点に集結した。そこで惨劇〈着陸地点の虐殺〉の幕が上がった。反旗をひるがえした第二波の四兵団が、合流地点で前触れもなく友軍に襲いかかったのである。

 忠誠派はなすすべもなく撃ち倒された。さらに、その様子を見て出撃してきた要塞の大逆兵団との間で挟み撃ちとなった。脱出に必要な着陸艇は大逆側に破壊され、多勢に無勢となった忠誠派は文字通り殲滅された。ヴァルカンは行方不明となり、コラックスは重傷を負って辛くも脱出。そしてフェルス・マヌスはかつて最も親しかった兄弟フルグリムによって首をはねられ、総主長最初の戦死者となった。

 イストヴァン星系で大勝利をおさめたホルスは、旗艦〈ヴェンジフル・スピリット〉号に大逆の総主長を集合させた。ホルス、〈着陸地点の虐殺〉に加わった六名に、渾沌の領域に逃れていたマグヌスも参じた。この軍議で、総主長らは忠誠派の反撃をくいとめるため、それぞれの戦闘宙域の担当を決定した。

 こうして、大逆派と忠誠派との戦いは銀河全域に拡大した。地球標準暦で7年間にわたる内戦で、数多くの惑星を舞台に、同族殺しが打ち続いた。総主長らはかつてのライバル意識を敵愾心に変えて殺しあった。特に、ウルトラマリーン対ワードベアラー、ダークエンジェル対ナイトロード、インペリアルフィスト対アイアンウォリアーの戦いは熾烈を極めた。ブラッドエンジェルは虚空から現れた渾沌の悪魔たちと死闘を演じた。

 大逆軍主力の次の大目標は火星であった。この頃、火星は製造総司令ケルボール・ハルがホルスの誘惑にのって反逆したために〈火星分裂〉と呼ばれる内戦に陥っていた。皇帝によって禁忌とされた古代技術と渾沌にかかわるテクノロジーを解放することを餌に、ホルスは技術司祭たちの大半を味方につけることに成功したのである。彼ら大逆の司祭たちは後に〈暗黒の機械教団〉(ダーク・メカニカム)と呼ばれるようになる。

 七年間の内戦を経て大逆軍は優勢となり、ホルス率いる主力艦隊は地球に到達した。伝説にうたわれる〈地球の戦い〉の始まりである。防衛側のスペースマリーン兵団は、それぞれ総主長に率いられたインペリアルフィスト、ブラッドエンジェル、ホワイト・スカーの三つのみ。これに皇帝を護衛する黄金の近衛兵団と沈黙の姉妹団、地球を守る常人たちの軍勢が加わり、人類の聖地を守るために反逆者たちを待ち受けた。

 大艦隊から猛烈な軌道爆撃が大地を砕くと、大逆兵団のドロップポッド群が帝殿に近い2つの宇宙港に降下、またたくまにこれらを制圧した。続いて、大逆軍本隊がこれらの宇宙港に降下して、帝殿攻略戦が開始された。この戦いにホルスは自分の持てる総力を投入した。大逆兵団や〈暗黒の機械教団〉だけでなく、渾沌そのものの邪教団を投入し、その呪文によって強大な悪魔の群れを地球に直接、召喚したのである。天をつく巨大な機械兵器〈タイタン〉も多数送り込まれ、戦場を驀進した。

 帝殿攻略戦は、悪魔と化したワールドイーター総主長アングロンの降伏勧告から始まった。その異形の巨体はかつての英雄が何者になりはてたのかを雄弁に語っていた。

 壮大な城壁はブラッドエンジェルとインペリアルフィストの両兵団によって守られていた。有翼の天使サングィニウスと堅忍不抜の勇将ローガル・ドルンの指揮のもと、城壁は三度攻め立てられ、三度敵を退けた。

 思うに任せぬ戦況を見て、ホルスは決戦兵器を繰り出した。巨城ほどの大きさを誇る〈皇帝〉級タイタンを攻めかからせたのである。これら神機の砲撃と猛打にさらされた城壁はついに打ち破られ、神聖不可侵の宮殿に大逆者の軍勢がなだれこんだ。

 皇帝の座する〈黄金の玉座〉に通じる大門〈永遠の門〉での戦いが、帝殿の死闘のクライマックスとなった。大逆者の群れの中にそびえたった宿敵の魔神〈血に餓えしもの〉(ブラッドサースター)と、総主長サングィニウスとの一騎討ちは、悪魔の放逐で決着し、叛徒たちが〈帝国〉の最中枢に押し入ることはついにかなわなかった。

 帝殿制圧に失敗したことを知ったホルスのもとに、さらなる凶報がやってきた。大逆兵団の阻止を突破して、ダークエンジェル、スペースウルフ、ウルトラマリーンの忠誠派兵団が、地球を救援すべく迫っているというのだ。もし彼らが到着すれば、彼我の戦力差は逆転する。

 このとき、絶望にかられたホルスが何を思ったのかは定かではない。裏切りの罪をつかの間悔いたのか、それとも父なる皇帝との決戦を自ら望んだのか。突如、大逆軍旗艦〈ヴェンジフル・スピリット〉を敵の乗り込み攻撃から守っていたシールドがダウンしたのである。

