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【長編小説】配信、ヤめる。第17話「配信者と視聴者」

 夏の新商品をみんなで頼み、じっと座り込む。秋葉は持ってきていたパソコンで編曲の作業をしていた。碓氷と俺は一応サングラスとマスクで身元がバレなようにしている。
 退屈な時間だった。けど、ドキドキとして他のことは手につかない。もっとも、することなんてないけど。
 店内は意外に混んでいる。とは言っても、並ぶ必要はないくらいの混雑さ。
 時間は十時半。シフト制だろうから、キリのいい時間にやってくるだろう。

「バブルさん、来ました!」
 碓氷が小声でいう。俺にも分かった。時間は十一時。緊張感が伝わってくる。
 今まさに、レジに立っている。あの女性は確かにそうだ。
 俺は向かう。目の前に立って、飲めないブラックコーを頼んだ。多分、カッコつけだった。
「ブラックコーヒーのSサイズですね」
 そこで俺からお金を受け取るときに目が合った。彼女は驚き目を見開いている。でも
何もいうことはなかった。
 コーヒーが出来上がるまで近くで待っている。明らかに俺をチラチラと見ていた。
「ブラックでお待ちのお客様」
 受け取る。渡してくれたのは彼女だった。
 席に戻る。
「一応様子を見てきたけど、凄い驚いてた。ブラック飲める人いる。」
 秋葉が手を挙げた。カップを手に取ると飲まずにじっと見つめている。
「なんか書いてありますね」
 文字を見せてくる。黒いペンで分かりやすく書いてあった。
[六時間後にまた来て]

 隣で青い髪をした男が俺を揺さぶる。
「おい、バブちゃん、俺の葬式はちゃんと配信するんだろうな」
 蛍太さんが言った。聞き間違いかと思ったがどうでも良い。
「いや、葬式の配信なんて、不謹慎ですよ」
 そうは言いながらも、その配信の様子を想像していた。きっと盛り上がる。悪い意味で。でも、それでも良い。配信とはそう言うものだ。
「えー私は遠慮したいですねー。流石に」
 興津さんはあまり乗り気じゃない。
「また、この前みたいにテーマパーク行きたいです。私、あれ凄い楽しかったですもん」
 見渡すと、あたりは見たこともないテーマパークになっていた。巨大観覧車、巨人の像、などテオティワランドで見た建物もあるが、他にも大きな船、天空には噴水が噴き、二足歩行の熊がこちらに手を振っている。
「蛍太さん、ここヤバいですよ!」
 叫ぶように助けを求める。蛍太さんは笑ってスマホをを構えていた。
 配信中だ。
 隣では碓氷がワンピースを身にまとい、興津さんと服のコーディネートの話やメイクのコツを教え合っている。
「蛍太さん、俺、あの象と戦ってきます」
 身体が勝手動く。蛍太さんの隣で足立さんが喜んだ。期待の眼差しだ。
「ではバブルさん、勝負をしてもらいましょう!」
 伊崎さんの司会で俺と熊のゴングは切って落とされた。
 掴み掛かろうとすると、熊はそれを制した。
「まって、あんな奴がいたら気分が乗らない」
 なぜか熊の声が耳に響く。指さす方には、真っ黒な影の中に誰かがしゃがみ込んでいる。じっとこっちを見ていた。
 アルハレだ。
 座り込む影が中心になって、みんなが円になっている。
 全員に睨まれたアルハレはブルブルと震えた。それは輪郭がギザギザに歪むほどに。
 俺以外の全員がどこかに帰ろうとする。
「待って……」
 俺は泣いていた。

「バブルさん バブルさん?」
 碓氷の声がした。どうやら眠ってしまったようだ。秋葉の車で待つことにしたのだった。
「もう、時間ですよ」
 車のドアが閉まる音。俺たちはお店の前で待った。
 三十分、約束の時間を過ぎてから彼女は現れた。
「遅れちゃってすみません」
 頭を下げられる。ロングの髪はグレーのメッシュに染められていた。
「変装のつもりじゃないんですけど」
 と、髪の毛を遊ばれている。
「確かに雰囲気は全然違いますね」
 なんとなく話を合わせる。実際なんと切り出していいかわからない。彼女がアルハレと関係があるのは知っているが、実際に誰なのか、それは分からないんだ。
 日が落ち始める。夏が終わりかけている。今、そのことに気がついていた。
「あの、俺はバブルって名前で活動してます」
 俺は名乗る。これで伝わるのだろうか。
「知ってます。逆に私のことはどれくらい知ってます?」
「貴方のことは……、多分、ほとんど知らないです」
 彼女は特に反応を見せなかった。
「そうなんですね。ここまで来たってことはてっきり、色々知ってるのかと思いました」
「偶然辿り着けたんです。でも、何も分かってないんです。僕は、あなたが[ある晴れた日]なのかもしれないって、思ってます」
「そうですか。あの、一つ質問させてください。バブルさん、貴方は[ある晴れた日]の敵? それとも味方?」
 答えがすぐに出てこない。本当に迷っていた。一体、俺はアルハレのなんなのだろうか。
 でも、とにかくなにかを口走っていた
「バブルとアルハレは、同じなんです」
 いいながらも、うまく説明はできないと分かっていた。けど、感情はそれが正しいと俺に伝えている。
 彼女はやっと笑った。
「それなら、少しだけ安心かもしれませんね。アルハレは私の弟です」

