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シン・不条理

小学四年生の初夏のある日。給食後の昼休みは、いつもと同じように、校庭に遊びに出た。僕はそこで、同じクラスのメンバーと、"ボールの当てっこ"というなかなか殺伐とした遊びをやっていた。
しかし僕はその遊びの殺伐さに疲れたのか、なんとなく楽しくなくなって、校庭の脇の、大きな桜の木の元へと一人駆けていった。

一人、桜の幹にもたれ、キーキー言っている同学年のチビどもを見ながら息を吸っていると、桜の木の上の方から、「ちゅぴぴ」という声が聞こえた。どうやら鳥の雛が居るようで、その声は親鳥を呼ぶためのものだったらしい。それに気づいた瞬間から僕は、砂煙だらけの校庭の様子はどうでも良くなってしまい、ボール遊びにも戻らず、親鳥がいつ帰ってくるか、雛鳥と一緒に待ち続けた。梅雨の開けた天気は小学生の僕には気持ちが良かったが、結局、親鳥が帰ってくる前にチャイムが鳴って、僕は残念な気持ちを引きずりながら、教室へ帰っていった。

教室に戻ると、空気が張り詰めていた。先生が、どうやら怒っているようだ。この先生はもともと怒りっぽいし、毎朝僕らに宗教めいた言葉を音読させたりもするので、僕はそれほど気にもせず席についた。すると先生が言った。

「さっきボール遊びをやってきた人は立ちなさい。」
空気は張り詰めたというところを通り越し、凍りついた。そんな中、10人ほどがおもむろに立ち上がった。ほとんどの時間鳥を見ていたとはいえ、僕も少しはやっていたから、しぶしぶ立ち上がることにした。立っているやつを見渡すと、僕を含めて11人いる様子。ガキ大将のりゅうや、大食いのまさし、背の高いオガタとか。そして、何故か背の小さいタクチンは泣いていた。

「さっきボール遊びをやっている時に、いじめられたという報告がありました。」

空気だけでなく僕らも凍りついた。

「犯人を見つけ出します。まず、いじめられた人は座りなさい。」

泣いているタクチンが座った。タクチンはガキ大将のりゅうやと一番仲がいい。正直意外だった。

「でば、今座った人にボールをぶつけていない人は座りなさい。」

5人ほど座ろうとした。だけれども、その一人、大食いのまさしはタクチンに「お前当てただろ!!」と怒鳴られて、座るのをやめた。俺は立っていた。最初の方、一回あいつにボールを当てた。その時はまだ泣いていなかったし、普通に殺伐としたボール当てゲームだった。

「今立っている人はみんな悪い人です。でも、一番悪いのは、彼を狙うようにみんなに言った人です。」

先生はタクチンを指していった。しかし、肝心のやつはもう泣き止んでいて、何故か少し笑っているように見えた。先生は頭に血が上っているらしく、それには気がつかなかったようだ。

「ボールを当てるように言われた人は座りなさい。」

四人が座った。大食いのまさしとか、背の高いオガタとか。残ったのはガキ大将のりゅうやと、何故か僕だった。でも、僕はりゅうやにボールを当てるように言われていないし、きっとその頃は鳥を見ていたはずだ。

「今立っているのは本当の悪人です。」

心がグシャッと言った気がした。クラスのみんなが僕らを黙って見ていた。シーンとした教室は、10秒ほど動かなかった。そんな中、ただ一人りゅうやが“何でお前立ってんの?”と声を出さずに話しかけてきた。それは僕が知りたい。首を横に振った。それを見るとりゅうやは僕を見つめながら先生に言った。

「あの、先生、でもこいつ…」

「でもじゃない!!言い訳をするな!!」

ダメだ。先生の顔は真っ赤で、完全に出来上がっていた。この瞬間、僕らは諦めを知った。先生は続ける。

「みんな、この人たちをどう思いますか。一人一人言ってください。」

一番前の席の一番端っこのやつを指して先生が言う。指されたやつは初め戸惑っていたが、やがて口を開き小さく

「最低だと思う」

と言った。それを聞いた先生は満足そうに次の人を指す。

「最低だと思う。」
「ひどいと思う」
「嫌だと思う」

クラスのみんなが一人づつそんなことを言っていく。笑っているタクチンも、僕が好きだっためいちゃんも、ボールをぶつけた大食いのまさしも、背の高いオガタも。僕は立たされて、どこを見たら良いのかも分からないまま、ただそれを聞いていた。

クラス全員が僕を刺した後、僕は座れたのか、どうなったのか。それは覚えていない。

でも僕は泣かなかったし、この瞬間悟った。
人生は不条理なものなんだと。途端に全てがどうでも良くなってしまった。友達関係も、学校それ自体も。

その時の、ただ一つの気がかりは、あの雛鳥が餌を貰えたかどうか、それだけだったと思う。



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