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共感でチームの境界をつなぐコミュニケーション手法 : NVC

開発部門と営業部門、事業部門と IT 管理部門など衝突が起こりやすいチームは企業の各所にあります。私は AWS の Developer Relations として機械学習や生成系 AI のプロダクト利用を支援するための ML Enablement Workshop を推進しており、本ワークショップではプロダクトマネージャー、開発者、データサイエンティストに「チーム横断」で参加いただいています。異なるチームに所属する方々の連携を促す方法を探る中で、 NVC (NonViolent Communication) という書籍がとても良かったためご紹介します。

NVC は理論に留まらず実践されている手法です。書籍中では、著者のマーシャル・ B ・ローゼンバーグ氏がイスラエルとパレスチナをはじめとした深刻な紛争地域で調停に関わった事例、教え子がスラム街でギャングに襲われたときにこの手法で難を逃れた事例が紹介されています ( 実践事例のパンチが強すぎる・・・というのが第一印象でした ) 。かたや夫婦間の対立の解消に使われるなど、非常に幅広いシーンで利用できる手法と思います。

本記事では NVC のプロセスをご紹介し、プロダクト作りでの応用、そして実際試してみて感じた難しいポイントについて私見を述べたいと思います。「おわりに」では生成系 AI を使った NVC の実践に使えるアプリケーションを紹介しています。


NVC のプロセス

NVC は "NonViolent" の言葉が示す通り、暴力を伴わず共感による互恵関係を築くプロセスです。暴力とは、相手をビンタする物理の力だけでなく、糾弾や暴言といった言葉の暴力を含みます。裁判に代表されるように、対立は双方痛み分けで調停されることがよくあります。「共感による互恵関係」は双方が痛みを伴うことなくニーズが満たされる関係を表します ( ※共感による互恵関係という表現は書籍中にはなく、私なりの表現です ) 。

システム開発会社における開発部門と営業部門の対立を考えてみましょう。開発部門にとって営業部門は目を離すと無茶な提案をする部門、営業部門は開発部門を顧客の要望を聞かず融通も利かない部門とみなしているとします。次のような感じです。

  • 開発部門 : 営業部門は成績を達成するため、いつも顧客の言いなりで無茶なスケジュールを承諾する。実現性を無視する不誠実な部署だ。

  • 営業部門 : 開発部門はいつも「それは無茶です」を繰り返し会話を拒否する。そんなに嫌なら仕事をせず給料ももらわなければいい。

話し合いは相手に対する評価を押し付け合うボクシングとなり、どちらかがギブアップするまで止まりません。果てしないラウンドを抜ける方法はあるでしょうか ? NVC は、「共感による互恵関係」に至るため 4 つのステップを提案しています。

  1. 観察 (Observations)

  2. 感情 (Feelings)

  3. 必要としていること (needs)

  4. 要求 (requests)

開発部門にフォーカスし行ってみましょう。

  1. 観察
    営業部門が顧客に約束するスケジュールは開発部門の見積もりと 1 カ月以上乖離していることがあった。

  2. 感情
    保証できないスケジュールが顧客に約束されることに恐怖を感じている。自分たちの見積りが無視されていることにがっかりする。

  3. 必要としていること
    自分たちの見積りと根拠を顧客に正確に伝えたい。

  4. 要求
    顧客にスケジュールを説明する際は同席させてほしい。

要求が明確になりました。評価を押し付けあっているときは「相手の部門をやり込める」ことに集中していましたが、 NVC のプロセスでは自身の感情から生まれるニーズを満たすための要求が行われています。営業部門として競合に対する焦りがあり、短期間かつ妥当な範囲で契約を結ぶため開発部門に積極的に参加してほしいニーズがあったら、この要求は適合しそうです。結果として、営業部門の提案に開発部門が同席することになり、双方が協調して提案できるようになったら「共感による互恵関係」といえるでしょう。(練習として、営業部門から見たらどうか ? を考えてみてください)

  1. 観察
    ( 営業部門が実際に経験した出来事は何か ? 曖昧な議論にならないよう、定量的に表現することは可能か ? )

  2. 感情
    ( 観察によりどのような感情が湧いているか? )

  3. 必要としていること
    ( 感情の背景にある、自身の満たされない期待は何か ? )

  4. 要求
    ( 相手が実行可能なアクションは何か ? ) 

個人的に、「感情から生まれるニーズ」に注目することが NVC のポイントと考えています。どんなに優秀な人材がそろっていても、あいつらは気に入らない、と感じて一緒に働いていたら成果が出るわけありません。人間だれしも感情があり、お互いの感情を認知する共感は「チームの境界をつなぐ」ために不可欠です。ではどうしたら感情が満ちるのか ? を明確にし、具体的な要求をすることで共感による互恵関係への道が開けることになります。

言葉は窓となり、そして壁にもなる

冒頭で紹介されているルース・ベベルマイヤーの詩の一説ですが、 NVC のポイントをよく表していると思います。相手に対する評価の押しつけは共感への壁となり、感情から生まれるニーズは窓を開くきっかけになります。

プロダクト作りに NVC を応用する

NVC に基づく関係づくりはプロダクト作りにも応用ができます。カスタマージャーニーマップを聞いたこと、作ったことがある方もいると思いますが、ここで「感情」を考慮することが NVC のプロセスを理解するとより意義深くなります。次の DESIGN α さんのカスタマージャーニーマップテンプレートでは、感情、さらに次の要求までがマップで整理されています。

