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とってもパピヨンな迷探偵~切り裂かれた断章~第四章【前編】

   《1》
 
 
 犬に服を着せるのはアリかナシかということについて、人間の間では意見が分かれるようだけど、犬側の意見としては、取り敢えずナシでと言っておこうかしらね。
 
 まあ、微妙なところなのよ。私は服を着るのはあまり好きじゃない。だって、窮屈なんだもの。折角の私の毛並みがぐしゃぐしゃになっちゃうしさ。ただ、私の被毛って細くてふわふわのさらさらだからさ。冬の寒さはちょっと辛いものがあるのよね。カルビみたいに産毛がたっぷりな状態なら、それほどでもないのだけど。
 
 短毛種の犬ならともかく、それなりに豊かな被毛で覆われている犬にとって服は邪魔物以外の何物でもない。それでも大人しく着せられているのは、飼い主の自己満足に付き合ってやっているだけのこと。少なくとも私はそうね。だって、服を着たら、私の綺麗な被毛の柄が見えなくなっちゃうじゃないのさ。服なんて着なくても私の見た目は完璧なんだから。
 
 でも、今の私はまるでどこかの女子高生の制服をアレンジしたような服を着せられ、とある人物のガーデンパーティーに来ていた。まったく、動きづらいったらありゃしない。まあ、殆ど由宇奈姉の腕の中に抱かれている状態だから、大人しくしているしかないのだけどさ。
 
「それにしても、なんで俺とカルビまで来なあかんねん」
 
うんざりした口調で勇作兄がぼやいた。
 
「私の護衛」
 
由宇奈姉はそっけなく答える。
 
「お前に護衛はいらんやろ。剣道三段、合気道二段、おまけに古武術の道場に出入りしている歩く凶器のくせに」
 
「七センチのピンヒール履いてチャイナドレスの状態でどないせえと? 三十文字以内に簡潔に答えよ」
 
「無理じゃボケっ。つうか俺と身長並ぶな」
 
「ええやん。私は履きたい靴を履くし、あんたにそれをとやかく言われる筋合いはあらへんがな。何やったら牛に両手両足をロープで縛って引っ張ってもらうか? ひょっとしたら五センチくらい伸び……」
 
「その前に身体を引き裂かれて死んでまうわっ!」
 
まったく、この二人は痴話喧嘩か夫婦漫才しか出来ないのかしら。さっきからずっとこの調子なのよね。私はどうも落ち着かなくて欠伸を一つ。
 
「なんや花蓮、退屈なんか? 降りて歩くか?」
 
由宇奈姉は例によって勘違いの言葉を掛けてくる。もう慣れたけど。由宇奈姉、もう少し犬の習性を勉強しようよ。犬の気持ちを少しは理解して欲しいわ。
 
 それにしても、今日の由宇奈姉はなかなか色っぽい。両サイドに深くスリットの入ったチャイナドレスに薄手のストールを羽織り、髪は高めの位置で二つのお団子にして纏めている。スーツ姿の姉ちゃんはちょくちょくお目にかかるけど、ドレス姿は滅多にない。まあ、由宇奈姉の性格を考えると、色気より機能性重視だから当然といえばそうなのだけど。
 
「それにしても、かなりの売れっ子みたいやな。相沢夕実香ってのは。お前と大違いやな」
 
「うるさい。そのうち私もブレイクするし。これでも少しずつ売れてきてるし」
 
「はいはい、そのうちにな。けど、こんなデカい屋敷構えるって、よっぽど金ないと無理やろ」
 

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