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【長編小説】配信、ヤめる。第13話「地獄配信」

 何も考えたくはないけど、もう、どこに向かおうとも、配信が立ちはだかっていた。この家も配信の思い出があまりにも満ちている。壊れた縁側。祭りでの写真の炎上。そして、蛍太さんの死。
  お別れがしたいと思った。最後に見た蛍太さんの顔はとても悲しそうだったのを思い出す。俺がしたくて配信をしてたのに、全部蛍太さんのせいにしてしまったんだ。せめて、そのことを蛍太さんの両親には伝えたかった。
 あまりに多くを亡くしてからやっと気がつく。こんなに簡単なことなのに。逃げたって無駄だということ。責任を逃れようとした先に待っているのは、後悔だけだ。
「爺ちゃん。俺もう帰る」
「そかそか。帰るか。分かった」
 すぐに車を準備してくれる。ここに来た時と同じように、駅まで。
 別れ際、修爺さんがエナジードリンクを買ってくれた。
「穣介。いつでも帰ってこれるからな」
 いつものように簡潔にそれだけを言って。車は去っていった。
 深呼吸をする。よし。ちゃんと一人なことを確認する。それは、自分が世界から逃げていない証拠だった。逃げる者には必ず追う者がいる。
 俺はエナジードリンクを一気に飲む。血糖値が上がって生きてる自覚が生み出されるような気がした。蛍太さんとの生活が身体中に浮かび上がってくる。蒸すあるさの小さな部屋。ゲーミングパソコンのクリック音。終わらない夜。
 俺は配信を始めた。
[マジか][伝説の始まり][俺は信じてた]
 コメントの嵐。こんな時にどうかと思うがワクワクする。インターネットの向こうの人たちの熱意をコメントから感じた。
「ご無沙汰!」
 スイッチが入った。俺の中のバブルが目を覚ます。
「ここが特定された伝説の地。俺は今、ここを離れる!」
[どこ行くんだ?][テンション高っか][そんな場所離れろ]
 インカメにしてるので自分の顔が見える。最近見た中で一番イキイキしている。
「まず電車に乗るけど、充電もたないし配信きる。待っとけ」
 そしてぶつ切った。配信は終わったが、依然として俺はバブルのままだった。

 電車に乗って来たのはテオティワランドだ。もう日が沈みかけていた。夕陽が紫色で妙に現実味がない。空の青と夕日の赤が混じってこの色を生み出すらしい。
 配信をつける。
[再放送][空の色怖っ][どこだ?]
 インカメに満面の笑みを浮かべてから、外カメラに変える。画面には夕日をバックにしたテオティワランドが映った。そびえ立つ巨人が圧巻だ。
 何も言わないでグングンと進む。店員の顔は映さないように上手くカメラを動かす。
 門をくぐり中に入る。テオティワランドは夜の新しい顔を見せてくれた。日が暮れていてライトアップが幻想的だ。それが手伝ってかカップルが多い。
 俺は走った。色々なことを思い出していた。実は泣きそうになっていた。そこで気がつく。俺は蛍太さんにお別れをする為にここに来たんだと。
 走りながら思い出が蘇る。みんな、今何をしているんだろう。
 疲れて近くのベンチに座る。涙は止まっていない。
[泣いてる?][パレードの時間だ][パレード見て元気だそう]
 パレードと聞き歩き出す。映していいのか分からないからインカメに直す。すぐ近いところから見ることが出来た。
 テオティワカンでかつて行われていた血の儀式の再現らしい。もちろん直接的な表現はない。お人はお菓子の人形、血は色とりどりの生クリーム、心臓は大きな苺。
 ライトアップで俺の顔がカラフルに光っている。
 祭壇を模した大きな乗り物の上でコアちゃんが軽快にダンスをしている。俺はその踊りを真似した。
[急にどうした?][同情するけど普通にキモい][バブル、魂のダンス]
 満足がいくまで踊って配信を切った。涙が止まらなかった。
 テオティワランドを出て気持ちが落ち着くまで駅のホームで座った。もう遅い時間だから、近くの漫画喫茶に泊り、眠りについた。

 目が覚めた。昨日の配信のエゴサはしない。これは俺の話だからだ。
 漫画喫茶を出て配信をつける。
 画面には寝癖がバッチリついた俺が映っていた。
「今日も行くぞ!」
 コメント欄は盛り上がりを見せている。どうやらバブル復活祭と呼ばれ、他の一部配信者が生配信をしながら祝っているらしい。
「祭りじゃ」
 呟き歩く。駅までについても配信を止めなかった。もう、居場所はバレるのは構わない。
 特に喋らない。ただ、満面の笑みを浮かべる。目的の場所は決まっていた。みんなでヤラセの配信をしたゲームセンター。
 中に入る。懐かしい。だが、もう泣かなかった。今は楽しい。視聴者のことなんて頭になかった。ただただ懐かしさに身を任せていた。
[うん][わかるわかる]「ここ、懐かしいな」
 たまにコメントを見て、この気持ちを共有してくれる人がいるのが嬉しかった。
 満足いくまでここにいた。店員に声を掛けられて逃げるように出る。
[逃げ方ダッサ][このショボさ][最高]
 これでいい。
 また電車に乗り込む。次はごみの不法投棄場だ。
[遡ってる][俺、なんか泣けて来た][色々あったな]
 視聴者は俺の行動が読めている。面白い配信をするなら、ここで想像もつかない場所に行くのだが、そんなことは気にしない。
 駅を降りて不法投棄場に行くと、当然だがごみは全くなく、立ち入り禁止の看板が立っていた。あの事件から一月ほどしか経ってないんだ。
[ここはほんと触れちゃダメだよな][バブルって、事件が多すぎる][リアルタイムで見てたけど、マジでびびった]
 なんとなく目を閉じて改めて黙祷をした。興津さんの家での火葬を思い出す。火のゆらめき。蛍太さんが死んでしまった今、あの時興津さんが火葬をした理由が感覚的に理解できる。
 次に向かうのは、蛍太さんとの青姦を見に行った閑散とした駅。興津さんと初めて会った、全てが始まった場所だ。
[まだ行くところあるのか?][他の場所ってあったっけ?][まだある。知らない奴は新参]
 駅に着く頃にはあの時と同じように暗くなっていた。
 じっと座り込む。あの時と同じように草の陰に。
 懐かしさに包まれる。ああ、夏の夜の暖かさだ。ウトウトしてくる。疲れたなあ。微睡む中、蛍太さんの声が聞こえた気がした。
「おい穣介、静かにしろよ。カップルだ」
 そんな。ここには幽霊しか来ないよ、蛍太さん。

鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。