 車はアルハレのお姉ちゃんを乗せて走った。
「両親は流羽空を産んですぐに離婚しました」
 ルーク。それがアルハレの本当の名前だった。神谷流羽空。年は五歳離れている。離婚の理由は今でも分からないみたいだ。
「けど、流羽空は自分に原因があるのだと、いつも感じていたみたいです」
 それは、年を重ねるごとに強まっていたらしい。
「両親の離婚後は、どちらも親権を欲しがらない状態でしたけど、世間の目を気にした母は親権をとり、その後は祖父母に全てを任せました。無責任ですよね」
 彼女は笑うが、もちろん他は誰も笑わない。
「弟は中学に上がってすぐに不登校になりました。小学生の頃から休みがちでしたけど」
 その頃にネットに入り浸るようになったのだと言う。
「今はアパートに一人で暮らしてます。とは言っても、私が頻繁に顔を出してるんで、想像するような一人暮らじゃないですよ。そこの道を左に曲がってください」
 急なカーブだ。身体が重力で揺れる。
「もうすぐ着きます」
 アパートが見えてきた。あの家のどこかにアルハレがいる。
「あの、なんで俺たちをここまで連れてきてくれたんですか?」
 俺は疑問を口にする。
「それはだって、今年の夏は今までで一番楽しそうにしてたんですから。まあ結果は散々でしたけど」
 車が停まった。
「俺たちは待ってるんで」
 秋葉が言った。碓氷も頷いている。
「まあ、僕らが行っても邪魔なだけだし。ちゃんと待ってるからね」
 手を振っている。
「じゃあ、行きましょう」
 外は暗く、肌寒い風が吹いていた。
 アパートの二階にアルハレの家があった。彼女は慣れた様子でベルを鳴らす。
「入るよ」
 合鍵を使いドアを開けた。部屋は暗い。容赦なく電気をつける。物音一つしない。
 狭い部屋だ。廊下の先にドアがある。蛍太さんと一緒に暮らした記憶が蘇った。けど、あの暖かかった雰囲気とは似ても似つかない。
 部屋に入る。パソコンが一つだけあって、薄暗い中で光っていた。
 その奥に、座っている。あの男がアルハレだ。
 身体が大きい。そして細い。悪魔のような見た目をしていた。髪の毛は長く、髭も伸びている。けど、若い。と言うより幼い。俺より若いのは確実だが、未熟な感じだした。
 目が合う。彼はワナワナと震え出した。そして罵声。
「な、な、な、何しにきたんだよ!」
 姉は驚く様子もない。じっと俺と流羽空がどうするのかを見ている。
「お、お前、俺のこと殴りに来たんだな。やってやるよ!」
 痛々しいほど、目が狼狽えている。
「なんだよ! なんだよその目! バカにしやがって!」
 俺は泣いていた。ほんの何週間前には、俺との配信を喜んでいたのに、このざまなんて。
「なんとか言えよ!」
 喋れないくらい涙が出ていた。
「だって、だって、俺が、俺だってこんなことに……、こんなことにさ……」
 うまく怒鳴れていないその声が、どんどんと弱くなって、嗚咽が聞こえてきた。アルハレも泣いていた。

 夢の中に居たモヤのようなアルハレ。今はその姿をしっかりと見ることが出来た。大きい身体で小さく体育座りをしたアルハレだ。
 周りには誰も居ない。どうするかは全て俺に委ねられている。
 けど、とっくに決まっていた。そう。アルハレとバブルは表裏一体だ。配信者と視聴者。ここでアルハレを見捨てると言うことは、バブルを見捨てることと一緒だ。
「あるばえぇ、ずいでぐるんだよ!!」
 アルハレ、着いてくるんだよ。そういったつもりだ。泣いていて全然言えなかった。
「ばぁぁぁあか!」
 アルハレは泣きながら、そう叫んだ。ありがとう、そう言ったつもりなんだろう。

鳥居ぴぴき 1994年5月17日生まれ 思いつきで、文章書いてます。