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とってもパピヨンな迷探偵~切り裂かれた断章~第二章
《1》
今日の夕方の散歩はいつもと違っていた。出掛ける時間も夕食後だったし、公園にも寄らなかった。由宇奈姉は私が用を足すのを待って、勇作兄の自宅兼事務所のある古びた鉄筋四階建ての雑居ビルへと向かった。
どんな形だろうと、外に出られるのは嬉しい。首輪とリードを見せられると条件反射的にはしゃいでしまって、由宇奈姉の脚に飛びついてしまうのよね。
由宇奈姉に連れられて歩きながら、私はちらっと姉ちゃんを見上げた。でも、姉ちゃんって普通の女の人よりずっと背が高いもんだから、その表情までは見えない。いや、平均身長の女の人でも、私じゃ顔は見れないか。座ってくれたら見えるんだけどね。ちっさいのって、なんだか損よね。つうか、姉ちゃんは無駄に高過ぎよ。
そりゃさ、パピヨンって小型犬だし、小さいのが当たり前なんだけどさ。私、パピヨンの標準より小さいから何度チワワと間違われたことか。私ゃあんなに鼻ペチャと違うっつうの。私みたいに美人で顔立ちも整ってて気品のある犬種が、あんなギョロ目の貧相な顔と一緒くたにされるなんて冗談にも程があるわ。
あーあ、もう少し大きくなりたかったなぁ。てか、大きな犬に生まれたかったわ。あ、でも大型犬って、あんまり美形っていないんだよね。どっちかっていうとファニーフェイスってとこかな。
せめて中型犬かなぁ。でも、コーギーは体型がヤダな。短足胴長って格好悪いし。まあ、顔は悪くないけど。うーん、でもやっぱり小さくてもいいからパピヨンでいいや。やっぱり、美形揃いだし。
それにしても、夕方のニュースを見てから由宇奈姉の様子がおかしい。なんか思い詰めているっていうか、妙に深刻な感じなんだよね。
多分、報道されていた事件の被害者は姉ちゃんの知り合いなんだと思う。どういう知り合いなのかは知らない。というか、私が引き取られる以前の人間関係なんて、姉ちゃんが話さない限り知りようがないもの。
まあ、家族とはいえ、たかがワンコごときに自分の生い立ちやら過去の経歴を語る人間なんていないだろうしね。いたら気味が悪いわ、絶対。
それにしても、家族と言ったけど、私には家族というよりボスと配下って感じなんだよね。人間達は私達飼い犬を家族の一員と言って可愛がるけど、私達にしてみれば、群の一員だ。群のトップがボスだから、由宇奈姉は私のボス。ボスとして認められないなら、取って代わるまで。飼い犬に手を噛まれるのは上位者として認められていない証拠だもの。人間社会以上に犬社会は階級社会なんだから。
私が由宇奈姉を認めているのは、圧倒的に力関係の差があるということだけでなく、ちゃんと食べさせてくれて、構ってくれるからだ。ま、これを愛情というんだろうけどね。
勇作兄の自宅兼事務所のある雑居ビルに着くと、由宇奈姉は私を抱き抱えてエレベーターに乗った。このビル、一階は喫茶店が入っているのだけど、その喫茶店ってのがドッグカフェになっていて、私達犬の憩いの場となっているの。そこのマスターがこのビルのオーナーで、そのマスターの厚意で勇作兄はこのビルに事務所を構えているというワケ。
そのビルの三階に勇作兄の事務所はあった。ドアには【高梨調査コンサルティング】と小さなプレートに書かれている。探偵事務所なんて書いたら怪しすぎて、人が寄り付かないかららしいけど、こんなに控えめにしていても、充分に怪しく感じるのだから不思議よね。
ドアの横にへばりつくように設置してあるインターホンのスイッチを由宇奈姉が押すと、中からカルビの吠える声と鍵を開ける音がして、目の前のドアが開いた。
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