小説:青瀬さんのありがたいお話

 バイト先のスーパーにいる社員の青瀬さんは、細かいことに気が利いて指示が素早くて、けどいつも冷静で怒ったりとかしない超絶的に良い人だ。二十代後半くらいの、ベリーショートの髪が似合う女の人で、体はやや小柄だけど、めちゃくちゃ優秀な人なので存在感がある。そんな頼れる上司の青瀬さんだったんだけど、この前休憩室でたまたま二人きりになった時に、話の流れで「え、でも青瀬さんって普段何してるのかとか全然想像つかないですよね~」と、わたしが笑いながら言ったら、「まあ地球人の生態の研究かな。そのためにこの星に来たしね」とか返してきて、一瞬で頭の中が「???」となる。
 ええ……?
「元いた星だと地球人って研究対象としては未開の分野で、本格的な調査はこれが初めてになるのかな。わたしが日々報告してる内容で、かなり情報がアップデートされてるらしいよ」
 ???
 急に何言ってんのこの人……?
 わたしは咀嚼していた総菜売り場のお弁当を、口からボロボロと吐き出してしまいそうなくらい呆然としてしまう。
「浦井さんの情報も、結構役立ってるからね。地球人の学生という身分の固体サンプルとして」
「……」
 テーブルを挟んで対面に座っている青瀬さんは、もしゃもしゃとソーセージパンを食べながら話している。青瀬さんとは何度か休憩室で一緒になったことがあるけど、毎回違う種類のパンを食べていた。
「でもまあ、そろそろ一旦切り上げて帰還することになるかな。今手に入ったデータを元に、侵略計画を立ち上げていかなきゃいけないしね」
 わたしは何も言えないまま、上手く割れなかった割り箸を握り締めて固まっている。
「たぶんこの星も、前例通りすんなりと征服できるんじゃないかな。わたしの他にも、各所に調査隊員が散らばって情報を集めてるし、全固体を洗脳するのも難しくないと思う」
 わたしはごくりと口の中に残っていたご飯を飲み込む。喉が詰まりそうで苦しかった。
 テーブルの上の水筒に手を伸ばすと、手が震えていた。その手でわたしは赤い水筒を握る。水筒がぶるぶると揺れる。
「こうやって浦井さんに情報を開示したのはさ、」と言いながら、青瀬さんがぎぎぎと椅子を押して立ち上がる。パンはいつの間にか最後の一切れがなくなり、テーブルの上には空の袋が置かれている。
「情報を開示してみるのも、実験の一環だからなんだよね。地球人がどういう反応をするのか、こちらにリスクのない範囲で調べてみるっていう」
 青瀬さんがテーブルを横切り、回り込んでわたしの方へ近付いてくる。誰か、今この瞬間に休憩室に入ってくるだろうか。いや、そういうことは考えない方がいいなとわたしは思う。
「どうかな? 浦井さんはどう思う? どうする?」
 青瀬さんが出入り口のドアとわたしの間に立って聞く。距離は一メートルほどだ。わたしは体を青瀬さんの方に向ける。左手は、水筒を握ったまま震えている。
「答えてほしいな。答えてくれたら、苦しまないように洗脳してあげるから」
 青瀬さんが前かがみになって、わたしに顔を近づける。笑っていない、純粋な疑問をぶつける時の表情をしている。
「あの、青瀬さん……すいません」
 わたしはどもりそうになりながら、震える声で言う。勇気を振り絞って目線を上げて、青瀬さんの目を見る。
「何?」
 青瀬さんが表情を変えずに首を傾げる。
「これなんですけど……」
 わたしは言いながら、左手に持った水筒を青瀬さんの顔の前に掲げる。
「? これがどうし」
 と、言いかけたところで青瀬さんの頭がボン! と爆発した。
 わたしの持っていた水筒の蓋が開き、中から細い煙が漂っている。
 首から上が綺麗に消え去った青瀬さんは、力を失ってばたりと床に倒れる。周囲には大量の赤い液体がまき散らされ、事態が完結したことをわたしに物語っていた。
「ふーーーーーーーー……」
 わたしは大きく息を吐き、水筒をテーブルの上にどすんと置く。座ったままがくりと項垂れ、頭を脱力させる。
「ちょっとブラフかけただけなのに、いきなり正体明かすからびっくりしたじゃん……やるしかなかったから土壇場でやったけどさ……」
 十数秒か、数十秒か、数分か、しばらくぶつぶつと呟きながらそうして、わたしは顔をゆっくり上げる。吐きそうな気分で、握ったままだった水筒から手を放して蓋を閉じる。
 ポケットからスマホに擬態させた通信機を取り出し、このスーパーと無関係な方の上司に連絡を入れる。
「あの、えっと……対象は排除成功しました。後処理お願いします。あと、気分悪いんで、今日は早退します……」
 取りあえずそれだけのメッセージを送信し、わたしは連絡を切る。
「はーーーーーーーー……」
 再び大きく息を吐く。二回目だけど、今回も上手くいってよかった……。こんなん何回かやってりゃ慣れるって本部の人が言ってたけど、本当かな……。つーかもうやりたくないんだけど……他のもっと楽な作戦に回してくれないかな……。
 とか考えてると、さっきの返信が送られてくる。了解した。後処理部隊はすぐに到着するから、基地へのワープ地点に速やかに移動せよ、とのこと。
「はーい……ありがとうございます……」
 死にそうな声で言い、わたしは他の隊員たちのことを考える。各所に散らばって、今のわたしと同じ作戦を実行している隊員たち。この星が救われるのがいつ頃なのか知らないけど、とにかく早く終わってほしい……と、げっそりした思いで、わたしは椅子から立ち上がった。


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