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ボリビアの秘境トゥピサで、西部劇映画の主人公になりきった日

2016年6月。世界一周に出発してから、気付けば4か月以上が経っていた。

私は南米ボリビア西部の都市、ウユニにいた。
午後10時、極寒のウユニ駅のプラットフォームから、夜行電車に乗り込んだ。

列車は定刻に出発。車内は暖房が効いていて、凍えきった手足がじんわりと温まってくる。天国……

行き先は、アルゼンチンとの国境付近に位置する都市、トゥピサ。ラパス、ルレナバケ、コチャバンバ、スクレ、ポトシに次いで、ボリビア最後の滞在場所となる。

トゥピサの存在は、ボリビアからアルゼンチンへ抜ける経由地について調べていたときに、初めて知った。観光地としての知名度は決して高くないし、情報も少ない。

しかし、アンデス山脈一帯に位置するトゥピサの風光明媚な写真を目にし、一瞬で心を奪われた。ポトシ、ウユニと極寒の地が続き、いつしかトゥピサに対し、桃源郷のようなイメージを抱くようになっていた。

列車が出発して約5時間、外はまだ真っ暗な午前3時、トゥピサ駅に到着。駅の待合室は施錠されていた。

「すみません。この時間でもチェックインできるホテルを知りませんか?」

駅員の中年男性に尋ねると、駅から徒歩5分のホテルを案内してくれた。1泊2000円。貧乏バックパッカーにとっては高くて怯んだが、うろうろ歩き回るのは危険なので、このホテルに決めた。

シングルルームは清潔で快適。熱々のシャワーを浴びて、朝まで泥のように眠った。

翌朝、朝食を食べに1階のレストランへ。豪華な朝食ブッフェを前に浮き立つ。ヨーグルトにグラノーラをたっぷりと入れて、パンにバターをたっぷりと付けて頬張り、幸せを噛みしめた。

あまりの居心地の良さに、延泊をしようか心が揺れた。だが、節約のために泣く泣く宿を変えることに。

「Residencial valle Hermoso」というホステルは、シングルルームが1泊920円。部屋の設備は申し分なく、ホットシャワーの温度も水圧も良好で、こちらに移動することに決めた。

滞在したシングルルーム
スペイン語を教えてくれた宿スタッフのマルコ
宿の朝食

宿の屋上に上がってみた。乾季の空は青く澄み渡り、ぽかぽか陽気で気持ちがよい。

トゥピサの標高は約2850m。町全体の建物の屋根が低く、周囲にそびえる雄大なアンデス山脈を一望できる。

乾燥したアンデスでは、背の高い木々が育たない。荒涼としたむき出しの山肌がワイルドだ。

宿のWifiを繋いで、日記を書いた。

カラリとした気候で、ウユニ塩湖で塩まみれになった靴を洗って干すと、あっという間に乾いた。

さっそく町を散策してみよう。宿周辺は静けさに包まれている。オフシーズンの冬だからか、観光客もほとんど見かけない。

女の子が一生懸命に掃除をしていた。ボリビアでは、幼い子どもでも積極的に家事や仕事に関わっている光景をたびたび見かける。

市場を訪れると、なかなかのにぎわい。

これまでにボリビア7都市を旅したが、トゥピサの人は特にフレンドリーな気がする。外国人が珍しいのか、道行く人が「Hola!」と挨拶してくれる。

乾燥地帯が続き、手があかぎれ寸前だったので、慌ててニベアを購入。

トゥピサ観光のハイライトは、乗馬やトレッキング、ジープツアーなどのアクティビティのようだ。

私自身、めったにアクティビティやツアーに参加する人間ではないが、せっかくなので乗馬体験をしてみることに。

宿近くのツアー会社を訪ねると、乗馬体験ツアーは3時間・5時間・7時間と、3種類のコースがあるらしい。悩んだ末、5時間コース(33ドル)に申し込んだ。

迎えた当日。ウィルソンと名乗るマエストロ(インストラクター)の男性と合流し、ふたりでバスに乗り込んだ。

現地に到着すると、さっそく革紐とカウボーイハットを渡された。昔、アメリカの西部劇映画を観てからカウボーイに憧れを抱いていた私は、「カウボーイになれる!」と心が躍った。

「きみのパートナーは、フアラだ」

ウィルソンが手綱を引いて連れてきた馬は、白毛のフアラちゃん(4歳)。ずっしり重たい体で申し訳ないけど、どうぞよろしくね。

フアラちゃん

「右に進みたいときは、右の手綱を引く。左に進みたいときは、左の手綱を引く。ストップしたいときは、手前に手綱を強く引くんだ。以上。さぁ、乗ろう!」

15秒ほどのシンプルな説明のあと、ウィルソンはフアラちゃんにまたがるように促した。えぇ、もう説明は終わり!?

