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【長編小説】配信、ヤめる。第12話「配信、病める。」

 ネットリテラシーって言葉を初めて聞いたのはどこだったか。朝のニュース番組か学校の授業でだと思う。
 インターネットを通して人と会うのは危険だと、そう教わった。
 教わっても配信をしたり、ゲームで知り合った人と会ったりするんだから、人とはしょうがない。
 が、それでも小さな頃からネットリテラシーを学んだ俺たちは、最低限のルールは守っているんだと思う。インターネットの人と知り合いになるが個人情報は守ったり。
 それは毎日のように電車で居合わせるなも知らない人と同じようなレベルで。
 だから、修爺さんが二人を連れてきた時に常識を疑った。
 玄関に蛍太さんと興津さんが立っている。俺はとっさに奥に隠れた。
「お邪魔します」
 普段と変わらないように努めて、蛍太さんが挨拶をした。興津さんはムッとした様子で後で続けてお邪魔しますという。
「あ、お二人は! gus6さんと積木ちゃんだですよね」
 碓氷が出て二人と会話をしている。何とも緊張感のない様子に嫌気がさして俺は部屋に篭った。
 何が起きてももう俺とは関係がないと決め込むことができる。そのはずなのに。居場所はネットで拡散され、蛍太さんと興津さんはここにやってくる。ほっといてくれればいいだけなのに。
 ノックの音がした。
 無視する。
 もう一度ノックがあり、その後で碓氷の声がした。
「二人とも困ってるみたいですよ」
「困ってるって、何が?」
「アンチですって」
「二人のアンチでしょ?」
「いや、アルハレが中心となってるアンチグループみたいですよ」
 まさかアルハレの名前を聞くとは思わなかった。しかし、俺のアンチグループを作ってるとは。相当嫌われたな。
「二人に話を聞くから待ってて」
 アルハレが関わっているとなると、自分の責任のような感じがした。
 居間に向かうと二人はお茶を飲んで待っていた。碓氷が入れた熱いお茶だ。
 蛍太さんと目が合う。
「ひさぶり。来ちまった」
 さっきは気がつかなかったが二人とも、らしくない格好をしている。蛍太さんは青い髪の毛を隠すように深く帽子をかぶっているし、興津さんも深い青色のワンピースと普通な格好で、蛍太さんと同じように深く帽子を被っている。
 碓氷はいつの間に席を外している。
「アルハレがどうかしたって聞いたけど」
 注意深く、しかし単刀直入に俺は訊いた。
「そうだ。それで困ってここに来たってわけだ」
「困ってるって……、それで俺に何ができるんですか」
「そうだよな。けど、俺たちにはどうすることも出来ないってことだな」
 何も出来ない。だから俺のところにやってきた。それは、アルハレが原因だからだろうか。
「そもそも、何に困ってるんですか」
 質問には興津さんが答えた。
「最寄りの駅が特定されてます。アルハレブログにその情報が集められてたんだけど、今は別のサイトが立ち上って、そこで私たちの情報や活動に対する悪意ある書き込みが行われてるんです」
 そのサイトを見せられる。黒い画面に赤い文字。タイトルは『アルハレブログ2』
「アルハレブログがコメント禁止になって、有志が立ち上げたサイトみたいですよ」
「私は知らないですけど、そういうところ含めて穣介さんしか動けないというか、アルハレさんと連絡、私たちじゃ絶対つけられないんで」
「でも、別に俺だってもう連絡つかないよ。それに、もう配信やめたんだ。俺は」
 しばらく無言が続いた。二人が立ち上がる。
 蛍太さんが帰り際に言った。
「じゃあ、帰るわ。じゃまして悪かったな。なんか、こんなことになったのも俺が巻き込んじまったような気がしてて、申し訳ないとも思ってるんだ」
 二人は出て行った。車のエンジンが掛かる音がする。
 修爺さんが二人を送りに行き、家にはまた二人きり。
「どうするんですか?」
 碓氷の目はひどく冷たい。
「どうするって……」
「何もしないんですか?」
 碓氷の手には既に荷物がまとめられていた。
「帰るの?」
「ここにいても、何も始まらないんで」
 俺は自分の部屋に逃げ込んだ。

