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高速道路

わたしを産まなかった母と ばったり会った
母がわたしを産んでいないので わたしは存在しないのだが ともかくも
母とわたしは ばったり会った
「八月だもの 高速道路をみたいわ」と母
「高速道路をみるなら 八月ね」とわたし
 
八月の高速道路をみるなら 純喫茶に限る
純度の高い空気 純度の高い照明 
純度の高い硝子窓から 純度の高い高速道路がみえる
 
左車線に 白いくるまの列が 遠く長くつづいている
「遠くに帰っていく道なのよ 左は」とわたし
右車線に くるまの列はない ただ陽炎が揺れている
「遠くから帰ってくる道なのよ 右は」とわたし
「帰っていった白いくるまは もう帰ってこないのね」と母
「帰っていった白いくるまは 透明なくるまになって帰ってくるのだわ」とわたし
 
黒服のウエイトレスが ものもいわずに 
こおり水を銀のお盆に載せて立っていた
「純喫茶といえば 銀のお盆と こおり水ね」と母
「純喫茶といえば 黒服のウエイトレスさんよ」とわたし
母は 純度の高いこおり水を ごくりと飲んだ
わたしも 純度の高いこおり水を ゆっくりと飲んだ
黒服のウエイトレスは ものもいわずに 母とわたしを見つめていた
 
わたしは気づいていた 黒服のウエイトレスが 
母が産んだほうのわたしに似ていることを
母は気づいていない 黒服のウエイトレスが 
存在しているほうのわたしに似ていることを
 
「八月の高速道路は どこにつづいているの」と母
「八月の高速道路は どこまでいっても帰り道なのよ」とわたし
「わたし 帰りたいわ」と母
黒服のウエイトレスが 何か言ったような気がした
わたしは何も言わなかった
存在しないわたしは 帰っていくところも 帰ってくるところもない
 
母と わたしと 黒服のウエイトレスは 
純度の高い八月のなかにいた

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