DESIGN α : 【テンプレート付き】カスタマージャーニーマップの正しい作り方&活用事例 より

ジャーニーマップを作る工程は、エンドユーザーの感情を理解し要求を引き出すプロセスといえます。もしユーザーインタビューを通じ共感に基づく関係を築き、要求に応えるならそれ自体がプロダクトの種といえるでしょう。
この見方に立つと、プロダクトは中核となる 1:1 の関係性と、それを 1:N に拡張するためのメカニズムから構成されるといえるかもしれません。ソフトウェアの UI/UX や、マスマーケティングの広告は 1:N にスケールするための機構です。 1:1 の関係性を理解したチームが、その効用を 1:N へ複製するとも言えます。そう考えると、最初のひとりと関係を築くことが非常に重要といえます ( たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング と通ずるところがあります ) 。

NVC の難しさ

NVC の 4 つのプロセスは紙一枚に収まるぐらい単純な一方、実際やると難点が多々あります。 NVC の書籍の紙面の多くは、この難点を解決する方法が述べられています。個人的に特に難しいと感じたのは次の 3 点です。

  • 評価を交えず観察する / される
    「相手を評価する」のはボクシング開始の合図です。リングに上がらず関係を築くには、評価と観察の分離が不可欠です。例えば、「開発部門は仕事をする気がない」というのは評価です。「開発部門は営業部門の受注した仕事に対し異議を申し立てたことが 5 回ある」などが観察です。評価を交えず観察できているかは、相手の神経が逆立つか ? を考えればだいたいわかります。
    注意点は、相手側からボクシングのゴングが鳴る場合がある点です。相手が NVC を知っているとは期待できないですから、例えば「あなたは休日いつも寝ていてだらしない」などと先制パンチをくらうこともあります。この時「それは私が土曜日の朝 9 時まで寝ていることかな ? 」など観察と評価を切り分けリングの外での話し合いを開始することが必要です。そうすれば、例えば「土曜日の朝はゴミ出しがあり間に合わせるのに手伝ってほしい」というニーズにたどり着き、 収集開始の 8 時前に一旦起きる、という形で妥結できるかもしれません。「だらしないのは君のほうだ。例えば昨日・・・」と応酬し互いに傷だらけになるより良いでしょう。

  • 感情を表現する
    実践して気づいたのは、感情を表現する語彙をあまり持っていないことでした。「営業部門は不誠実と感じた」「だらしないと感じた」といった表現が感情に見えて評価であったり意見であるのはもうお分かりでしょう。実際は「プライドが傷ついた」や「イライラした」です。感情を特定できてはじめて、何にプライドを持っていたのか ? イライラの背景にある期待は何か ? と問いかけることができニーズにたどり着くことができます。逆に言えば、自分自身 / 相手のニーズにつながらない「感情」は感情ではないと言えます。

  • 要求を強要にしないこと
    強要は感情を逆撫でします。相手が強要と感じるなら、 NVC のプロセスに問題があります。例えば、「営業部門はスケジュールを安易に妥協しないでほしい」は 3 重に問題があります。まず「安易に」という定義が不明でどう行動すれば要求を満たしたことになるか不明であること、第二に明らかに強要であること、第三に「しないでほしい」という否定形の表現で「ではどうすればよいのか ? 」が具体的でないことです。先述の「顧客にスケジュールを説明する際は同席させてほしい」は、内容が明確・強要でなく依頼・肯定形と 3 つの点を解消しています。営業側が同席が難しいと回答するならどうすればお互い納得できる形で提案ができるか検討する余地があります。

このほかにも様々な難点と解放があります。詳しくは、ぜひ書籍を読んでいただければ幸いです。

おわりに

本記事では、 NVC (NonViolent Communication) の目的と 4 つのプロセス、プロダクト開発への応用、実践の難点を紹介しました。私は NVC がワークショップの提案やファシリテートに留まらず、身近な人間関係にも応用可能なことを感じています。生成系 AI が簡単に使える昨今では、伝えたい意見を事前に NVC の観点で評価することも容易です。試しに次のプロンプトを作ってみました。

次の意見を相手に伝える時、 NVC のプロセスに基づきどのように伝えるべきかプロのメンターとしてステップごとに具体的な発話内容とその理由を考えテーブルにまとめててください。NVC のプロセスは次の通りです。
<nvc>
1.観察
意見の背景となる相手の行動を、事実ベースで可能な限り定量的に述べる。
2.感情
相手の行動から生起された感情を、相手に対する意見や評価と区別し述べる。
3.ニーズ
自分自身の感情からどのような期待が満たされなかったのかを述べる。
4.要求
相手に対する要求を述べる。要求は強制ではなく、肯定的かつ実行可能な依頼にする。
</nvc>
意見 : 休日だからと言ってもだらしなくいつまでも寝ていないで

ChatGPT 3.5 の出力は次の通りです。感情がきちんと自分自身の感情になっていて、要求がポジティブでいいですね。

ChatGPT 3.5 による NVC

Anthropic Claude による出力は次の通りです。こちらも感情とニーズが自分自身発になっており、要求が強要ではないですね。

Anthropic Claude による NVC

自分自身の感情やニーズ、強要にならない要求にする壁打ち相手として十分使えそうです。 AWS が公開している無料で生成系 AI アプリケーションが作れる PartyRock で NVC メンターを作ってみたのでぜひ遊んでみてください

NVC メンターの画面

NVC マスターへの道は遠いですが、私自身精進していきたいと思います!

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