 それから、俺は一切を忘れようとした。スマホも見ていない。修爺さんも新しい機材を買う余裕は無かったよう、で今は配信を離れてくれている。
 まだまだ暑い日、修爺さんが慌てて俺のことを呼んだ。碓氷が帰ってからどれくらい経ったのか。
 夏は、まだその猛威を奮い続けていた。
「穣介さ、これ、このまえの友達か?」
 食事を取りながら、便宜的にテレビのニュースをつけている。
「穣介や。聞いてるか。髪の真っ青のさ」
 真上の太陽はじりじりとこの古い家屋を痛めつけている。俺は今日のやることを頭に思い描いていた。
 テレビの音がうまく聞き取れない。
「佐藤っていうんだっけな? 隣のはお人形さんみたいなお嬢さん」
 暑さで頭がぼーっとしていた。最近は修爺さんの農業を手伝っていたから、その疲れが出てきたんだ。
「配信中に襲われたってか。恐ろしい世の中だな」
 配信の言葉が聞こえ、ぼんやりしていた頭が俺の意思とは関係なしに覚醒していく。冷えるような感覚がする。
 テレビの画面に吸い込まれるようだ。目が離せない。そこにはモザイク越しにも分かる二人の姿があった。
「穣介や……」
 それ以上は何も言ってくれなかった。俺が何かを言わなくてはいけなかったのは分かっていた。
 ニュースキャスターは、そのセンセーショナルな原稿を繰り返し読んでいる。嫌でもその時の二人の様子が想像できた。
「通報が入ったのは、昨日の二十時頃だったそうです。警察が急いで駆けつけた時には、既に男性は亡くなっていました」
 深刻そうに語るニュースキャスター。けど、蛍太さんのことはこの原稿を読む時まで知らなかったはずだ。そう思うと、その深刻さは一体誰のためなのかと、苛立つ。
 その後に、亡くなった男性はその時に生配信をしていたと説明が入った。動画サイトの説明。そして、蛍太さんが殺された原因について、犯罪心理学の学者と呼ばれている比較的若い男が語った。
「ガチ恋って言ったりするんですけど、つまりネット上でしか会ったことのない人に本物の恋をしてしまうんですね。時には会話は愚か、コメントでのやり取りさえないのにそのような状態に陥るわけです。今回は、積木ちゃん呼ばれる配信者にガチ恋していたファンが、gus6さんに嫉妬して事件が起きてしまったんですね」
「実際に会ったことがないのに、何故そのような感情を抱いてしまうんでしょうか?」
「インターネットで配信を見ている層は、コミュニケーションに問題のある方が多かったりしますから、そう言った方々が生配信なんかをしてると、そういう感情が生まれるんでしょう」
 それからニュースの内容について二、三人のタレントが意見を述べた後、次の動物のニュースに移った。
 スマホを探した。ここに来てから一度も電源をつけていない。だから充電をするところからだ。
 ニュースでは興津さんにガチ恋した奴が起こした事件だと言っていた。けど、何か不安があった。
 スマホに電源をつける。蛍太さんからの通知が大量に残っていた。もう、返信をすることはできない。そんな考えが一瞬頭を通り抜ける。
 興津さんと足立さんと伊崎さん、配信で繋がった人達からの数多の連絡。どれも俺を心配する内容ばかりだ。
 その通知については一旦考えるのを辞めて、まずはアルハレブログを見に行く。新しい記事は一つで、それはやはり俺の活動に対する批判だった。
 全てのコメント欄はやはり閉鎖されている。次にアルハレブログ二を調べる。今回に事件についての記事があり、そこでアンチ達が盛んにコメントをしていた。
 見ていて分かったことがある。こんな事件があっても、全くアンチ達は懲りてないということだった。
 俺に、何かできたのだろうか? 出来ることは山ほどあった。分かってて逃げたんだ。だから、それ以上は何も考えたくない。

鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。