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「漁師の技術継承」や「マグロ漁の効率化」 マリンITで持続可能な漁業へ はこだて未来大学・和田雅昭 教授

 はこだて未来大学の和田雅昭教授は、持続可能な漁業を実現するためにマリンITの研究を行っています。マリンITの考えを従来の漁業に取り入れると、どんな利点があるのでしょうか。和田教授に聞きました。

漁業にもSDGsの波 マリンITでマグロの捕獲から販売までがスムーズに

 そもそもマリンITとはなんなのでしょうか。和田教授は「持続可能な漁業を実現するための取り組み」だと定義しています。そして、マリンITの考えを漁業に取り入れることで、漁業を効率的にできると言います。

 「漁業には『とる漁業』と『育てる漁業』の2つがあるが、とる漁業の効率を上げようとする場合だと情報共有がキーとなる」

 「情報共有」で奏功した和田教授の取り組みの1つに「マリンITを用いた石垣島におけるマグロ漁業の効率化」があります。魚の捕獲から販売までを管理するシステムを導入したことで、マグロの値崩れを防いだり安定的に供給したりするのに役立っています。

 「石垣島近くのマグロがとれる漁場は、港から半日以上も船で走った太平洋の上。当然、携帯電話も圏外で他の漁船や港との通信もできない。そのためマグロ船が帰って来て初めて漁獲量が明らかになるという状況だった」


石垣島近くで捕られたマグロ(画像:和田教授が提供)

 マグロを捕ったのち帰港して、それから販売します。販売までにとても時間がかかっている状況でした。

 さらに南西諸島近くは台風の影響が大きい地域。台風が石垣島周辺に接近するとマグロ船は避難するため、港に一斉に帰って来ます。

 「港では一度に大量のマグロが水揚げされるため、市場価格が下落してしまうのも問題だった」

 いくつもの問題が山積する現状。和田教授らはこの状況に対処するため、6隻の漁船をチームにした人工衛星を使った情報共有システムを導入しました。


マグロの種類と重さ、船の位置をリアルタイムで情報共有できるようになった画像:和田教授が提供)

 「このシステムのおかげで、持っているマグロの種類と重さ、船の位置をリアルタイムで情報共有できるようになった」

 さらにこの情報共有システムを使うことでマグロ船の操業効率がアップ。今までより高値でマグロを売れるようになりました。

 「市場にあるマグロの量が少なくて、マグロが高く売れそうな状況だとする。そんなときに買い手がつきそうな種類とサイズのマグロを持っている船があるような場合は、その船に対して早く帰港するように伝えることができるようになった」

 また、釣ったマグロの情報はすぐに情報共有されるので、こんなユニークな売り方がされることも。

 「まだ漁船内にあって港に届けられる前のマグロであっても、システムの情報を見て業者が気に入れば注文することがある」

漁師の技術継承もマリンITでサポート…しかし、ベテランの技を再現するのは難しい

 マリンITは漁業の生産性向上をもたらすだけではありません。技術を継承する際にも役立つと和田教授は言います。

 「熟練漁師の技をITで解析する研究も行っていて、新人の漁師が漁を覚えるのに役立っている。

 基本的に漁場は広大で、漁の経験がないとどこで漁をしたら魚が捕れるのかが分からない。そんな時は先輩漁師の船の動きを見ることで、漁場の選び方をイメージできる」


和田教授が開発したアプリmarine PLOTTER。熟練漁師の船の動き方を知ることができる。(画像:和田教授が提供)

 さらに縄を海に投入する方法など漁の技術についても記録しておくことで、ベテランの技を下の世代に伝える手助けができるといいます。しかし、ベテランの技。完全に定量化するのは難しいといいます。

 「ベテラン漁師の技は、当日のコンディションにあわせて微妙な調整をおこなっている。これを数値化するのがなかなか難しい」


和田教授が開発したアプリmarine PLOTTER(画像:和田教授が提供)

「イカ1杯釣るのに1リットルの燃料を消費…」環境負荷の小さい食品が選ばれるようになると予想

 今後はどんな研究や取り組みをしていくのか。和田教授は「今後はマリンITを使って各地の問題を解決する拠点を作りたい」と話します。

 「私がひとりでやってもどうしても限界がある。また北海道以外の地域の漁業の場合、北海道にいる私がやるより、地域の人たちがやった方がいい。その方がその地域に合ったモノを作れる」

 和田教授は漁業が与える環境負荷にも関心があるといいます。「函館ではイカが名産だが、実はイカを1杯釣るのに燃料を1リットル使っていることが分かった」。かなり環境負荷が大きい漁法だということです。

 さらに和田教授は、将来の日本では消費者が食品を選ぶ際に「環境への配慮」といった観点をより大切するようになると予想します。

 「ヨーロッパでは食べ物を買うときに『おいしそうだから』や『新鮮なものだから』といった基準に加え『環境にやさしいから』といった基準も重視されているが、現在の日本ではメジャーな価値観ではないと感じている。

 しかし、あと10年すればSDGsやカーボンニュートラル、エシカル消費といった言葉を聞いて育ってきた小学生が大人になって本格的な消費者になる訳だ。そうなれば、これらの価値観は今よりもずっと大切にされると思う」

SDGs(Sustainable Development Goals)…日本語訳は持続可能な開発目標。すべての人にとってよりよい持続可能な社会を作るために、国連が2015年9月に定めた17個の目標のこと。

カーボンニュートラル…温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること。

エシカル消費…人、社会、地域、環境に配慮した消費のこと。SDGsのゴール12に関連している。

◇和田 雅昭さん

現在は、はこだて未来大学の教授で、同大学内のマリンIT・ラボの所長でもある。北海道大学水産学部卒業ののち、株式会社東和電機製作所に入社。同社に勤める傍ら北海道大学大学院水産科学研究科に入学し、博士後期課程を修了した。その後、はこだて未来大学に着任。


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