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人質

人質であることさえ許容すれば 毎日は心地よく過ぎていく

監禁小屋は ひとりには十分すぎる広さで
世界とは つねに格子窓の正方形だ 
はるかな波のどよめき かすかな潮のかおり 
正方形の西陽がつくる 遠い王国の影絵芝居
それらは適度にとおく 適度にやさしかった
 
「期限までに要求が満たされなければ、人質は死ぬ」

期限も要求も書かれていない犯行声明
死んでも 誰も困らないひとは 人質になれないが
死んだら 誰かが困るひとだけが 人質になれる
いつかは期限がくる そしてたぶん 要求は満たされない 
とりあえず きょうもいちにち 人質でいることができた
 
むかし住んでいた街の交差点 午後三時 いま陽炎がゆれる
人質になれる影と 人質になれない影が いますれ違う
人質になれるかどうか 考えてこともない影と影が いま重なる
監禁部屋で 影絵芝居が終わると
自分のかたちをした影が いま正方形の闇に沈む

人質であることさえ許容すれば 毎日は心地よく過ぎていく

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