乗馬は人生初体験の私。ウィルソンのサポートを受けながら、おそるおそるフアラちゃんの上にまたがった。

右へ、左へ、手前へと手綱を引いてみる。フアラちゃんは私の指示通りに動いてくれた。なんてお利口さん……!

「じゃあ、オレの後をついてきてくれ」

ウィルソンが進みだし、慌ててフアラちゃんの手綱を引いた。フアラちゃんがパカパカと歩を進めるたび、彼女の全身の筋肉を感じる。意外に順調に進めているかも。

数十分進むと、巨大な赤茶色の岩山が出現し、息を呑んだ。
なんじゃここは。アメリカの西部劇の世界そのものじゃないか……!

目の前に広がるのは、いわば「南米のグランドキャニオン」。気分は完全に、西部劇映画の主人公だ。胸の高鳴りが止まらない。

ウィルソンが写真を撮ってくれた

あちこちに、巨大なサボテンがにょきにょき生えている。

ウィルソンは寡黙な男で、必要最低限の会話しかしない。ひとりでじっくりと景色を堪能したい私にとって、それが心地よかった。

パカッ、パカッ、パカッ…… 馬のひづめの音だけが響く。互いに無言で、荒涼とした大地を、ただひたすらに進んでいく。

他の観光客はほぼ見かけず、壮大な絶景が貸切状態。なんという贅沢だろう。

空に向かって突き出す険しい岩山

岩のトンネルをくぐり抜けた先にあったのは……

巨大な赤岩の断崖がドーンとそびえたつスポット!

「今から30分の休憩だ。自由に過ごしくれ」と言い残し、ウィルソンはどこかに行ってしまった。長時間の乗馬はおしりに負担がかかるので、しっかり休まねばならない。

フアラちゃんから降りて、周辺を散策することに。

珍しい植物をいくつも発見
慣れないパノラマ撮影にも挑戦

周辺に誰もいないので、自撮りして記念撮影。「いつも同じ表情だね」とよく言われるので、変顔にも挑戦してみた(笑)。

しばらくすると、乗馬のマエストロ集団に遭遇した。拙いスペイン語を駆使して、彼らと数十分ほど楽しく歓談。

最年少のマエストロは14歳とのことで、驚いた。

いつの間にか、ウィルソンが戻ってきた。フアラちゃんにまたがり、再出発!

ウィルソンは時々後ろを振り返り、私とフアラちゃんがついてきているか確認をする。

途中から、1匹のワンちゃんが我々のお供をしてくれた。

フアラちゃんは終始お利口さんで、ど素人な私の指示にも忠実に従ってくれる。あと少し、頑張って!

太陽がゆっくりと沈んでいく。


日が暮れてあたりが暗くなり始めたころ、無事に出発地点に戻ってきた。ウィルソン、最高の経験をありがとう!

興奮が尽きないなか宿に戻り、写真を見返しながら、今日1日の感動を反芻した。トゥピサの自然美は私にとって、マチュピチュもウユニ塩湖もはるかに凌駕する絶景だった。

「私はどんな風景を前にしたら、もっとも心動かされるんだろう?」

そう自問自答すると、風景そのものの美しさだけではなく、貸し切り感があることや、「ひとりでじっくりと感動を味わえること」など、あらゆるコンディションが整ったときに満足度が高まるタイプなのだろう、という結論に落ち着いた。

旅することは、究極の自己探求でもある。



寒暖差にやられたのだろうか。乗馬体験をした翌日から、体調不良に陥った。フルーツとヨーグルトしか喉を通らない日が、2日ほど続いた。

体調不良に陥った初日の夕食

朝食のパンを食べる気になれず、日本から持参したインスタント味噌汁を作って飲んだ。

出汁のうまみが全身に染み渡る。和食ってすばらしい。世界一だよ。

2日後、少し食欲が復活してきた。フラフラと近くのメルカドに行き、野菜と骨付きチキンが入ったお粥を食べた。優しい味付けでおいしい。

1匹のわんこがトコトコやってきて、私の膝におててをポン!

さらに、膝の上にアゴをちょこん。そのかわいさは反則だわ。

狙いはもちろん、私のランチ。ごめんけど、これはあげへんでー(笑)。

メルカドのおばちゃんたちと歓談。私の旅や、なぜだか日本の出産事情について質問された。

人と話すと元気になる。優しいトゥピサの人たちが大好き。

3日経つと、体調はほぼ回復。名残惜しいが、そろそろトゥピサを発たねばならない。

1ヶ月以上滞在したボリビアの旅も、もうおしまい。ビザの期間を延長しておいて良かった。

多彩な魅力に驚かされたボリビア。不便なことやトラブルも多かったけど、旅人を惹きつけてやまない理由がよく分かる。

次なる国は、アルゼンチン。現地で安くておいしい牛肉をたっぷりと喰らうために、ニンニクと胡椒をメルカドで入手した。

明日、アルゼンチン北西部の都市、サルタに向かう。トラブルなく国境越えできますように。



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