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とってもパピヨンな迷探偵~切り裂かれた断章~第一章【後編】


   【2】
 
 
 散歩の最大の楽しみは、なんといってもたくさんの仲間達と遊べること。マンションの一室に籠っていても退屈で仕方がない。由宇奈姉だって四六時中構ってくれるわけでもなく、家にいても放置プレイじゃストレスも溜るというもの。
 
 だから、朝夕のこの時間が私にとっては一番のお楽しみタイム。中でも一番のお楽しみが、彼女との追い駆けっこだったりする。
 公園の入り口から飼い主の熟年女性と一緒に駆け込んできたビーグル犬に私は駆け寄ると、いつものように挨拶を交わした。
 
〈おはよう、ランちゃん〉
 
〈あら、おはよう花蓮ちゃん〉
 
ランちゃんはビーグル犬としては小柄な女の子なんだけど、それでも私より一周りは大きい。私の一番の親友なの。お互い鼻先を寄せて匂いを嗅ぎ合うのは、人間でいうと軽い会釈のようなものかな。初対面でもやるんだけど、相手が気に入らなければその場でケンカを売ることもあったりして。まあ、人間と違って犬の場合、その辺ははっきりしている。腹に一物ってのが全くないのよ。
 
 ランちゃんと私は最初から気が合う感じだったのよね。彼女は私より一つ年上で、私にとっては姉のような存在でもあるの。会えば必ず遊んでくれるし、毎日彼女に会うのがとっても楽しみ。だから、たまに会えない日があると、その日一日が本当につまらなくなる。
 
〈ねえ、今日もいっぱい走ろうよ〉
 
〈当然! 今日こそはランちゃんを追い抜いて見せるんだから〉
 
〈ふふっ、それはどうかしらね〉
 
私の宣戦布告にも余裕の笑みを浮かべて応えるランちゃんに、私の投資は燃え上がる。私は振り返ると由宇奈姉をじっと見つめた。
 
「はいはい、ランちゃんと走りたいんやろ。楽しんでき」
 
私の視線に気付いた姉ちゃんは、苦笑して手を振った。ランちゃんの方に向き直ると、既にランちゃんは走り出そうとしていた。
 
〈あっ、ランちゃんそれフライングじゃん〉
 
〈ふふっ、早くおいで〉
 
〈もう、ずるい~っ!〉
 
私を挑発しながら一気に走り出すランちゃんを、私は必死に追いかけた。
 
 だだっ広い公園の芝生。その半分ほどの広さを全力疾走で走り抜ける。ランちゃんは私を振り切ろうと、わざとジグザグにターンを切った。私は必死でそれにくらいついていく。大体ランちゃんのパターンなんてとっくに見切っている。頭一つ分の感覚でピッタリと張り付いて走った。なんとか追いつきたいけど、それ以上の距離が縮まることはなかった。悔しいけれどランちゃんの走りを超えるのは難しい。まあ、ご町内でもトップクラスのスプリンターなのだから当然かもしれないけどさ。
 
 走り終えて軽く息を切らしていると、ランちゃんが楽しそうな表情で駆け寄ってきた。
 
〈花蓮ちゃん、あなたの筋はそう悪くないと思うわよ。私についてこられるワンコなんてそういないんだし〉
 
〈それはどうも、お褒め頂いて光栄ですわ〉
 
私は悔しさを押し隠すように笑顔で応えた。ったく、なんで勝てないのよ。悔しいったらありゃしない。あのランちゃんの余裕顔見せ付けらる度に、なんとなくムカつくのよね。悪気がないのは解ってるんだけどさ。

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