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大逆の物語(1)皇帝

 人類の支配者、唯一なる神、救世主、腐屍の王、死骸の神・・・・・・

 紀元40千年紀において銀河の過半を制する〈人類の帝国〉の最高君主を指す称号は多い。しかし、その真の名は誰も知らず、決して語られることはない。「皇帝」とだけ呼ばれるこの超存在こそが、戦乱の銀河にあって織りなされた人類の歴史の中軸である。

 地球統一以前の皇帝については、はっきりしたことは何もわからない。往古の昔に総主長らがわずかに漏らした言葉を拾い集めると、太古の時代の地球に空前絶後の強大なサイカー(超能力者)として生まれた「皇帝」は、何千年にもわたって人類史を影ながら見守り、支え、救ってきたという。かの人類文明の絶頂期〈技術の暗黒時代〉も生きた皇帝は、魔術とも思える超テクノロジーに精通していた。そしてその技術を用いて造り出されたのが、人類に地球の統一、そして銀河の制覇を可能にさせた超戦士、スペースマリーンたちであった。

 スペースマリーンを生み出す上で、皇帝はその中核となる「遺伝種子」の原型を備えた20人の総主長(プライマーク)を創造した。全員が男性である総主長は、将来の戦争でスペースマリーンを率いて人類の陣頭に立つべく定められた超人将帥たちであった。

 しかし、20人は、地球奥深くに設けられた皇帝の研究所から、幼体のまま忽然と姿を消してしまった。それは、“秩序”を象徴する強大なサイカーである皇帝を敵視する渾沌の四大至高神、コーン、ティーンチ、ナーグル、スラーネッシュのしわざであったと伝えられている。

 真相はどうあれ、行方不明となった総主長たちの遺した遺伝情報をもとに、皇帝は何万ものスペースマリーンから成る大軍勢を造り出した。その武力は、絶頂期から滑り落ち〈不和の時代〉の群雄割拠に陥っていた地球を統一するために振るわれた。

 地球を統一した皇帝は、火星でテクノロジーを信奉する機械教団と盟約を結んだ。この火星条約が〈人類の帝国〉の誕生だと言われている。そして、銀河じゅうに散在する百万もの人類惑星を〈帝国〉のもとに統合する、伝説の〈大征戦〉が始まった。

 〈大征戦〉の中で、かつて行方不明となった総主長たちが、ひとりまたひとりと辺境の惑星で見つかっていった。彼らはそれぞれの育った惑星の風土と慣わしに大きく影響を受けた人格を備えていた。そして自らの遺伝子を受け継いだスペースマリーン兵団をひとつずつ任されたのである。それぞれが数十万人のスペースマリーンから成る20の兵団は、猛烈な勢いで銀河を制覇していった。〈不和の時代〉の間に異種族の支配に堕ちた惑星を解放し、また〈帝国〉の威令に服さない惑星を討ち滅ぼし、〈帝国〉は二百年で銀河の過半を支配するに至った。まさに人類の絶頂期の再来であった。

 しかし、この赫赫たる栄光の闘争の中で、ひそかに裏切りの種が芽吹いていた。

 皇帝は、人類から迷妄を取り除くことが、暗き神々の呪縛を逃れる、永遠の繁栄への道と信じていた。そのために彼が唱導したのが〈帝国の真理〉、すなわち論理と理性のみが唯一信じるに足るべき思想であるという信念だった。〈真理〉の名のもとに、あらゆる宗教と迷信は弾圧され滅ぼされた。だがそれが破滅を招来したのである。

 ローガー・オーレリアン。最も思慮深き哲学王であった〈言葉を運ぶ者〉(ワードベアラー)兵団の総主長は、信ずるに足る至高の存在を求めてやまぬ一個の魂だった。その彼の信奉は、皇帝の逆鱗に触れ、その壮麗な信仰の都は完膚なきまでに破壊された。絶望するローガーに手を伸ばしたのは渾沌の神々。そして渾沌の代理戦士となりはてたローガーは、〈大征戦〉の中でそれぞれに苦悩を抱えていた他の総主長にも誘惑の手を伸ばした。

 破局は、皇帝が最も信頼していた〈月狼〉(ルナ・ウルフ)兵団の総主長ホルスの反逆によって訪れた。〈大征戦〉の末期、皇帝はある秘密プロジェクトの推進のために地球へと隠遁した。大元帥として全軍の指揮を任されたのがホルスであった。しかし、ホルスは渾沌の奸計により、その誘惑に屈してしまった。

 戦略の天才であったホルスは、周到な準備をととのえて皇帝に反旗をひるがえした。このときホルスに従った大逆の総主長は実に8人。姿を消した2人の総主長を除く、実に半数の「皇帝の息子」が地球に刃を向けたのである。

 銀河統一の大願成就を目前にしていた〈帝国〉は、文字通りまっぷたつに引き裂かれた。忠誠派と大逆派の大いなる内戦は〈帝国〉のあらゆる組織に波及した。テクノロジーを担う機械教団も分裂し、前線では人類の兵士と兵士、艦隊と艦隊が猛烈な銃火を交わした。

 そして、ホルスはついに大軍勢を率いて皇帝の座所、地球に攻め寄せた。渾沌の悪魔たちも混じるおそるべき軍団が最も神聖な惑星に襲いかかった。大地は割れ、山岳は砕け、海は干上がった。味方の劣勢を見た皇帝は、最後の賭けに出た。側近の近衛兵団と、〈帝国〉の最高司令官である〈皇帝の拳〉(インペリアルフィスト)兵団総主長ローガル・ドルンと、最も美しき〈鮮血の天使〉(ブラッドエンジェル)兵団の総主長サングィニウスとともに、地球上空のホルス旗艦に強襲をかけたのである。続く死闘の中、サングィニウスはホルスに惨殺され、皇帝はホルスと相討ちとなった。大元帥を失った大逆の軍勢は総崩れとなったが、〈大征戦〉の主、人類の救世主である皇帝は死にゆく骸と化してしまったのである。

 瀕死の皇帝は、生き残ったドルンらに運ばれ、地球の帝殿(インペリアルパレス)の奥深くにある超古代機械〈黄金の玉座〉に接続された。この神秘のマシーンの力によってのみ、皇帝の肉体は生きながらえることができるのである。しかし、もはやその口は号令することなく、その四肢は炎の剣を振るうこともなくなった。生ける屍となった皇帝は、その超絶の精神力とサイキックパワーによって渾沌の領域〈歪み〉で、宿敵である渾沌の神々と永遠に戦い続けている。また、人類の全知全能の導き手として、恒星間航行の安全を守り、異種族との終わりなき戦いへの加護をもたらすようになった。

 かくして、皇帝は人類の神となった。皮肉にも、論理と理性を唱導した〈帝国〉は、皇帝を信奉する聖教会が導く神権国家となった。それから一万年。今も皇帝は身じろぎもせず〈黄金の玉座〉に座り、全人類を守護しているのである。

・・・・・・ここから始まるは、ホルスの大逆と総主長たちの物語。遥かな一万年の闇に忘れ去られた、皇帝の息子たちの姿である。

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