 皇帝はこの千載一遇のチャンスを逃さなかった。自ら近衛たちを率い、またドルンとサングィニウス、忠誠派の精鋭部隊を連れて、〈ヴェンジフル・スピリット〉艦内に直接テレポートを敢行した。

 不運なことに、渾沌に歪められた艦内で、この強襲部隊はおのおのばらばらの地点に落着してしまった。そして、ホルスの座す艦橋に最初に到達したのは、他ならぬサングィニウスであった。最も古く、最も近しかった旧友に、ホルスは今一度渾沌への屈服を求めた。サングィニウスは拒否し、一騎討ちが始まった。しかし〈永遠の門〉での大悪魔との死闘で疲弊していた彼は、暗黒の神々の力でふくれあがったホルスにかなうべくもなかった。自分を拒絶した兄弟を、ホルスは拷問し、惨殺したのである。だが、サングィニウスの犠牲は無駄ではなかった。最期の激闘の中で、ホルスの不壊の鎧にわずかな傷がつけられたのである。

 皇帝が近衛とともに艦橋に到達したとき、すでにサングィニウスは息絶えていた。その無惨な光景をながめながらホルスは皇帝に言い放った。

「愚かなり父上。我のごとく渾沌の力を受け入れ、我が物とすれば、真に人類の支配者となれたものを。今や遅し。我に従えば御身の命だけは助けてやろう」

 しかし、すでに幾万年の齢をけみした皇帝は、それが渾沌のしかける常套の罠であることを悟った。

「愚かは汝よ。汝は渾沌を制したつもりで、その実、渾沌の奴隷となったに過ぎぬのだ。人が禍つ神々を従えることなどできぬ」

 うなり声をあげ、ホルスは渾沌のエネルギーを皇帝に放った。皇帝はそれを超絶の精神力ではねのけた。かくして手袋は拾われた。最後の戦いが始まった。

 艦橋を舞台に、2人の超人が肉体と精神の限界をかけてぶつかりあった。エネルギーの奔流が激突し、巨艦は激震した。だが、ホルスが四大渾沌神から獲得したパワーは、皇帝すらも凌駕していた。ホルスの腕の鉤爪は皇帝の炎の剣をはねあげ、その黄金の鎧に深い傷をうがった。さらに剣を持つ皇帝の腕はホルスによって切断される。くずおれた父の体を持ち上げると、渾沌の大元帥は力任せにその背骨を折り砕いた。

 この運命の瞬間、ひとりの帝国軍兵士が艦橋にたどりついた。ホルスはその姿を見て嘲笑し、瀕死の皇帝の肉体を投げつけた。しかし兵士は屈服しなかった。斃れた皇帝とホルスとの間に勇敢にも立ちふさがり、主君を守ろうとしたのである。ホルスはあざ笑うと、無惨にもこの兵士をサイキックの一撃で生きながら焼き殺した。

 その光景を目の当たりにした皇帝は、最も信頼した「息子」が完全に渾沌の手に完全に落ちたことを悟った。もしホルスが勝利すれば、人類の運命はこの勇敢な兵士のようなものになるだろう。それだけは防がなければならぬ。皇帝は最後の力をふりしぼって、最大最強のサイキック攻撃をホルスに向けて放った。

 強烈無比なエネルギーはホルスを貫いた。不壊の鎧にサングィニウスがわずかにつけた裂け目が、蟻の一穴となったのだ。膨大なパワーにさらされたホルスの体は砕け散った。末期の一瞬、敗北を悟った渾沌の神々が撤退したその瞳には正気の光が戻ったという。そこにあった感情は何だったのか、それは皇帝しか知らないことである。皇帝の最期の一撃は、大元帥の強大な魂をも消滅させた。もはや、暗黒の神々をもってしても、ホルスを下僕として復活させることはできなくなったのである。

 ホルスの消滅は、太陽系全体にサイキックの衝撃波として伝わった。召喚されていた大量の悪魔は瞬時に退散した。地球を攻め立てていた大逆者の軍勢は、突如として総帥を失い、恐慌状態に陥った。サングィニウスの死によって発狂したブラッドエンジェル兵団は暴走し、潰走する大逆者たちに襲いかかった。帝殿とのその周辺は大量虐殺の巷と化した。神聖なる惑星を朱に染めて、〈ホルスの大逆〉は終結した。

 ホルスの魂なき骸は、〈ヴェンジフル・スピリット〉とともに逃げ去るサン・オブ・ホルス兵団によって、渾沌の領域〈恐怖の眼〉へと運び去られた。そしていったんは魔星メレウムに埋葬された遺骸だったが、後年、エンペラーズ・チルドレン兵団の狂的科学者ファビウス・バイルによって盗み出され、ホルスのクローン体が作成されてしまう。ホルスの右腕であり渾沌の大元帥の衣鉢を継いだエゼカイル・アバドンは、これらのクローンを全て破壊すると、心機一転、サン・オブ・ホルス兵団を〈黒き兵団〉(ブラック・レギオン)と改名し、旧主の戦いを継続し、〈帝国〉滅亡の大望を果たすことを渾沌の神々に誓った。

 かくして、アバドンの〈黒き征戦〉は始まり、その先頭に立つブラック・レギオンの狂戦士たちは、一万年の経過した今も、ホルスの戦争を続けて銀河を焔羅に包まんと切望しているのである。

(了)

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