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夢と綿毛

産毛の浮くような、心地のいい陽射しで目が覚めた。あぁ、また酔いつぶれてしまったのかと思えば、見覚えのない野原があたたかく輝いていた。

遥か広大なその美しさに目を奪われていると、耳元に幼い声がやってくる。

「ワクワクするねぇ」

声のほうに顔をやろうとして、動けないことに気づいた。金縛りかと思ったけど、体が揺れている気もする。いや、というか、飛んでいってしまいそうだ。この体の軽さはなんだろうとおもっていると、急に歓声があがった。

まるで渡り鳥の群れのように、いくつもの綿毛が風にのって飛んでくるのが見えた。柔らかく光りながら、ゆっくりと飛んでいく。やがて歓声は落ち着き、楽しげな会話が聞こえてくるようになった。

「上手に風にのってたねぇ」「どんな世界が見えるかなぁ」

明るい声が耳元で無邪気に跳ねる。それで、なんとなく分かってしまった。

羽のように軽く、揺れることしかできない体。目の前に広がる、あまりにも大きい草花。

ー僕もまた、飛んでいく運命だと。

綿毛になってしまったことは、不思議と怖くなかった。僕は僕として、夜遅くまで一人酒びたっていた覚えがある。そのうちに目が覚めて、重い体がもどってくるだろう。これはひとときの、ふわりとした夢だ。

周りからはずっと嬉しそうな声が聞こえてきていた。時々にまた遠くから仲間が飛んできて、そのたびに歓声があがる。

耳元でそれに触れるたびに、妙な悲しみを感じていた。彼らはなにも知らない。飛んでいった先がコンクリートかもしれないし、川に流されるかもしれない。よしんば知らない土へたどり着いたとしても、そこで芽吹く命は自分ではない。別の花、別の綿毛だ。

風がふけば、おわり。

・・・ときめきながらそれを待つ子らのなかで、僕だけが置いてきぼりになっている。同じように喜ぶこともできず、曖昧な哀れみだけがここにある。

蝉が鳴かなくなっても、それは季節がおわっただけなのに。声に触れただけでこんな感情が生まれる自分。夢のなかでも変わらないなら、飛んでしまえばいい。

けれど、風はまだこない。

いま、なぜ五感を感じられるのだろう。草花の香りや、空気の肌触り、日の暖かさ。いろいろなものがやわらかく体を包んでいる。ここにいるのはただの綿毛のなのに。そのときに広がるであろう光景を、待ちわびている自分がいる。これじゃあ周りの子達とおなじじゃないかと思うが、ちがう。

僕は飛べば目が覚めるのだ。落ちた先か飛んでいる間かはわからないけれど、広大な大地からいつもの寝室へ戻るだけ。でも、この子達を待っているものは無情でしかない。風がふかなくても結局おなじ。だったら、幸せな夢をみたまま飛んだ方がいいのだろうか。

そもそもなにを哀れむ必要がある。ただ一時の幻想だっていうのに。
だっていうのに、どうにもいけない。

耳元の無邪気さからうまれる感情を、無視できない。それは滲むようにひろがっていき、ゆっくりと浸透してくる。ここにきて、ようやくしっかりと認めることができた。

僕は綿毛で、この子達は仲間なのだ。そう。仲間が消えてしまうことが、いまはただ、悲しい。

本能に身をゆだねてしまえば、すぐに期待感が身を包むだろう。けれど、ここにある悲しみがそこに歯止めをかけている。はじまりの合図を待ちながら、不安と喜びの入り交じった心がせわしなく足を動かす。

「ねぇ、きみはどこに飛んでいきたいの?」

突然聞かれてドキリとした。ほかの綿毛に聞いているのか。でも、周りはいまだに無邪気に騒いでいる。答えようとおもったけど、難しい。だって、僕は山も海も知っているんだ。そして、君たちの運命も。

なにを答えても嘘っぱちだ。僕は綿毛で、君たちは仲間だ。でも、それなのに。僕だけが、仲間じゃない。

「・・・ごめん、僕は」

あまり楽しみじゃないんだ。

そう言おうとした時、風はやってきた。

強い風だった。躊躇うまでもなく僕たちは茎をはなれ、またたくまに空へ舞い上がった。視界がすごい勢いで角度をかえていく。まるでジェットコースターのように、周りから歓声が聞こえる。叫びとその勢いにやられ、とうとう、僕もおなじように声をあげた。

・・・飛んでいく。喜びの声が世界に溢れている。少しずつ視界の揺れが収まり、美しく広大な景色が目の前にひろがっている。

あぁ、仲間達の姿も見える。暖かな陽射しに照らされて、妖精のように煌めいている。
また喜びがせりあげてくる。さっきまでの悲しみもいっしょになって、胸いっぱいに よかったね、ごめんね と。

飛んでいく。歓声が響き続けている。

さようなら、みんな。さようなら。

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