花を葬る

先端の細いジョウロを傾ける。枯れた花束に水が注がれるとそれはしだいに鮮やかさを取り戻し、やがて燃えあがった。

暗雲の下、男はだまって火を見ていた。
時折 パチリ パチリ と乾いた音が鳴り、そのたびにひとつ花びらが燃え尽きていく。隣では客が涙を流し、漏れるように苦しい声をあげる。

雲が流れ月が出てきても、火はまだそこにあった。
客は「母にあげるつもりだった」と言い残し去っていった。
もはや何も知れることはなかったが、あの花束が行き場を失ったことだけはわかっていた。

古ぼけた銀製のジョウロ。それを受け継いだ時、持ち主の老人が灰となって消えたことを覚えている。まるで全て夢だったのかとおもうほど、あっけない最後だった。

ずっと共に暮らしてきた相手だった。特に思い出などないが、とにかくいつも近くにいた。

老人にはたまに客が訪ねてきた。様々な人がいたが、一様に花を持ってきた。それは束である時もあれば、一輪の時もあった。
気になって聞いてみると、老人は「捨てられないらしい。俺が燃やすしかない。」と言った。客は花以外は何も渡さず、彼も求めなかった。

土に花を置き、ジョウロから水をそそぐ。やがて花は色を手放すように燃えはじめる。赤い花は赤い火、青の花は青の火となって、あたりを照らした。

最後まで見届ける客は少なく、大抵は言葉もなく帰っていく。足早に去る者も少なくなかった。いずれにしろ、老人は火が消えるまでそこにいた。

二人は変わらなかった。客の子供が花を持ってくるほど時がたち、またその子供が客となっても。

男はもうずっと一人だった。
ただ流れていく日々。けれど、花を燃やす時間だけは嫌いじゃなかった。
だから彼もまた見つめつづけている。相手を弔う気持ちなどなくても、消えるまでそこにいるのだ。

月が山の向こうへ消えた頃、ようやく今日の火が消えた。冷たい暗闇がすぐにやってくる。
小さく息をつき、男は家路へとつく。
足が重い。ずっと老いなど感じてこなかったが、ジョウロを受け継いでから僅かづつ死へ向かっている気がしている。

自分もあのように灰になるのだろうか。いや、なるんだろう。それは感覚でわかっていた。  だからって怖いわけじゃない。むしろ同じようになれたらと思っていた。
老人が消えた時なんの感情も沸かなかったことが、男の唯一のしこりだった。

椅子に座り、机の上の花を手に取る。

遺品だ。あの日、帰ってみればそこにあった。
それをずっと燃やさずにいた。特に理由はなく、まだいいかと飾ったままでいた。

少しの力で崩れてしまいそうなほどの手触り。知っている。これはとっくに枯れているのだ。それなら、やることはひとつしかない。

男はそのまま家をでて、花を土にそっと置いた。そして、いつもと同じようにジョウロで水を注ぐ。
・・・すべてを注ぎ終えると、小さな水たまりができていた。枯れた花がバラバラになって浮かんでいる。

そうか。燃えないか。

小さくため息をつき、男は家に戻っていった。

夜も明けぬ頃、扉を叩く音で目が覚めた。玄関を開けると子供がいた。赤く腫らした目をしている。手には小さな籠を持っており、溢れるほどの花が入っていた。

かるく身なりを整え、自分もまた小さな籠を手にとると、花をいくらかそこへ移した。どこで燃やせばいいか聞くが、子供は答えない。ただ俯いて震えている。

長くなりそうだと男は思った。沈黙の中 パチリ と乾いた音が響く。客の向こうで、小さな火が揺れているのが見えた。


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ぴぴぷる
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