見出し画像

【長編小説】配信、ヤめる。第14話「覚悟」

 身体が揺れている。それと。強い風が顔の一部にだけ当たった。
 目を開けると流れる景色。車の中だ。
 運転席を覗き込む。全く知らない男が居た。黒いスーツに黒いサングラスの日本人離れした男だ。
「うわ!」
 と思わず叫んだら、車が大きく揺れた。が大事には至らない。
「急に大きい声はやめてください」
 怒った上にハンサムな男は、次ににっこりと笑った。
「もうすぐ家につくんで待って下さい」
 家に着く? これって誘拐じゃないのか。これ、配信したら盛り上がる。ポケットにスマホが入っている。取り出すが充電が切れていた。
「バブルさん、そんなに警戒しないでくださいよ。私、碓氷兄貴に頼まれてあなたを助けに来たんですから」
「碓氷くんが?」
 俺が聞くと男は車を停めた。そしてスマホを取り出し音声を再生する。
[バブルさん、その男は信用できる男です。とりあえず家に向かって下さいね]
 男はスマホをしまった。碓氷の声だった。
「あなたの配信を見ていて、寝ちゃったから心配だったみたいですよ。なんせあなたには過激なファンが多いですから」
 そう言って発進した。

 大きなマンションに到着した。入る前に認証を行なってサングラスの男の部屋に向かう。簡単に出られないと思うと無意味に心配になった。
「配信しても構いませんよ。碓氷兄貴もきっとそれを望んでるでしょうから」
「いや、充電が」
「どうぞ」
 差し出された充電器にスマホを繋ぐ。
 窓際にシャンパングラスの置かれた机がある。スマホが充電される間、そこで待つ。大きな窓からは街が一望できた。
「何か気になるところでもありましたか?」
 サングラスの男が手にシャンパンとつまみを持ってやったきた。俺の前に座る。
「街が一望できるなんて凄いなと思って」
 ポコポコとシャンパンが注がれる。つまみはチーズを生ハムで巻いたものでバジルソースがかかっている。
「でも、私のような仕事をしてると、こういうところにしか住めないですよ」
「仕事って?」
「音楽作ったりしてます」
 男は秋葉透(あきばとおる)という名で、曲の提供を主な収入源にしている。碓氷と同じように売れ始めていて、テレビの露出もしている。
「自分を追い込むって意味もありますけど」
 高い家賃の家に住んで、金銭的に自分を追い込む。自信があるからそうするんだろうが。
「エゴサ、なさいますか?」
「え?」
 大きなスクリーンが降りてくる。そこにパソコンの画面が映った。操作は秋葉がしている。
 検索サイトで[バブル 復活]と打ち込まれる。
 様々な意見が流れる。賛成意見も反対意見も半々くらいだ。
「すみません、一緒に見るのはあまりいい気分ではありませんよね」
「いえ、そんなこともないですよ。もう、そういう所に俺は居ないんです」
 画面がスクロールする。俺の配信のレポート文が載っていた。配信の最後に、カップルが現れて青姦が行われていたらしい。ちょうどそのあたりで充電がきれ配信が終わったようだ。
 蛍太さんの声が聞こえた気がしたのは、一緒にあの時の配信を出来たからなのかもしれない。
「あなたは幸運ですね。もし映していれば垢BANされていたでしょう」
 アカウント停止のことだ。本当にその瞬間が映らなかったのは幸いと言える。
 そして真打のサイト、アルハレブログ二を見に行く。
 もちろん、大荒れだ。
 俺のファンは当然のように今回の復活を祝い、アンチはアルハレの意見を反芻しながら誹謗中傷を書き込んでいる。
「これくらい私も騒がれてみたいですね。皮肉じゃなくて」
 秋葉は真剣な表情で言った。
 チャイムが鳴る。
「ちょっと出て来ますね。あれ、あ、碓氷兄貴ですよね? 待ってましたよ」
 秋葉がインターホン越しに話て、少ししたら碓氷がやってきた。
 俺を見ると飛びついてくる。
「バブルさん、やってくれると思ってましたよ!」
 碓氷はスカートにメイクをバッチリとしている。
「碓氷くん、その格好でいいの?」
「当然です」
 ここまでこの姿で来たのだろう。写真を撮られた時は結構傷ついてるように思えたのだが。
「バブルさんが復活したんです。僕ももう吹っ切れたんですよ」
 俺が配信しただけ。それだけでここまで心が動く人がいるのが不思議だ。これが代償であり、俺のやるべきことなのかもしれない。
「事務所の契約も辞めました。僕、配信者になりますよ。まだ計画の段階ですけど、結構すぐにやります」
 ものすごい決断だ。
 隣では秋葉がとても驚いている。
「碓氷兄貴、アイドルを辞めたんですか?」
 秋葉に訊かれ、碓氷は得意げな顔をする。
「アイドルは辞めてないよ」
 それを聞いて秋葉は安心した表情をする。
「良かったです。あと、その服、とても似合ってますね」
 碓氷は当然だと言わんばかりふんぞり返っている。俺は二人の関係がとても良いことが分かり安心した。

 三人で食事をとる。机を囲んで夜景を見ながら。
「これからどうするんですか?」
 碓氷がいう。スクリーンには始めて見る映画が流れていた。有名らしい古いSFだ。
 映画は終盤で、宇宙船内の緊迫した場面だ。人工知能の思考を止めるために、何かをきかいから引き抜いている。画面は赤い。
 ここにいる全員が魅入っていた。知能を持った機械は段々と狂っていく。
 そして静寂が訪れた。
「アルハレに会いにいく」
 それは当然のことに思えた。必ず行き着く先。もしくは、狂っていく人工知能にアルハレを重ねたのかもしれない。
「バブルさん、それ最高ですよ」
 碓氷は喜んでいる。笑顔でミディアムレアのステーキを口に運ぶ。
「でも、どこにいるんです?」
 いっぽう秋葉は現実的だ。たしかに居場所が分からない。
「だったら、こっちも総動員で探してやる」
 数ならいっぱい居るんだ。やってやる。例え誰に何を言われようと、アルハレを探し出してやる。

鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。