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小説:どんな顔の少女

 夜の十一時、ふと誰かに見られていることに気付いてわたしは立ち止まる。
 自動ドアを通ってコンビニを出たところ、買ったばかりのカフェオレのボトルを開封しようとした時だった。敷地を出た、幹線道路沿いに続く歩道のほんの先。大きな交差点の、信号の灯りの下。
 いる。
 わたしはそれを、はっきりと見て確認する前に認識してしまう。視野の端で一瞬だけ捉えたその存在を、確信を持って認識する。あれは子供だ。少女だ。
 見る前に認識したことによって、わたしはもう二度とその少女を正視することができなくなる。心臓の鼓動が大きく、速くなる。手に持っていたペットボトルを下ろすと、右手と共に震え始める。汗が噴き出る。心地良いはずの四月の夜に。
 辛うじて足を動かし、向きを変え、わたしは用が済んだばかりのコンビニへ戻る。用が済んでいないふりをして、売り場の外側を歩き回る。
 あの子は、二か月前に見た子だ。わたしがアパートの廊下で突き飛ばした子だ。逃げ出した住人たちの中に、あの子の姿はなかった。わたしが逃げるのに夢中で突き飛ばさなければ、あの火事で死ななかったかもしれない。
 わたしは震える体で店内を一周しながら、揺らぐ頭で考えている。
 あの子の体は焼け爛れているに違いない。そうでなくても、青白い色をした死人の顔をしているのだろう。わたしをじっと見ているに違いない。死んで尚、生きているわたしを見ているのだ。
 ぐらりとバランスを失い、わたしは冷蔵庫のガラス戸に体をぶつけ、そのまま床にへたりこんでしまう。店の奥の誰にも見えない位置で、一人で、呼吸ができずにいる。あの子もガスで息ができなかったのだろう。目の前が白んだのだろう。
 あの子の顔、どんなだった? わたしは意識を失う寸前に思い出そうとしている。だが、それはこの後どれだけ生きて続けも、思い出せないような気がするのだ。


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